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1章 敵国の牢獄
1-3 魔導士クロウ
黒髪黒目を艶やかで美しいと思ったのは初めてだった。
リンク王国は身分が高い者ほど色素が薄い髪色で、産まれながらにして白髪、銀髪、金髪が王族や高位貴族には多い。
反対に庶民は焦げ茶や黒色の髪が多い。
一番濃いとされる黒髪は平民でも最下層、魔力量など皆無の虐げられる者。
宮廷魔導士団に平民であり、黒髪の者が在籍していることは以前から知っていた。
雑用係であっても、黒髪の者が宮廷魔導士団に所属できるのは異例のことだ。
私は第四王子直属部隊に編成されたときに、黒髪の魔導士クロウと対面した。
あのときの第一印象は変わらず、帝国の捕虜となった今でも美しいと思っている。
本人にも周囲にも言ったことはないが。
黒髪を美しいと言えば、言った者の精神がおかしくなったと判断されてしまう国だったから。
私は牢獄の食堂で魔導士クロウから薬の小瓶二つを手に入れた。
カラになった小瓶も返しておく。ここでは手に入る物資は有限。瓶も再利用しなければ薬が手に入らなくなる。
「ルッツ副隊長、毎回毎回何度も説明しますけど、飲み薬は一日一口だけで充分ですからね。一回で一瓶飲んだらもったいないものですからね。それに軟膏の方もどんなにひどい痔でも一日で使い切るものじゃないですから」
帝国の料理人との交渉が終了した後、私はクロウに強い口調で薬の説明を受けている。
一口だけでは効いている気がしなくてー、とか言ったら、薬なんですから用法用量を守ってお使いください、しまいには、もう売りませんよ、と釘を刺される気がしてならない。
大容量の容器が届くまでは、毎朝早起きして買わないといけない。
他の皆は恥も外聞もなく他人がいる前でも普通に購入しているようだけど、私には無理だ。
私はもうクロウの薬なしでは生きていけないのに、毎日毎回、え?もうないの?という顔でクロウに見られている。
私の名はルッツ・ネイテス。
リンク王国騎士団の騎士である。
敵国のオルド帝国と開戦するということで、第四王子直属部隊の副隊長を任命された。
あのときは武勲を立てることだけを考えて受けた。
この部隊一つが帝国の罠にかけられ、全員が捕虜となった。
罠に気づいたのは後方にいたクロウ一人。
いつもは丁寧な口調で必要事項しか話さない平民だったのだが、「進むなっ、このクソ脳筋騎士どもっ、誰にでもわかるような罠に引っかかるなっ」という彼の叫び声とともに、見事に皆で落とし穴に落ちた。
第四王子直属部隊には宮廷魔導士団から魔導士を一人だけ派遣された。他は全員、気心の知れた騎士団所属の騎士たちだ。
魔導士は魔導士同士でないと気難しい、魔導士部隊をすぐ後方に配属するから問題ない、平民の魔導士は部隊の雑用係として使ってくれ、と説明を受けていた。
それを信じていた。
ちなみに、我々がはまった帝国の罠というのは断じて生け捕りにするための罠ではない。
全員が巨大な落とし穴の上に乗った時点で、蓋を開く。その下には、落ちたものを容赦なく串刺しにする無数の槍、その上で死ななかったとしても、微かでも傷ついた者が生き残れないよう毒の沼が張られていた。
騎士全員が乗っていたそれぞれの愛馬たちはすべて無残な死体となった。
が、わざわざ落とし穴の中まで駆けつけてくれたクロウのおかげで、騎士たちは全員生き残れた。
百人近くを守り切るのは魔法であっても容易なことではない。
彼は魔力を使い切り、数日は起き上がれなかった。
我々はおとなしく帝国の捕虜となった。
誰も自死の道には進めなかった。
彼に命をかけて救われておきながら、捕虜となるくらいなら自決しろという王国の教えを誰一人として実行できなかった。
我々が罠にはまったとき、私たちの後方にいた部隊は騎士も魔導士も何もしないどころかそのまま撤退した。
ようやくそれで、我々は王国から見放され、死を望まれた特攻隊だったのだと気づく。
不要な者、扱いに困る者をまとめて。
部隊の中でクロウだけがそのことに気づいていた。
ならば、なぜその任を受けたのだと数日後に牢屋の中で目が覚めた彼に尋ねた。
平民には選択の余地はない、上官の命令は決定事項、そして、帝国のこの罠から一人生き残って王国に戻ったとしても、責任を取らされて死ぬだけだという説明をされた。
クロウには選択肢が与えられていなかった。
最初から。
騎士全員を槍からも毒沼からも守る実力がある優れた魔導士なのに。
黒髪の平民というだけで。
「ルッツ副隊長、聞いてますか」
私に対する口調は丁寧で笑顔なのだが、クロウの目の奥が笑わなくなった。
