その捕虜は牢屋から離れたくない

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2章 帝国の呪い

2-95 しばしの別れ

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 出発からどれだけの月日が流れただろうか。
 馬車に揺られ続けている。

「坊ちゃん、次の国境の町で馬車を乗り換えます」

「はいはーい」

 適当な返事。
 甘やかされて育ったこの坊ちゃんは、自分は万能だと信じている。
 すべてが過信だが。

 とりあえず坊ちゃんが馬車に散らかしたゴミを回収する。
 坊ちゃんは動かない。

 貸し馬車なので二人しか乗客はいないが、公爵家の馬車を不自由なく使っていた坊ちゃんはゴミを馬車に散らかしていくと割増料金を取られることも知らない。

「ご自身で必要な荷物はまとめてくださいね」

 渋々といった感じで、ようやく散らばった服を畳み始める。
 自分で自分の物を管理しなければ放置していくぞ、という私からの脅しでもある。

「言わなくともやれ」

「、、、坊ちゃんに対して素が出ているぞー。俺は一人ならやる子なんだー」

 子、と自分で言っている時点でダメなんじゃないですかね。
 成人をとうに過ぎた大人が何馬鹿なことを言っているんですかね。
 一人ならやると発言する馬鹿は一人ならもっとやらないですよね。

「良かったですね。こんな有能な従者が辺境の国まで付き合ってくれて。坊ちゃんには人望も実力も何もないのに」

「一人なら一人で適当にキービス王国へと進んでいるさ」

「途中で追いはぎに遭って、坊ちゃんのピーピー泣いている姿しか想像できません。しかも、帝国のわりと近くの国で」

「、、、よく、お前も俺についてきたなあ」

 急に真面目な口調になる。

 この坊ちゃんは残念な人間である。
 それは否定できない。積極的に肯定するすらある。

「それを言うなら、リンク王国で公爵家を継いでいれば、こんな目には遭わなかったでしょう」

「公爵家は兄で充分だ。それに、リンク王国には未来がないじゃないか。さすがにそれくらいは俺でもわかる」

「先がないと言えども、財産を蓄えて隣国に逃げるくらいの時間稼ぎはできましたよ。わざわざ帝国とは関係ない国の戦争を偵察してこいという命令はただの厄介払いですよ」

「説明せんでもわかっとるわ」

 わかってなさそうだから言葉にしたんですけどね。

「帝国が囲おうとしている大魔導士様に喧嘩を売って命があっただけでも幸運だと思わなければなりません」

「けど、リーウセンがアイツ側に立っていたんだから、ムカついてもしょうがないじゃん」

 ムカついたから、命の危機に立たされてもいいというのはアホ理論でしかない。

「俺の方が幼馴染の上に、仕事まで一緒で、上司として引き立ててやっていたのに、俺に惚れないわけがないじゃないか」

「坊ちゃん、、、」

 憐憫の目で坊ちゃんを見てやる。

 実は、リーウセンに坊ちゃんと幼馴染なのかと問うてしまえば、否と答えが返ってくるに違いない。
 幼い時分に二人が会った機会は数える程度。
 坊ちゃんの一目惚れなのだが、自分がひと声かければ他人はありがたがって涙を流すと本気で坊ちゃんは思い込んでいる。
 自分が万人に惚れられるという自信はどこから産まれてくるのか不思議でしかない。
 坊ちゃんは残念な人間だから、リーウセンが自分に惚れていると思い込み、素直になれないだけだと信じ込んでいるのだが、リーウセンにとってはいい迷惑だろう。

 同じ高位貴族の実家を持っていても、公爵家の坊ちゃんに否定の言葉を吐けるわけもない。
 リンク王国の宮廷魔導士団で同じ班に呼び寄せ、手厚く保護していた気に坊ちゃんはなっていたようだが、坊ちゃんが重度に気に掛けるせいで辛い思いをしていたのはリーウセンの方である。
 他の魔導士からのヤッカミとか考えつかないのが坊ちゃんだ。
 リーウセンの魔法の才は本物なのに、他者からの重圧で潰しかけられていたほどだ。
 そうでなければ、簡単にリンク王国を見限り、クロウの手を取ることはないだろう。
 そして、クロウはリーウセンの才をきちんと活かしているのだから、坊ちゃんの出る幕はどこにもない。

 完全に過去の人になっていた。

 帝国へと一緒に連れて行くと約束しておきながら反故にして、どうして簡単に許されると思ったのか。
 坊ちゃんはあのとき帝国の命令に従わなければ帝国で辛い職場環境に身を置くことになるから、それはリーウセンのためにもならない、と自分勝手な言い訳を自分だけにしていたが、より辛い職場環境に行かざる得なくなったのは自分の責任である。

