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第6話 アネモネ
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愛理は庭の花壇に咲く、アネモネを腰を屈めて眺めていた。
「パパはどこへ行ってしまったの?」
アネモネに語り掛ける愛理。
アネモネはギリシャ神話に出て来る美少年、アドニスの流した血から生まれた花だと言われている。
故に、アドニスとも呼ばれることもある花だ。
アネモネとはギリシャ語で「風」を意味する。
アネモネは父が丹精込めて育てていた花だった。
「パパは風になってしまったの?」
愛理はアネモネの花を愛でながら、涙を零した。
兄の裕也が医者を目指していたこともあり、愛理は相沢家を継ぐために法学者になる道を選んだ。
本来であれば、先祖代々の裁判官になるべきではあったが、父はそれを望まなかった。
「裁判官なんてなるもんじゃない。愛理は学者になれ」
父はそう言った。
仮に弁護士になって、依頼人を守れなかったら?
それに犯罪者と向き合う検事なんて絶対に無理だ。
大学院に進んで、どうでもいいマッカーサー憲法に、思ってもいない論文を書いて学位を取り、後はイケメンの将来有望株を捕まえて結婚し、子供を産めばそれでいいと思っていた。
相沢の家を守るとは、そういうことだと思っていた。
もしかすると、父は裁判官としての仕事に嫌気がさしたのではないだろうか?
今は民事へ移動してはいても、かつては刑事事件を担当し、死刑判決も出した父の重圧は測りしれない。
家では仕事の話を一切しなかった父。家族の話の輪の中にも入ることはなかった。
大事そうにアネモネを愛でる父の背中。
愛理はそんな父親が好きだった。
父が苦悩していた?
人間の人生を決定づける裁判官としての職責に?
地位も名声も、相沢の家も財産も、そして私たち家族をも捨てて突然、蒸発してしまった父。
父に愛人がいることは兄の裕也から聞かされて知っていた。
「親父には愛人がいるらしい」
ショックだった。
私にはやさしい父だったからだ。
不潔だとも思った。
尊敬していた父が、ただのいやらしいオヤジだったのかと思うと口惜し涙が出た。
私は自分が父から捨てられたと思った。
どんな顔をしてその人を抱いているのかと思うと、虫唾が走った。
私は初めて、親の性を意識した。
もちろん、私もバージンではない。
男女の性愛がどのように行われ、男が何を女に求めるのかも理解している。
だが、父親だけにはそうであって欲しくはなかった。
父には威厳に満ちた裁判官でいて欲しかった。
外に女を囲うような父でも、やはり大好きな父には変わりはない。
今、こうして父がいなくなると、私は尚更そう思った。
父の苦悩する背中を摩ってあげたい・・・。
「お願いパパ、早く帰って来て。
そして何事もなかったように、いつものように書斎に籠って欲しい。
パパの存在はそこにいるだけでパパだから」
愛理はひとり、アネモネを見詰め続けた。
「パパはどこへ行ってしまったの?」
アネモネに語り掛ける愛理。
アネモネはギリシャ神話に出て来る美少年、アドニスの流した血から生まれた花だと言われている。
故に、アドニスとも呼ばれることもある花だ。
アネモネとはギリシャ語で「風」を意味する。
アネモネは父が丹精込めて育てていた花だった。
「パパは風になってしまったの?」
愛理はアネモネの花を愛でながら、涙を零した。
兄の裕也が医者を目指していたこともあり、愛理は相沢家を継ぐために法学者になる道を選んだ。
本来であれば、先祖代々の裁判官になるべきではあったが、父はそれを望まなかった。
「裁判官なんてなるもんじゃない。愛理は学者になれ」
父はそう言った。
仮に弁護士になって、依頼人を守れなかったら?
それに犯罪者と向き合う検事なんて絶対に無理だ。
大学院に進んで、どうでもいいマッカーサー憲法に、思ってもいない論文を書いて学位を取り、後はイケメンの将来有望株を捕まえて結婚し、子供を産めばそれでいいと思っていた。
相沢の家を守るとは、そういうことだと思っていた。
もしかすると、父は裁判官としての仕事に嫌気がさしたのではないだろうか?
今は民事へ移動してはいても、かつては刑事事件を担当し、死刑判決も出した父の重圧は測りしれない。
家では仕事の話を一切しなかった父。家族の話の輪の中にも入ることはなかった。
大事そうにアネモネを愛でる父の背中。
愛理はそんな父親が好きだった。
父が苦悩していた?
人間の人生を決定づける裁判官としての職責に?
地位も名声も、相沢の家も財産も、そして私たち家族をも捨てて突然、蒸発してしまった父。
父に愛人がいることは兄の裕也から聞かされて知っていた。
「親父には愛人がいるらしい」
ショックだった。
私にはやさしい父だったからだ。
不潔だとも思った。
尊敬していた父が、ただのいやらしいオヤジだったのかと思うと口惜し涙が出た。
私は自分が父から捨てられたと思った。
どんな顔をしてその人を抱いているのかと思うと、虫唾が走った。
私は初めて、親の性を意識した。
もちろん、私もバージンではない。
男女の性愛がどのように行われ、男が何を女に求めるのかも理解している。
だが、父親だけにはそうであって欲しくはなかった。
父には威厳に満ちた裁判官でいて欲しかった。
外に女を囲うような父でも、やはり大好きな父には変わりはない。
今、こうして父がいなくなると、私は尚更そう思った。
父の苦悩する背中を摩ってあげたい・・・。
「お願いパパ、早く帰って来て。
そして何事もなかったように、いつものように書斎に籠って欲しい。
パパの存在はそこにいるだけでパパだから」
愛理はひとり、アネモネを見詰め続けた。
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