『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁

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入院12日目

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 パラダイス病院の透析室だけは何ひとつ娯楽がなかった。
 ここの透析室は死んでいるのか生きているのか、曖昧な老人が多いからかもしれない。
 63才の私は最年少だった。


 白い天井を見ながら、井上陽水の『白い一日』を思い出していた。

  (作詞 小椋佳)

  真っ白な 陶磁器を
  眺めては あきもせず
  かといって ふれもせず  
  そんな風に 君のまわりで
  僕の一日が 過ぎてゆく


 好き勝手に生きて来た人生だった。浴びるほど酒を飲み、世界中の豪華な食事を食べ、女を抱いた。ギャンブルに熱狂し、そしてすべてを失った。
 だから今、こうしてこのドス黒い血を機械で洗浄してもらっているというわけだ。
 血を綺麗にしたところで、その罪が贖われるわけではない。
 見舞いに来る者もいない。
 当たり前だ、入院したことを誰にも伝えていないのだから。
 死んだ親父が言っていた。「歳を取ったら友だちは減らすべきだ」と。
 死に逝く者に友人はいらない。  
 ましてや恋人など悲しみと未練が残るだけだ。
 自業自得である。

 確かに天国と地獄があったはずだが、今は天国しか思い出すことが出来ない。
 それだけでもいい人生だったと言える。
 苦しかった事も、悲しかった事も、すべて辛かった事はみんな忘れてしまった。
 私はそんなことを考えながら、いつの間にか眠ってしまっていた。



 「狸小路さん、もうすぐ透析が終わりますからね」
 「あー、夢を見ていたよ」
 「どんな夢ですか?」
 「ゆりあんレトリーバーと大人の休憩所にいて危うく襲われるところだった。
 助けてくれてありがとう」
 「どういたしまして。退屈ですもんねー、透析って」
 「アダルトビデオでも見てたらすぐなんだけどな?」
 「それは困りますよ~、仕事にならなくなっちゃいます」
 「どうして?」
 「私も一緒に見ちゃうから。アハ」

 いいナースだと思った。

 「合格。看護師は漫才のボケでなくてはならない。患者を笑わせるのも立派な看護師の仕事だからな」
 「恐れ入ります。うふっ」


 透析も終わり、私は迎えに来てくれたザ・ナースの妙に車椅子を押してもらい透析室を出た。

 長い廊下を押されて私は妙に尋ねた。

 「どうして看護師になろうとしたの?」
 「さあ、どうしてなんでしょうね? 気がついたらなっていました。ナースに」
 「なるほど」

 だが私はその理由を他のナースから聞いて知っていた。


 「妙さんは重いご病気の婚約者のお世話をするために看護師になったんですよ。
 でもその婚約者さんは亡くなってしまったんですけどね」

 美談だが私は同情はしない。
 なぜなら人生は自分のためにあるからだ。
 だがそんな女は嫌いではない。
 その男は少なくともしあわせだったはずだ。この美しいナースに愛されていたのだから。
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