「国境の町で両替を済ませた後、馬車を借りて国境を越えます。隣国で今夜の宿をとりましょう」

「へいへい」

 返事がおざなりになっている。
 本当に私が一緒に来なかったら、この人はどうしていたのだろう。
 お金もほとんど持参してないのに。

 公爵家という高位貴族でありながら、奥様が帝国にいた時代から仕えていた私しかこの人にはついてきていない。
 使用人にすら人望がまったくないことを本人がまったく気づいていないのは、公爵家はどんな教育をこの人にしていたのだろうか。

 私の報酬はこの人からでも公爵家から出ているわけでもない。
 帝国にいる奥様から出ているのである。

 坊ちゃんはその事実を認識しているのだろうか。
 してないだろうな。
 無償でもついてくると本気で思い込んでいるのだ、この人は。

 誰からこの支度金が出ているかさえ頭にない。
 奥様の帝国での地位すら正確に把握しておらず、まあ、知らない方が全方向幸せだと思うので私からは一切言うことはないが、そもそも言ったところで皇族なのは皇女である奥様だけであり、その地位は一切子供には引き継がれないのが帝国である。帝国で生きるためには自分で武勲を上げるか、財をなさなければならない。

 任務地に着く前に野垂れ死んでくれないかなと帝国から思われているんじゃないかと疑うほど適当に放り出されている。着かなければ着かないで命令違反で処罰する気でいるに違いない。

 リンク王国にいたときの調査ですでにクロウの実力はわかっていたクセに、坊ちゃんは自分以外が称賛を受けることを極端に嫌う。
 どこからどう見ても、小物。
 公爵家という後ろ盾がなければ、誰からも顧みられない可哀想な人物。




 馬車がとまった。
 御者が扉を開ける。

「旦那様方、お約束の国境の町に着きました。あちらの建物が両替所、その向こうに出入国管理窓口があります」

 坊ちゃんより先に降りながら説明を聞く。

「ありがとうございます。こちらが前払いした額を差し引いた金額です。それと、このお守りは魔物避けです。あと三日は持ちますので、ご帰路にお使いください」

「おお、それは感謝いたします。旦那様方を乗せている間は魔物一匹出会わなかったので、さすが護衛は要らないとおっしゃられるだけのことがありますね」

「俺の魔法の実力で要らないと言ったのに」

 ぼそぼそと反論する坊ちゃん。
 こっそり足を踏んでおく。
 黙ってろ。

「馬車を借りるにはどちらの建物で?」

「ああ、あちらの国を移動されるのなら国境を越えてからお借りください。通行証のある馬車しかこの国境は越えられませんので」

「これは親切に教えていただきましてありがとうございます。数日間でしたが、本当にお世話になりました」

「いえいえ、こちらこそ。こんなにも安全な旅は久しぶりです」

 御者がペコペコしながら御者席に乗り込んだ。
 この国で使用した馬車と別れる。

「さて、坊ちゃん、次の国に行きましょうか」

「おまっ、俺の足、踏んでおきながら、何か言うことないのか」

 涙目になりながら、坊ちゃんは言う。

「こんなところまで私がついてきて、坊ちゃんはなんて幸せ者なんでしょう」

「へえへえ、そうですかー。そういや、帝都でお前ソックリなヤツを見かけたな。なぜか急に思い出したわ」

「おや、そうなんですか」

「アッシェン大商会の、何だっけ、成金の跡継ぎ、ソイツの従者。お前とは違って後ろに黙って付き従っていたようだったが」

「そうでしたか。彼は元気そうでしたか」

「ああ。あれ、やっぱりお前の肉親なの?」

「ふふ、どうでしょうかね。エトノアも元気そうなら良かった」

「って、名前言っているじゃん。兄弟か、親戚かっ?」

 坊ちゃんの質問を置いておき、さっさと両替所に向かう。
 笑顔を浮かばせながら、馬鹿な坊ちゃんに感謝する。
 絶対に感謝の言葉を口にしないが。

 敵国のリンク王国にいれば安泰だと思っていたのに、帝国に帰ろうとするなんて本当に馬鹿だと何度も舌打ちをした。
 大陸の端まで飛ばされるなんて、どんな幸運の持ち主なのだろうか。

「ネルタ様、こちらの書類に署名の記入をお願い致します」

 人前のときはきちんと名前で呼んであげている。
 仕方ねえなあという顔でペンをとる坊ちゃん。

 私はどこまでも遠くへ逃げなければ。
 鍵として、使われないために。
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