その捕虜は牢屋から離れたくない

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2章 帝国の呪い

2-88 秘密の共有

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「こんなに人が集まったら仕方ないよね」

 薄い笑みを浮かべたフィーアは私を蹴っ飛ばして、棺のなかに戻した。
 手足が縛られているので、うまく受け身が取れない。

「ぐっ」

「ベモガー皇太子殿下っ、ご無事ですか」

「あ、ああ、大丈夫だ」

 痛みはあるが、堪えきれないほどではない。

「皇弟殿下、この状況は」

 精鋭部隊の隊長が叔父上に説明を求めた。

「ベモガーがフィーアに殺されそうになっていると、クロウから聞いて駆けつけた」

 叔父上はクロウ殿から聞いて、ここまで?
 詳細を聞きたい気持ちはあるが、事態が収拾するまでは簡潔に説明して、迅速に対応するしかない。

 フィーアは体内の魔力を高めている。
 まだ何かをするつもりだ。

「あー、皇弟殿下もクロウから聞いてたんですか。じゃあ、私ら必要ないですかねー」

「は?」

「いやー、私ももらった丸薬の紙にメモ書きがありまして、トリステラ皇子殿下の葬儀の夜、精鋭部隊全員でこの時間にここに来るようにと」

「クロウはフロレンスにも言ってたのか、、、そんなにクロウと仲良かったっけ?」

「何を気持ち悪いことを。いえ、何でもありません、皇弟殿下」

 少しくらいは取り繕うよ、フロレンス。
 何でもありませんはフォローでも何でもない。
 無表情で言うな。

「ちっ」

 すぐそばにいるフィーアの機嫌が著しく悪い。
 それもそうか。
 私をいたぶりながら殺そうとしたのにもかかわらず、邪魔されてこのような状況に陥っているのだから。

「人が集まって来たぞ。フィーア、取り押さえられたくなければ、潔く投降しろ」

 叔父上はフィーアに凶行をやめるよう説得するつもりか?
 戦力は人が集まる前から叔父上一人でどうにかなっていたと思うが。

「だーかーらー、人が集まってきたというのなら、それはそれで好都合」

 ガリッとフィーアが何かを噛んだ。
 ガリッ、ガリッ、ガリッ、と飴を噛むような音を繰り返している。

「皇弟殿下、違法魔法薬だと思われます。最大限のご注意を」

 精鋭部隊もそれぞれ得物をかまえる。

「やはり、引き摺ってでもクロウを連れてくるべきだった」

「それは、まあ、力では無理でしょうね。皇弟殿下なら軍服姿で泣き落としの方がまだ可能性があるかと」

「軍服姿?クロウはこの料理人姿の方が気に入っているようだよ」

「それは視力の検査を勧めた方がよろしいかと思いますよ。かなりの老眼が入っているんじゃないですかね」

 叔父上にフロレンスが正直な感想を漏らし続けている。
 コイツら、仲いいんじゃねえか。
 こんなところでイチャつくなっ、って思う程度には。

「、、、この真夏に、何かクソ寒々しい気配がしたっ」

「クロウのせいですか」

「クロウは気に入らないことがあったら、直球でありながら間接的に殴りに来る。だから、違うっ」

 寒々しい気配がするなら、フィーアの方じゃないのか?
 何で、叔父上もフロレンスもクロウに繋げるのか。意味わからない殴り方でわけわからん。

 なぜか、叔父上もフロレンスも一瞬、私の方を見たが。
 あ、人質扱いで邪魔なのかな。
 棺に隠れていよう。

「まったく、寸劇をする余裕がおありなようだが、状況がわかってないのかなあ?わからないならわからないまま、死んでくれ」

 フィーアが両腕を広げた。
 おびただしい魔力が溢れて、膨れる。
 尋常じゃない魔力がフィーアに流れる。

 フィーアから生まれた黒く長い腕が四方八方に伸びる。
 それぞれが迎撃する。
 切断したり、破砕したりしているが、再生速度も速い。

「あの腕、既視感があり過ぎて嫌になる」

 フロレンスが恨みを晴らすかのようにガントレットで次々と破壊しているが、腕は瞬く間に増えていく。

「おや、あんな腕に抱かれたことが?」

「、、、皇弟殿下は皇帝陛下からお話がありませんでしたか?ポシュがああなったと」

「ああ、あんな風だったのか」

「そういや、ここにいる者であの場にいたのは私一人ですか。違いは腕に無数の目玉が現れていたというところですかね」

 会話をする余裕がこの二人にはあり、それがフィーアの神経を逆撫でする。
 全身がより黒く染まっていく。

「それは気持ちが悪いな。けれど、審判の門だったんだろ、ポシュのは」

「はい、そうですね」

 審判の門?
 どうも皇太子の私にさえ報告されていない情報があるようだ。

 父は弟の叔父上には伝えていたんだな。
 父が頼るには、私は頼りないのだろうか。
 年齢はさほど変わらない。
 皇族という立場も変わらない。
 違うのは、弟か息子かという違い。