ヒンヤリ冷や冷や極寒の地。
これから季節は秋から冬に変わるというのに、体感は冬の温度。
牢獄内は半袖のシャツ一枚で過ごせるほど暖かいというのに。
「聞いてます、聞いてます」
「そう言いながら一気に飲もうとしてませんか」
「さすが魔導士としても薬師としてもクロウは優秀だ。こんなにも人の気持ちがわかるとは」
「やっぱり。だから何度も説明しているように」
クロウの声が呆れている。
「朝からイチャつくな。目の毒だ」
「ナーズ隊長」
「ナーズ隊長、おはようございます」
やはりクロウは私のときと同様で立ち上がろうとする。
隊長もまた手でとめる。
「おはよう。私も一緒にいいかな」
「同意を求めているようにみせかけて、もう座っているじゃないですか」
私が非難を込めた声を上げたが、クロウは何も反応しない。
第四王子部隊にはクロウ以外の平民はいない。
捕虜となった今でも、クロウのなかではリンク王国の身分制が継続されている。
私たちがいくら同じ捕虜なのだからと言っても、彼は何も変えようとしない。
隊長が座ると言ったら、それは彼に取ってもう決定事項として受け取られているのである。
「ルッツには聞いてないぞ。私が同意を求めたのはクロウだ」
ナーズ隊長は捕虜となる前から常日頃疲れた表情にしか私からは見えなかったが、亜麻色の短い髪に少々影のある表情が人気で、その憂いた表情が色気を醸し出すらしい。三十代前半はまだまだ騎士の現役世代のはずなのだが、引退を考えていたのは身分からか。
本来、下位貴族である子爵家や男爵家の者が王子直属部隊の隊長職に就任しようとすると、かなりの実力者でもない限りどこからともなく邪魔が入る。
今回、身分にうるさい輩から何の反対もなく支障もなく彼が王子部隊の隊長になったのは、今だからこそおかしかったのだと気づく。
「隊長、ご配慮いただきありがとうございます」
クロウが立ち上がってナーズ隊長に礼をした。
「クロウ、今は同じ捕虜なのだから、かしこまらなくていいぞ」
これこそ我々がクロウに毎日毎日何度も何度も言っている言葉だ。クロウの薬の量の説明のように。
「そのお気持ちをありがたく頂戴いたします」
「クロウがいなければ、この捕虜生活で我々は痛みに耐えかねていたことだろう。我々の方こそ感謝しても感謝しきれない」
手で座るようにジェスチャーしながら、ナーズ隊長は朝食をとり始める。
「薬は余分にあるか?独房の方に差し入れしたいのだが」
ナーズ隊長の視線が通路の先に向いた。
リンク王国は身分が高い者ほど色素が薄い髪色で、産まれながらにして白髪、銀髪、金髪が王族や高位貴族には多い。
反対に庶民は焦げ茶や黒色の髪が多い。
一番濃いとされる黒髪は平民でも最下層、魔力量など皆無の虐げられる者。
宮廷魔導士団に平民であり、黒髪の者が在籍していることは以前から知っていた。
雑用係であっても、黒髪の者が宮廷魔導士団に所属できるのは異例のことだ。
私は第四王子直属部隊に編成されたときに、黒髪の魔導士クロウと対面した。
あのときの第一印象は変わらず、帝国の捕虜となった今でも美しいと思っている。
本人にも周囲にも言ったことはないが。
黒髪を美しいと言えば、言った者の精神がおかしくなったと判断されてしまう国だったから。
私は牢獄の食堂で魔導士クロウから薬の小瓶二つを手に入れた。
カラになった小瓶も返しておく。ここでは手に入る物資は有限。瓶も再利用しなければ薬が手に入らなくなる。
「ルッツ副隊長、毎回毎回何度も説明しますけど、飲み薬は一日一口だけで充分ですからね。一回で一瓶飲んだらもったいないものですからね。それに軟膏の方もどんなにひどい痔でも一日で使い切るものじゃないですから」
帝国の料理人との交渉が終了した後、私はクロウに強い口調で薬の説明を受けている。
一口だけでは効いている気がしなくてー、とか言ったら、薬なんですから用法用量を守ってお使いください、しまいには、もう売りませんよ、と釘を刺される気がしてならない。
大容量の容器が届くまでは、毎朝早起きして買わないといけない。
他の皆は恥も外聞もなく他人がいる前でも普通に購入しているようだけど、私には無理だ。
私はもうクロウの薬なしでは生きていけないのに、毎日毎回、え?もうないの?という顔でクロウに見られている。
私の名はルッツ・ネイテス。
リンク王国騎士団の騎士である。
敵国のオルド帝国と開戦するということで、第四王子直属部隊の副隊長を任命された。
あのときは武勲を立てることだけを考えて受けた。
この部隊一つが帝国の罠にかけられ、全員が捕虜となった。
罠に気づいたのは後方にいたクロウ一人。
