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第1話
しおりを挟む人生はひとひらの雪のように儚い
夜、雪が降る冷たい街を歩くのが人生だ。犬飼壮一は病院のベッドに繋がれて死を待っていた。
「犬飼さん、酸素の血中濃度が低いようなので酸素を調節して置きますね?」
「ありがとうございます」
ナースの道山さんが酸素ボンベのコックを少し開いた。
「もうクリスマスですね? 一年なんてあっと言う間ね?
イヤだわ、またおばさんになっちゃう」
「イブは仕事ですか?」
「うんそうよ、イブは夜勤なの。犬飼さんとイブね? あはははは」
クリスマスが嫌いだった。事業に失敗した私は女房や子供たちに3,680円のクリスマスケーキすら買ってやることが出来ないどん底を経験していたからだった。
電気もガスも止められ、蝋燭でイブを過ごした。
「こうしていると、なんだかクリスマスっぽいわね?」
明るく振る舞う妻の時枝が笑って見せた。
不安に怯える子供たち。
米もなくなり、子供たちの弁当には残っていたパスタを入れてやっていた。
だが子供たちは文句も言わなかった。
「これもまたいい思い出よ」
俺はそんな家族を見てある言葉が浮かんだ。
一家心中。
もうカネを貸してくれるところはどこにもなかった。親も兄弟も親戚も友人も、みんなから断られてしまった。
クリスマス・イブの夜、私は家族に毒を盛り、一緒に死ぬことを本気で想像した。
早くこの状況からラクになりたい
連日の債権者たちからの取り立てに、私は頭がおかしくなっていた。家族も玄関のチャイムの音にいつも怯えていた。
そして何度かの浮き沈みを繰り返して辿り着いたのがこの病院のベッドだった。
誰も見舞いに来る者もなく、この病室の窓から見える景色が今の私のすべてだった。外はひらひらと雪が舞っていた。
自分の人生に後悔はない。だが時枝や子供たちに懺悔の想いはある。私のせいで家族を不幸にした責任は重い。
息子の秀一は私が会社を倒産させるまでは全国模試で1位の学力があり、東大からハーバードへのラインもほぼ確定していた。
娘の彩は芸術的素養に恵まれ、5歳からバイオリンのレッスンを受けていたがそれも諦めさせ、美大への進学希望も断念させてしまった。
私は子供たちの夢を潰した最低の父親だった。
生活のために時枝にもスーパーのレジ打ちをさせることになってしまった。
時枝はいわゆるお嬢様だった。子供の頃から苦労を知らない女だった。そんな時枝は親の反対を押し切って私と結婚してくれた。ほぼ駆け落ち同然だった。
一組の布団と小さな冷蔵庫しかない六畳一間の古いアパートからの新婚生活だった。それでも私たちはしあわせだった。
俺は時枝をしあわせにしてやりたいと昼夜なく必死に働いた。
次第に収入も増え、生活は多少なりとも豊かになった。
「赤ちゃんが欲しい」
「子供か? 俺たちふたりじゃ寂しいか?」
「うん、やっぱり子供は欲しいかな?」
俺は子供をもうけることに躊躇いがあった。それは私が家が貧しく、大学進学を諦めた経験があったからだった。
(子供に私のような思いはさせたくはない)
そう考えていた。
子供は嫌いではない、寧ろ好きだ。自分の子供となれば尚更だ。
女なら自分の愛した男の子供を生みたいのは当然の本能だ。私は時枝の願いを了承することにした。
無事に秀一が生まれ、しあわせは10倍になった。サラサラの髪に皇族のような上品な顔立ちに、俺たち夫婦は親バカになった。
「皇太子様みたい」
時枝は元教師であり、子供の教育には長けていた。秀一は三歳になる頃にはもう読み書きが出来るようになり、寝る前には毎日日記も付けていた。
物の英語の名詞や電車の名前などもスラスラと暗記していた。
どこで覚えたのか、「大人になったら何になりたい?」との妻の問いかけに、「大学の先生」とサラリと言ってのけた。
私たちは秀一の将来に期待した。
そして時枝が言った。
「ねえ、今度は女の子が欲しい」
「それは無理だ。今の俺の収入では秀一を東京の大学に出すのが精一杯だ」
「私も働くから」
「それはダメだ、秀一を保育園に預けてまで仕事はさせられない。子供は小さいうちは母親と一緒にいるべきなんだ」
「でも女の子が欲しい。もう名前も決めているの。彩って名前はどう? いい名前でしょう? 彩りって書いて彩」
そう言って図鑑を熱心に見ている秀一に時枝は目を細めた。
私は時枝の願いを叶えてやることにした。
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