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第三話
しおりを挟む幼い頃のティアーリア・クランディアは体がとても弱かった。
血液を送り出す心臓に異常があり、幼い頃は他の子供達のように外で遊ぶ事も出来ずにずっとベッドの上で過ごす生活をしていた。
そんなティアーリアの体を心配して、父親は少しでも空気のいい場所を、と伯爵領の郊外へと療養目的で連れてきてくれたのだ。
母親と妹は元々の邸におり、父親と医者、数人の使用人とティアーリアで二年間、領地の郊外で過ごしていた事がある。
食べ物も喉を通らなく、無理に飲み込んでしまえば吐き出してしまう程の状態だったティアーリアは、このままでは長く生きれないだろうと言われていた。
ティアーリアも、そんな自分の体に嫌気がさしていてそれならばもう運命に身を任せよう、と思った時期がある。
ちょうど、そんな時期だった。
そんな諦めていたティアーリアの前に少年が現れたのは。
その少年はかなり身分の高い貴族の子息である事がわかった。
ある日、伯爵領に立ち寄った息子の父親が伯爵である父親と少しばかり話があるとの事で男性の息子である男の子とティアーリアは少しの間一緒に過ごした事がある。
病弱で外に遊びに行けない自分の為に、男の子は外で見られる景色や、今まで自分が訪れた場所を拙い説明ながらも、一生懸命話して聞かせてくれた。
その話がとても興味深く、楽しかったティアーリアは自然とその男の子と笑顔で語り合うようになったのだ。
身分の高い貴族の男性は仕事の関係で一週間程伯爵領に滞在するらしく、その一週間は男の子がティアーリアと過ごしてくれた。
無意識下で、外にも出れないティアーリアを気遣ってくれたのだろうか。
男の子は外に行きたいという素振りを微塵も見せずにティアーリアと共に過ごしてくれた。
その時間がとても楽しくて。
男の子がいなくなってしまった後も、その時の楽しさがティアーリアの生きる希望になってくれた。
元気になって、男の子が話してくれた外の景色や冒険談を自分も経験してみたい。
その気持ちがいい刺激になったのだろう。
ティアーリアは成長するにつれて体が強くなり、心臓の働きも回復してきた。
生きる希望を無くしていたままの自分では病気は治らなかっただろう。
だが、この先健康な体を手に入れて生きたい、という強い気持ちがティアーリアの体に変化を齎したのだ。
何年もかかったが、立派な淑女へと成長してゆくにつれ自分の体も強く、病いも治って行った。
ティアーリアはあの時に出会った男の子に感謝した。
あの男の子と出会わなければ今、自分はここに居なかっただろう。
そして自然とティアーリアはあの男の子が誰だったのか気になった。気になり、父親に聞いてみるととても印象深くあの出来事を覚えてくれていたのだろう。すぐに誰だかわかった。
あの男の子は公爵家の嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラだと教えてくれたのだ。
「クライヴ様…」
ティアーリアは父親に教えてもらった男の子の名前を何度も呟いた。
もう一度会えるかと思っていたが、名前を聞いてすぐさま諦めていた。
公爵家のご嫡男と、伯爵家の自分では身分が違いすぎるのだ。だから諦めていた。最初から縁のない方だったのだと。
だから自分は早く誰か婿養子に来てくれる方といい縁に巡り合えればいいと思っていた。
そう思っていた矢先。
「ティアーリア、アウサンドラ家のご嫡男から顔合わせの申し入れがあったぞ!」
嬉しそうにそう言いに来た父親に驚きと嬉しさで涙が落ちそうになった。
ああ、もしかしたら彼は幼い時のやり取りを覚えてくれていたのかもしれない、と喜んだ。
そう喜んでいたのだあの時までは。
「お姉様?どうしたのですか、大丈夫ですか?」
自室の扉がコンコンとノックされる。
ノックの音と同時に、妹のラティリナが心配そうに声を掛けてくれている。
必死に嗚咽を押し殺し、ティアーリアは外にいる妹へと務めて明るく声を掛ける。
「大丈夫よ、ラティリナ。少し吃驚する事があって…」
「でも、お姉様…。執事のナルスがお姉様が泣いてらしたって言っていたわ。入ってもいい?」
「ちょ、ちょっと待ってラティリナ…!」
「待ちません…!入ります!」
ティアーリアの制止の言葉を聞かず、姉を心配した妹が乗り込んでくる。
ティアーリアは急いで自分の目元を拭うと、ラティリナに向き直った。
「やっぱり…お姉様、ご自分の部屋に戻っても泣いてらしたんですね…今日はアウサンドラ公と会える、と嬉しそうにされていたのに何があったんですか?」
「ううん、平気よ、大丈夫。心配掛けてごめんね」
「…まさか、アウサンドラ公に失礼な事を言われたのですか?それとも何か無体な事でも…!?」
段々と目尻が吊り上がって行く妹に、ティアーリアは慌てて否定する。
「と、とんでもないわ!いつも通りクライヴ様はお優しかったし、楽しいお茶の時間を過ごしたわ…っ!ただ、少し私が気弱になってしまっただけよ…!」
ラティリナのクライヴへの印象を悪くしたくない。
実際、今日のお茶の時もクライヴはとても優しく、楽しい時間を過ごせたのは事実だ。
ここでラティリナへ悪印象を与えてはいけない。きっとクライヴは自分との婚約が不成立となった後にラティリナに時間を置いてから顔合わせを申し込むのだから。
「クライヴ様はとても素敵な方で、私には勿体ないお方だわ、とちょっと気弱になってしまっただけよ」
「そうですか…?」
ラティリナは姉のその言葉に納得出来ないような表情ながらも、姉がそう言うなら、と言葉を飲み込んだ。
こんなに綺麗で素敵な姉が気後れする事なんてないのに、とラティリナは思う。
自分の体が弱く、度々高熱を出して倒れてしまう時もいつも姉は心配そうに看病してくれる。
幼い時は姉の方が体が弱く、辛かっただろうのにラティリナの事を凄く気遣ってくれていた。
確かにアウサンドラ公は素敵な男性で姉を大事にしてくれていると思う。
だけれど、姉にはもっといい人がいるのではないか、とラティリナは前々から思ってしまっていた。
姉とアウサンドラ公の顔合わせのお茶の時間を遠目から見た事がある。
容姿も整い、男らしい体躯の印象の美丈夫だった。姉を見つめる視線も優しげで、このまま上手くいけば二人はいい夫婦となるだろう事は分かっていたのだが…
(あの体つきでは万が一崖からお姉様が落ちてしまったらお姉様を抱えて崖を登れないわ…)
ラティリナの好みは、筋肉隆々で熊のように逞しい男性なのだ。
筋肉が足りないわね、とラティリナはいつもティアーリアとクライヴを見ながら少し残念な気持ちになっていた。
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2021/08/29
*全三十話です。執筆済みです
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