その捕虜は牢屋から離れたくない

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2章 帝国の呪い

2-17 敵しかいない

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「人外でも無理なことは無理だと言っていいんだぞ。クロウは言われないと気づかないぞ。言っても気づかないことが多いぞー。言葉を尽くさないと伝わらないぞー」

 後ろのテーブルで、ぶるぶると震えながらも薬師のテキストをパラパラ捲っている黒ワンコがいる。
 その黒ワンコに忠告しているセリムと、その黒ワンコの肩をポンと叩く銀ワンコがいる。




「さて、昨日は俺のやり方を一通り見せたんだけど」

 昨日と同じく、この厨房のような薬部屋にはクロウの手伝いとして薬師見習三人と魔導士見習一人、そして俺がいる。
 シエルドもその叔父親子も今日はいない。

「あのっ、クロウ様っ、俺たちから提案がありますっ」

「はい、ファンくん、どうぞ」

 、、、自己紹介されたっけ?
 四人の名前、俺、教えてもらってないな。後で聞いておかないと。
 見習の四人は俺よりも多少若いくらいに見える。見習というところでも成人前後の年齢だと思われる。

「俺たちができることをリストアップしてみました。薬工房内でしていること、学校でやっていたこと、家でやっていること等思い出せる限り。クロウ様はお一人でも薬を作るのにご不便はないと思いますが、俺たちはここで技術を吸収したいのです。けれど、俺たちは報酬をもらってここに来ています。お役に立てることは少ないかもしれませんが、まずはできることを知ってもらって、クロウ様が俺たちにしてもらいたいことを知りたいのです」

 クロウは渡された紙をパラパラと見ている。
 目が薄っすら光っているから魔法を使っているのはわかる。
 何の魔法だろうか。
 表に出ない魔法で詠唱がない場合、推測しかできないのがもどかしい。

「魔導士見習のギノくんも書いてくれたんだね。まだ見習のキミたちに昨日のアレをやれとは言わないし、できるところをやってもらおうと俺も思っている」

 おや?
 おやや?

 クロウも俺と同じで感覚で生きている人間だと思っていた。
 教えてもらえば真綿のように何でも吸収できる。
 が、それを口にして他人に教えるのは苦手だと思い込んでいた。

 クロウはごくごく普通に魔法を使わない方法で、昨日作った薬と同じものを作っている。
 今度は説明を加えながら、時間を取りながら見習に実践させてもいる。
 俺にも薬草を細かくしたり、すり潰したりする作業を与えるし、冷凍庫から凍らせた薬草を見せて、魔法に頼らない下準備もきちんと用意されている。
 わかりやすく親切な指示が出ている。

「、、、ポシュが何を言いたいかわかるけど、基本的に一般薬は魔導士が作ることを前提とした作業ではないからね」

「それでも、昨日の魔法での作業を見てしまうと、アレが標準なのかと」

「リンク王国では俺一人で雑用を何もかも処理していたから。時間はいくらあっても足りなかったくらいだよ。それでも、リンク王国の王宮が抱えていた薬師がやっていた作業は網羅したつもりだよ。さすがに他人の、王族や貴族の口にも入る薬だからね。何かあったら解雇されるだけじゃすまない」

 黒目黒髪はリンク王国では最底辺の。
 実力があったのなら認められた帝国とは違い、リンク王国では実力があっても最底辺のままの扱い。
 何をしても認められない、それはどんなに残酷なことなのか。 

「王族が王宮から薬師を追い出したから、その薬の手配が宮廷魔導士団に回ってきてしまったんだ。最初は市井の薬師に依頼していたんだが、評判が悪くてね。誰が依頼したのかも問題になるところだから、慌てて自分で作り方を学んだよ。王宮に残っている資料や材料、器具をすべてひっくり返して。そうしないとそれでもクビ確定案件だからね」

 つ、辛い状況。
 何だよ、どう転んでもクビや処刑案件になるって。

 クロウが作る薬の効能が高いのは当たり前だ。
 文句がたった一つでも出れば、クロウの処罰は確定されるのだから。
 命がかかった戦い。

 魔導士なら魔法薬を作らせろよ。
 それならまだわかるよ。理解できるよ。
 本来なら魔導士の仕事とは関係ない薬作りで処罰されたら目も当てられない。
 それなのに、平民だからと簡単に処罰する国なのか。