 それは父にとって大きい違いなのだろうか。

「フロレンス、フィーアのアレは審判の門と同じものだと判断するか?」

「まったく違うものですよ。禍々しさが段違いです。似て非なるものです」

「それを聞いて安心、できるかなあ?」

「皇弟殿下、その大剣で一発解決を」

「これ以上、帝城を壊したくないんだけど」

 叔父上の武器は明らかに過剰攻撃を放つ。
 どんなに腕が生えても、叔父上の攻撃を防げるとは到底思えない。

「あちらの方向へ、大きいのを是非」

「あ、無理。私が処刑される」

 叔父上が何かを思い出したかのように、壊れている壁の向こうを見た。
 歴代皇帝が眠る霊廟が聳え立っているのが見えるが。

「チッ」

 強い舌打ちをしたのはフロレンス。

「あ、お前、責任を私に押しつけて、あわよくば自分は助かろうと思っていたな」

「気づきましたか。皇弟殿下だってそういう腹だったんでしょう。自分だけは蚊帳の外にいられるのですからねえ」

 お前ら、本当に仲が良いな。
 何でこういう状況下でじゃれ合いのような口喧嘩できるんだ?

「そりゃ、私だって帝国の呪いで死にたくないよ。クロウがいなければ、私だって無事ではいられなかったんだから」

「何を、」

 言葉を発したのは、フィーア。

「何を言っているんだっ。お前は一人、帝国の呪いから除外されているじゃないかっ。父上が皇帝になってから産まれたというだけでっ。自分だけ逃げたくせにっ」

 大声で、叔父上に向かって叫んだ。

 狡い。
 憎い。
 羨ましい。
 死にたくない。

 そんな感情が黒い瘴気とともに溢れ出ているのを感じる。

「今まで私もそう思っていた。私だけ例外なのだと。けれど、私もお前たちと同じ運命だとつい最近知った。ベモガーが皇帝になるまでに、私も死ぬと」

 は?
 何を言って。

 叔父上は私や母上とともに父上を支えて。
 それは、これからも。
 そして、いつかは皇帝となる私を支えてくれると。

 それは淡々と言えるほど軽いものではないのに。

「嘘を言うなっ。お前には太い鎖どころか細い鎖すらもないじゃないかっ」

 フィーアが崩壊しそうなほど大きく口を開けて叫ぶ。

「ああ、それはうちの黒ワンコがオヤツにしてくれているから」

 穏やかな口調のままの叔父上のその答えに、世界が一瞬止まる。
 精鋭部隊の数人も、フィーアの黒く伸びる腕も、すべてが停止した。




 は?

 叔父上の肩で、小さい黒ワンコがしっぽをフリフリ。。。

「冗談も状況を考えろっ。フロレンスのガントレットでさえ、壊すのに苦労する代物だぞっ。そのちっこいのに対処できるわけがないだろっ」

 図らずともフィーアが皆の言いたいことを代弁してくれた。

「いや、普通にこの鎖くらいはどうこうできるだろ。黒ワンコの元は春に帝都で暴れたあの化け物で、精鋭部隊全員で対処するのがやっとだったくらいなのだから」

 え?その黒ワンコ、そんなに強いの?
 そんなに可愛いナリして。

「化け物数体を、ポシュを除いた精鋭部隊で対処しました」

 なぜか隊長が訂正した。
 精鋭部隊の意地か?
 それは報告を受けているから知っているけど。

「クロウから聞いた話によると、日の光の下だと、地下の化け物たちの力は半減どころか十分の一以下になっていたらしい」

「、、、そうですか」

 隊長の心を折ってどうする。

「くそっ、何でお前だけがいつも恵まれてるんだっ」

 フィーアの怒りが叔父上に向く。
 けれど、黒い触手は叔父上には辿り着かない。
 阻止され続けている。

「叔父上っ、帝国の呪いのことは本当なのかっ」

 あまりにも聞きたくて、つい声を上げてしまった。

 そう、私は油断していた。
 フィーアの攻撃が皆に弾かれていたから。

 けれど、私は手首足首を縛られたままで、武器も持っていない。
 魔法すらも封じられ、自分を守る術を持っていなかった。
 今まで棺に隠れていたが、フィーアの近くにいるのは。

「まずは、お前からだっ」

 その目は私を向いた。
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