その捕虜は牢屋から離れたくない

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1章 敵国の牢獄

1-68 牽制

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「ラウトリス神官、このちまいの、何?」

 ラウトリス神官の肩に腕をまわし、私に向かってこの男は言った。

「、、、シエルド様ったら心が狭ーい。あ、元からですか」

「おい、クロウ、最後の部分、真顔で言うな。傷つくぞ」

「こちら、リンク王国の宮廷魔導士団で上級魔導士をしていたリーウセンさんです。で、男として度量も限りなく狭いのがアッシェン大商会の次期代表候補のシエルド・アッシェン様です。この大修繕工事のパトロンですが、俺たちがへりくだる必要は一切ございません」

 冗談を言い合える仲なのか?
 いつもの営業スマイルではなく真顔で紹介文を言われたのだが、冗談も含まれているよな?
 端的に言うべきことは言ったとばかりに、休憩時間のお茶に舞い戻るクロウ。
 セリムはクロウ以外に興味がないので、言わずもがな。

「候補がまだはずれないのですね」

 ラウトリス神官が呟く。
 確かにコイツのことを次期代表候補と言っていた。
 候補者が他にもいるのか。

「アッシェン大商会の代表は狸ですからね。もしかするととんでもないことを考えているかもしれませんよ」

「うちの父親を狸呼ばわりか。で、それ、どこ情報だ?と言っても、どうせ帝城だろ」

「貴方の弟君がクソ狸がぁぁぁーーーーっと大声で叫んでましたよ。部外者として、家族の確執は放置一択してますが」

「情報源はクーリミオンかよっ。ということは、アイツ、何か仕事を押しつけられたな」

「、、、帝国の軍人は民間の仕事を担うことができるのですか?」

 クロウが不思議そうに尋ねる。
 リンク王国も表向きでは国の役人は民間の仕事と兼ねることができないことになっているが、じゃあ領地持ちの貴族は何なんだという話になりかねない。

 リンク王国の貴族というのは、元々その地を支配していた者たちであり、その集合体がリンク王国。
 領地を持つ貴族はほとんどが土着しており、国王といえども簡単に領地替えしたりすることができない国なのである。各領地も単純に国のもの、とは言えない体制だ。
 ゆえに、王家は王都に騎士団や宮廷魔導士団等の仕事を用意して、優秀な貴族の子弟を囲い、各領地を骨抜きにしようとしているのである。

 それでも、リンク王国は貴族にとことん甘い。
 帝国もまた上流階級には甘いのかもしれない。実力主義とは謳っているが。

「報酬として金が出てないから何の問題もないし、どうせ頼まれたとしても帝城での仕事だ。アイツは仕事を頼まれたからといって動き回るようなヤツじゃない」

「密偵とか、間者とか、間諜とか、」

「同じことしか言ってない」

「アッシェン大商会のための情報収集というのは正解と思いましたが」

「確かに正解だが、、、クロウ様は独自に何か情報をつかんでいらっしゃるんですかねー?」

 シエルドは思考を放棄して、クロウに営業スマイルを向けた。

「嫌だー、やりたくないー、という愚痴とともにシエルド様へこちらをお渡しするよう言付かりました」 

 メモ書きのような二つに折られた紙をクロウがシエルドに渡す。

「、、、、くっそーっ、あの親父にして、あの弟だっ。ふざけるなっ、お前の仕事はお前がしっかりやれとクーリミオンに言っておいてくれっ」

 メモが跡形もなく燃え尽きた。
 シエルドも魔導士か。

「伝言は受け付けておりませんので、メモでもいいので文書にしてください。署名はしっかりしてくださいね」

「くっ」

 シエルドはペンを握るために、ようやくラウトリスの肩を解放した。
 ささっとペンを走らせている。

 文書にするのは責任の所在をハッキリとするため。

 伝言は伝言役の主観が入る危険性が高い。
 一言一句違わず同じ文章で伝えられる者がどれだけいるか。
 それに説明を付け加えたとすれば、それは善意であろうと伝言役の主観が伴う。
 そんな内容の伝言は頼んでないと言われる可能性も出てくる。
 そもそも、そんな伝言自体を頼んでいないと、責任を取れと言われたら。

 身を守る処世術だと思うが。
 上級魔導士に文書にしろと言うだけでも、機嫌を損ねる気もする。

「リーウセン様、たいていのことは下級魔導士では権限がありませんし、是非とも華々しい実績のある上級魔導士の名前で書類をご提出いただければ、提出先も素早く行動していただけます、と言えば、署名くらいはしてくれますよ」

「え、ああ、そうなの」

 また、クロウに考えを読まれた。
 私はそんなに考えが顔に出るのか?

