★【完結】アネモネ(作品230605)

菊池昭仁

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第6話 アネモネ

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 愛理は庭の花壇に咲く、アネモネを腰を屈めて眺めていた。

 「パパはどこへ行ってしまったの?」

 アネモネに語り掛ける愛理。

 アネモネはギリシャ神話に出て来る美少年、アドニスの流した血から生まれた花だと言われている。
 故に、アドニスとも呼ばれることもある花だ。
 アネモネとはギリシャ語で「風」を意味する。
 アネモネは父が丹精込めて育てていた花だった。


 「パパは風になってしまったの?」

 愛理はアネモネの花を愛でながら、涙を零した。
 兄の裕也が医者を目指していたこともあり、愛理は相沢家を継ぐために法学者になる道を選んだ。
 本来であれば、先祖代々の裁判官になるべきではあったが、父はそれを望まなかった。

 「裁判官なんてなるもんじゃない。愛理は学者になれ」

 父はそう言った。
 仮に弁護士になって、依頼人を守れなかったら? 
 それに犯罪者と向き合う検事なんて絶対に無理だ。
 大学院に進んで、どうでもいいマッカーサー憲法に、思ってもいない論文を書いて学位を取り、後はイケメンの将来有望株を捕まえて結婚し、子供を産めばそれでいいと思っていた。
 相沢の家を守るとは、そういうことだと思っていた。
 もしかすると、父は裁判官としての仕事に嫌気がさしたのではないだろうか?
 今は民事へ移動してはいても、かつては刑事事件を担当し、死刑判決も出した父の重圧は測りしれない。
 家では仕事の話を一切しなかった父。家族の話の輪の中にも入ることはなかった。
 大事そうにアネモネを愛でる父の背中。
 愛理はそんな父親が好きだった。


 父が苦悩していた?
 人間の人生を決定づける裁判官としての職責に?
 地位も名声も、相沢の家も財産も、そして私たち家族をも捨てて突然、蒸発してしまった父。
 父に愛人がいることは兄の裕也から聞かされて知っていた。

 「親父には愛人がいるらしい」

 ショックだった。
 私にはやさしい父だったからだ。
 不潔だとも思った。
 尊敬していた父が、ただのいやらしいオヤジだったのかと思うと口惜し涙が出た。
 私は自分が父から捨てられたと思った。
 どんな顔をしてその人を抱いているのかと思うと、虫唾が走った。
 私は初めて、親の性を意識した。

 もちろん、私もバージンではない。
 男女の性愛がどのように行われ、男が何を女に求めるのかも理解している。
 だが、父親だけにはそうであって欲しくはなかった。
 父には威厳に満ちた裁判官でいて欲しかった。
 外に女を囲うような父でも、やはり大好きな父には変わりはない。
 今、こうして父がいなくなると、私は尚更そう思った。
 父の苦悩する背中を摩ってあげたい・・・。

 「お願いパパ、早く帰って来て。
 そして何事もなかったように、いつものように書斎に籠って欲しい。
 パパの存在はそこにいるだけでパパだから」

 愛理はひとり、アネモネを見詰め続けた。
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