いつもは丁寧な口調で必要事項しか話さない平民だったのだが、「進むなっ、このクソ脳筋騎士どもっ、誰にでもわかるような罠に引っかかるなっ」という彼の叫び声とともに、見事に皆で落とし穴に落ちた。
第四王子直属部隊には宮廷魔導士団から魔導士を一人だけ派遣された。他は全員、気心の知れた騎士団所属の騎士たちだ。
魔導士は魔導士同士でないと気難しい、魔導士部隊をすぐ後方に配属するから問題ない、平民の魔導士は部隊の雑用係として使ってくれ、と説明を受けていた。
それを信じていた。
ちなみに、我々がはまった帝国の罠というのは断じて生け捕りにするための罠ではない。
全員が巨大な落とし穴の上に乗った時点で、蓋を開く。その下には、落ちたものを容赦なく串刺しにする無数の槍、その上で死ななかったとしても、微かでも傷ついた者が生き残れないよう毒の沼が張られていた。
騎士全員が乗っていたそれぞれの愛馬たちはすべて無残な死体となった。
が、わざわざ落とし穴の中まで駆けつけてくれたクロウのおかげで、騎士たちは全員生き残れた。
百人近くを守り切るのは魔法であっても容易なことではない。
彼は魔力を使い切り、数日は起き上がれなかった。
我々はおとなしく帝国の捕虜となった。
誰も自死の道には進めなかった。
彼に命をかけて救われておきながら、捕虜となるくらいなら自決しろという王国の教えを誰一人として実行できなかった。
我々が罠にはまったとき、私たちの後方にいた部隊は騎士も魔導士も何もしないどころかそのまま撤退した。
ようやくそれで、我々は王国から見放され、死を望まれた特攻隊だったのだと気づく。
不要な者、扱いに困る者をまとめて。
部隊の中でクロウだけがそのことに気づいていた。
ならば、なぜその任を受けたのだと数日後に牢屋の中で目が覚めた彼に尋ねた。
平民には選択の余地はない、上官の命令は決定事項、そして、帝国のこの罠から一人生き残って王国に戻ったとしても、責任を取らされて死ぬだけだという説明をされた。
クロウには選択肢が与えられていなかった。
最初から。
騎士全員を槍からも毒沼からも守る実力がある優れた魔導士なのに。
黒髪の平民というだけで。
「ルッツ副隊長、聞いてますか」
私に対する口調は丁寧で笑顔なのだが、クロウの目の奥が笑わなくなった。
ヒンヤリ冷や冷や極寒の地。
これから季節は秋から冬に変わるというのに、体感は冬の温度。
牢獄内は半袖のシャツ一枚で過ごせるほど暖かいというのに。
「聞いてます、聞いてます」
「そう言いながら一気に飲もうとしてませんか」
「さすが魔導士としても薬師としてもクロウは優秀だ。こんなにも人の気持ちがわかるとは」
「やっぱり。だから何度も説明しているように」
クロウの声が呆れている。
「朝からイチャつくな。目の毒だ」
「ナーズ隊長」
「ナーズ隊長、おはようございます」
やはりクロウは私のときと同様で立ち上がろうとする。
隊長もまた手でとめる。
「おはよう。私も一緒にいいかな」
「同意を求めているようにみせかけて、もう座っているじゃないですか」
私が非難を込めた声を上げたが、クロウは何も反応しない。
第四王子部隊にはクロウ以外の平民はいない。
捕虜となった今でも、クロウのなかではリンク王国の身分制が継続されている。
私たちがいくら同じ捕虜なのだからと言っても、彼は何も変えようとしない。
隊長が座ると言ったら、それは彼に取ってもう決定事項として受け取られているのである。
「ルッツには聞いてないぞ。私が同意を求めたのはクロウだ」
ナーズ隊長は捕虜となる前から常日頃疲れた表情にしか私からは見えなかったが、亜麻色の短い髪に少々影のある表情が人気で、その憂いた表情が色気を醸し出すらしい。三十代前半はまだまだ騎士の現役世代のはずなのだが、引退を考えていたのは身分からか。
本来、下位貴族である子爵家や男爵家の者が王子直属部隊の隊長職に就任しようとすると、かなりの実力者でもない限りどこからともなく邪魔が入る。
今回、身分にうるさい輩から何の反対もなく支障もなく彼が王子部隊の隊長になったのは、今だからこそおかしかったのだと気づく。
「隊長、ご配慮いただきありがとうございます」
クロウが立ち上がってナーズ隊長に礼をした。
「クロウ、今は同じ捕虜なのだから、かしこまらなくていいぞ」
これこそ我々がクロウに毎日毎日何度も何度も言っている言葉だ。クロウの薬の量の説明のように。
「そのお気持ちをありがたく頂戴いたします」
「クロウがいなければ、この捕虜生活で我々は痛みに耐えかねていたことだろう。我々の方こそ感謝しても感謝しきれない」
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