「華々しい実績ねえ。それって全部クロウ様のおかげでしょう。リンク王国も、いや、オルド帝国も居心地が悪くなったら、是非アッシェン大商会へ。クロウ様の希望に近い国を探し出して見せましょう」

「人任せにはしない」

 ハッキリと。
 明確に。
 クロウが答えた。
 シエルドの提案に拒否ではないが、アッシェン大商会に頼り切ることはないと言い切った。

 その答えに、微かに笑ったのがセリム。
 まるでそう答えるのをわかっていたかのように。

「おや、クロウ様はもう移り住む国の候補でも見つけているのですか?」

 営業スマイルを浮かべさせたらコイツも右に出る者がいないと思わせる、キラキラと素晴らしい笑顔をシエルドが浮かべている。
 ラウトリス神官もこの笑顔に騙されているのだろうか。

 だが、男の笑顔が通用しない相手が確実にここにいる。

「いや、今は見聞を広めている最中だ。ここの地下の大修繕がある程度落ち着いたら、本格的に探そうと思っている」

「、、、クロウ様、オルド帝国が国外に出るのを簡単に許すとお思いですか?」

 シエルド様の表情が曇る。
 そんな簡単なこともわからないのかと危惧してか、それとも、強硬手段で出国されるのを憂慮してか。

 、、、あれ?
 もしかして出国自体は簡単に許すのではないか?
 だって、墓参りにリンク王国に来ていたよな?
 クロウとセリムの二人で。

 そして、私はおみやげ扱いされて。。。
 誰へのおみやげって、皇帝陛下へのだよ。

 あのとき、皇帝陛下が許可していたんだよっ。
 アレはリンク王国だから許可したのかっ?
 あんな国に絶対居座らねえだろ、とか考えてのこと?
 どうなんだっ?

 理由を皇帝陛下に直に尋ねられるわけもないっ。

「、、、そこのちまいの、顔が百面相しているんだが、何か事情を知っているのか」

 うっ、顔に出ていたか。

「シエルド様、すでにリーウセン様のご紹介はさせていただきましたが」

 おや、クロウが助け舟を出してくれた。
 同郷のよしみか?

「ああ、聞いたが?」

 それが何かと言いたげだな。

「ならば、なぜ、俺より身長の高いリーウセン様をちまいのと呼ばれるのでしょうね?」

 この部屋に視界不良の超ド級ブリザードが吹き荒れた。
 うん、どうやらクロウはシエルドの野郎に相当怒っていたようだ。
 私を揶揄しているのは確実なのに、流れ弾がクロウに被弾していたようだ。

 今のクロウはどこまでも笑顔。
 営業スマイルなんて生易しいものじゃない。
 曇りなど一つもない清々しい綺麗な青空だ。

 周囲は猛烈な雪嵐だが。ひたすら凍える。

「ああっ、だからさっきから私をチクチクと口撃していたのかっ。なんかいつもより愛情度合いが高いと思っていたんだっ」

 え?何言っているの、コイツ。
 愛情度合いが高いって何?

「え、コイツ、何言っているの」

 おおう、クロウもそう思ったか。
 シエルドを指さして、素直に口にするのがクロウ。
 思っても口にはできない私。

「リーウセン様は顔にしっかり出てますよ」

「え?そうだった?」

 頬を両手でムニムニしておく。

「クロウ様は存在が宇宙よりも大きいのですから、そんな身長なんて些細なことまったく気にしなくてもよろしいのに」

 シエルドが照れながらクロウに言った。

「他人の性癖に口出ししてもお得なことはありませんので、少し早いですが仕事に戻りましょう」

 クロウはシエルドの弁明をバッサリと切った。
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