 俺はものすごく恵まれていたんだと気づく。
 実力を実力として認められるということはとてつもなく幸運だったということに。

 ゴリゴリと薬草をすり鉢ですり潰す。

「クロウ様、俺、魔法が使えなくなって落ち込みもしたし、これから何ができるんだって思ったけど、もう一度頑張ってみます」

「ポシュはまだまだ若いんだし、失敗しても許される立場にいるし、まだまだいろいろなことに挑戦できるよ」

 羨ましいと言われているわけではなく、ごくごく普通の感情での励まし。
 この人はこう思えるまでにどれだけの年月を重ねたのだろう。

「クロウ様は教師にも向いているんじゃないですか。教えるのもうまいし、俺の拙い説明でさえ理解してくれるし」

「ああ、そうだねー」

 クロウは半目になって遠くを見た。

「もはや思い出したくはないけど、貴族にもいろいろな人がいてね、グワっとやれとかドカーンとしてとか擬音だけ言って本人はそれだけで説明した気になって、それでも相手がきちんと理解しないと不機嫌になったり、目下の者に教えを乞うのは嫌なのに説明されないとそれはそれで怒る人もいたし」

 ああ、そういう人たちに鍛えられてしまったんですね。
 人間関係が針の山。
 クロウが何もかもやるのが当たり前だと思う人たちしか周囲にいなかったのなら。

「今はもうそういう環境に戻りたくないとさえ思ってしまうようになった。自由に暮らせるのは素晴らしいことだ」

「ええっと、あの牢獄暮らしのどこが自由なんでしょうか」

「リンク王国にいたときより自由だと思う。牢獄では無料の衣食住つきだし。あ、衣の部分だけ俺は提供されてないか」

 囚人服ってことかー?
 似合わなそう。
 リンク王国の純白法衣がクロウのイメージになっているからだろうか。

「、、、ポシュもメーデも牢獄に通わなくなったね」

「あ、ご存じでしたか」

「俺には直接関係ないことだけど、この帝国で重要視されている若手の軍人が息抜きとして通っているから」

「あのっ、俺が通ったら相手してくれますかっ」

「、、、帝国の制度は制度として尊重するけど、俺は結婚相手としかそういうことやらないから」

 あ、壁際で嬉しそうな顔をしている護衛がいる。
 そっかー。

「俺じゃ役不足ですか」

「ポシュは上流階級のヤツらに囲まれて戦って実力を示してきたんだろう。そういう点は人として敬意を表する」

 にこやかに微笑まれる。
 コレで惚れない方がおかしいだろ。

「王宮では俺の周囲には敵しかいなかった。この第四王子部隊も敵しかいない中で、セリムが唯一味方になってくれたんだ。セリムが望んでくれている限り、俺がセリムから離れられるわけがない」

「え?」

 それはセリムからのえ?である。素のえ?であった。
 俺も慌てて問う。

「第四王子部隊も敵しかいないってそんなことは」

 クロウは仲間だから命を助けたんじゃないのか?

「自分のために怒りの感情を持ってくれる人は貴重だよ、ポシュ。第四王子部隊は第四王子と貴族の部隊だ。失敗したら処刑されるのは、俺の日常的な仕事と何も変わらない」

「けど、全員が帝国の捕虜になっているじゃないか。もう平民も貴族もないじゃないか」

「もし皆が生きて無事に帰国出来たら?」

 それはクロウの闇。
 捕虜となっても立場が変わらない。
 
「俺が生きて帰国しても、誰かが苦情を一つでも言えば俺は処刑されるし、何も言わなくても平民だから責任を取らされ処刑される。それに、生きて帰国したコーダ・セイティが何も言わないわけがない。どう考えてもリンク王国での俺は詰んでいるんだよ」

 恩を仇で返す人間って好きにはなれない、そんなこと当たり前だと思っていた。
 クロウの周囲には恩を恩とも思わない、仇でしか返さない人間ばかりがいたのだ。

「だったら、ずうーっと帝国の牢獄で暮らしていたいと思うじゃないか」
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