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第四話
しおりを挟む「クライヴ様、ようこそお越しくださいました」
「ああ、ティアーリア嬢。今日も美しいですね、早くお会いしたかった…」
あの日から数日後。
最早何度目かも覚えていない顔合わせでのお茶の時間にやってきたクライヴに、ティアーリアは挨拶をすると、クライヴが蕩けそうな程の熱を瞳に宿してティアーリアの手のひらをそっと取ると自然な流れで手の甲に自分の唇をよせる。
いつもの挨拶。
そのクライヴの態度にティアーリアはちくり、と自分の胸が痛むのを感じる。
(ああ、今までずっとこうやってクライヴ様に心にもない事を言わせ、やりたくもない挨拶まで私はさせてしまっていたのね…)
ティアーリアはずん、と沈む自分の気持ちを押し殺し微笑みを貼り付けるとクライヴを案内する。
その微笑みに違和感を覚えたクライヴは、心配そうにティアーリアの様子をじっと見つめた。
(ああ、ティアーリア…何故貼り付けたような微笑みを私に見せるんだ…?何か嫌な事でもあったのか…?)
クライヴは心の中でそうティアーリアに問いかける。
決して現実では「ティアーリア」と呼び捨てで彼女を呼べない歯がゆさに唇を噛み締めると、クライヴは前を歩くティアーリアの後ろ姿を眺める。
いつもの彼女と違って、背中から悲しみや悩ましげな感情が醸し出されている。
(その憂いを私が取りされればいいのに…)
ティアーリアはクライヴが到着してからずっと自分の事を考え、悩み心配しているとは露とも知らずどうやって顔合わせの断りを入れるか考えていた。
庭園へと通されたクライヴは、いつものようにティアーリアの座る椅子を引いて腰を下ろして貰うと、その後に続いて向かい側に自分も腰を下ろす。
顔合わせの申し込みを行ってからあと少しで三ヶ月が経つ。
あと何日、あと何日、と指折り数えながらクライヴはその時を楽しみに待っている。
自然とにやけてしまいそうな口元を隠すように、クライヴは用意された紅茶に口を付けると、ふぅと一息吐息を零す。
カップをソーサーの上に戻し、ちらりとティアーリアへと視線を移すと強ばった表情のまま、じっとティーカップを見つめている。
「ティアーリア嬢…?大丈夫ですか?もしや体調でも悪いのですか…」
「…ぁっ、いいえ!大変失礼致しました!」
クライヴに心配そうに声を掛けられてパッと視線を上げたティアーリアとクライヴの視線がぱちり、と絡み合う。
その途端頬を染めるティアーリアに愛しさが込み上げてきたクライヴは照れくさそうに笑うと、もし宜しければ、と口を開く。
「ティアーリア嬢、今日は少し歩きませんか?」
クライヴはティアーリアともっと近寄り会話を交わしたくて、自然とその言葉がスルリと唇から零れ落ちた。
自分達の間にあるテーブルさえ邪魔な存在だ、とクライヴは忌々しくなる。このテーブルさえ無ければティアーリアに近寄り浮かない表情をさせている事柄を忘れさせてやれるくらいに会話が出来るのに。
ティアーリアの返事も待てない、というようにクライヴは椅子から腰を浮かせるとティアーリアに近寄り自分の手のひらを差し出す。
ぱちり、と瞳を瞬ききょとんとした表情でこちらを見上げるティアーリアに抱き締めてしまいたい衝動に駆られるが、その衝動をぐっと抑えクライヴはティアーリアに美しく微笑む。
「…はい、クライヴ様」
ティアーリアはいつもの様子と少し違うクライヴに若干の戸惑いを感じながらも差し出された手のひらに自分の手を重ねた。
ぎゅ、と強い力で握りしめられる事にどきり、と自分の心臓が脈打つが自分も腰を上げるとクライヴのエスコートの元、庭園を散策する事にした。
「クランディア家の庭園はいつ来ても素晴らしいですね。花々がとても生き生きとしている」
「…ありがとうございます、我が家の庭師が丹精込めて花々の世話をしてくれているからですわ…」
クライヴの腕に自分の手を添えながらゆったりとした足取りでクライヴが歩んでくれている。
目には見えない気遣いが嬉しくて、ティアーリアは表情を綻ばせる。
「……っ、」
「クライヴ様?」
ティアーリアのその表情を直視してしまったクライヴは視線を逸らすとンン、と何かを誤魔化すように咳払いをしている。
「…、すみません。何でもありませんよ、少し噎せてしまっただけです」
にこり、と微笑みながらそう答えるクライヴにティアーリアはそれ以上何も言えず当たり障りのないそうですか、という言葉しか返せなかった。
二人でぽつりぽつりと会話をしながら庭園を巡っていると、薔薇園に続くアーチを抜けたその場所で妹のラティリナが姿を表した。
「……あっ」
さあっと吹き抜ける風に薔薇の香りが辺りに漂う。
さわさわと花々がそよぎ、薔薇の馨しい香りの向こうに現れた美しい自分の妹にふ、と腑に落ちた。
今日は少しばかり体調が良かったのだろう。
それで、自分達の邪魔にならないような場所を散策していた妹。
その情報をどうやってかは分からないが得ていたのだろう。
ラティリナの姿を一目見たくてクライヴは自分を庭園の散策に誘った。いつもとは違うな、と違和感があった。こちらの返事を聞く時間も惜しいと言うようなクライヴの態度に合点が行く。
早く散策へと向かわないとラティリナとすれ違ってしまう、と考えたのだろう。
そう考えているティアーリアの目の前で、二人はしっかりと見つめ合っていた。
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