【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船

文字の大きさ
7 / 39

第七話

しおりを挟む

目の前で抱き合う二人はいったい何だ?

クライヴはティアーリアと自分の侍従が目の前で抱き合っている姿を見て唖然としてしまった。

(何故、何でこんな事が起きている…?)

クライヴは自分の目の前で頬を染め、自分の侍従を見つめるティアーリアに目を見開くと自分の背中に嫌な汗が流れ、不規則に大きく鼓動を刻む自分の心臓に右手を持って行く。
胸が苦しい。息がうまく吸えない。

はくはくと唇を動かし、クライヴはじっとティアーリアを見つめる。
何故自分以外の男に頬を染めているのか。
何故そんなに恥ずかしそうにはにかんだ微笑みを見せているのか。
その微笑みは自分に向けられていたのに──

(駄目だ、泣きそうだ)

クライヴは二人の姿をこれ以上見ていたくない、と言うように踵を返すとその場から足早に立ち去る。

こんなに早く戻って来なければ良かった。
ティアーリアに早く会いたいから、とすぐに戻ってこなければ良かった。
いや、それ以前にティアーリアが心配だから、と自分の侍従を先にティアーリアの元へと向かわせなければ良かった。

足早にあの場を離れて、庭園の大きな木の元へと来るとクライヴは耐えきれない、と言うように背中を木に凭れ掛けそのままズルズルとしゃがみこんだ。
ぐしゃり、と自分の前髪を握り潰し奥歯を噛み締める。

「今日、浮かない表情をしていたのも…一瞬瞳に過った悲しげな表情も、他に好いた男がいたからなのか…っ!」

嘘だと言って欲しい。
今まで自分に向けられた熱の篭った瞳も、美しい微笑みも、花が綻ぶような明るく可愛らしい笑顔もこれからは自分以外の男に向けられるのか、と考えクライヴは自分の左目から一筋涙が零れ落ちる感覚に慌てて目元を拭う。
情けなく涙を零す姿を誰かに目撃されては不味い。ここは、自分の邸ではないのだ。
クランディア家が下世話な噂話を流すとは思えないが、出入りしている商人等に目撃されてはどんな噂を流されるかわからない。
自分の家だけを噂されるのならばまだいいが、クランディア家まで面白おかしく噂の的になってしまう可能性がある。
迷惑を掛ける事だけはしたくない、とクライヴは瞳を閉じると深く深呼吸をして顔を上げる。

「早く戻らなくては…っ」

中々戻らない自分にティアーリアは優しいから心配してしまうかもしれない。
自分の手のひらで目元を覆うと、クライヴはしゃがみこんでいた体勢からのろのろと立ち上がり、意を決したように瞳を開いて前を見すえる。

自分は何も見ていなかった。
今、初めて自分はティアーリアの元へと来た、という風に表情を作らねばならない。
ティアーリアの勧める通り、素晴らしい庭園だったと話して今日はお開きにしよう。
次の顔合わせまでには気持ちを落ち着かせるから。いつも通りのクライヴ・ディー・アウサンドラに戻るから。だから今日だけは早めに帰らせて貰おう、と決めるとクライヴはティアーリアの待つ方向へと歩き始めた。








(クライヴ様…遅いわね…ラティリナとお話が盛り上がっていらっしゃるのかしら?)

それだったら自分がした事がいい結果となったのだろう。
二人が楽しい時間を過ごせているのなら嬉しい、とティアーリアは微笑むとそっと紅茶のカップを持ち上げて唇を付ける。

こくり、と一口紅茶を飲み込むと自分の視界に見知った長身の男性の姿が映る。
まっすぐとこちらへ向かってくるクライヴの姿にティアーリアはこの姿を見るのも今日で最後ね、と眉根を下げて微笑んだ。


「ティアーリア嬢、遅くなって申し訳ありません。お体の調子は大丈夫ですか?」

自分の目の前まで歩いてきたクライヴが心配そうに尋ねてくれる。
その言葉にティアーリアは大丈夫だ、と微笑んでお礼を伝えるとその場に立ち竦んだように動かないクライヴの姿を不思議に思い、首を傾げる。
何かを耐えるような、そんな瞳をしているのは気のせいだろうか。ティアーリアが心配そうに見つめる視線に気付いたクライヴはすぐにその感情をさっと隠すと口を開く。

「とても素敵な庭園でした。また、次の機会には是非ティアーリア嬢と共に回らせて下さい」

微笑みながらそう「次の機会」を口にするクライヴに、ティアーリアは口を開く。

「──申し訳ございません、クライヴ様」
「……、ティアーリア、嬢?」

ティアーリアは椅子から立ち上がると、目の前で困惑した表情のクライヴと向き合い、そっと頭を下げた。
その行動に、クライヴは嫌な予感を感じ言葉を挟もうとしたが、クライヴが話すよりもティアーリアが言葉を言い切る方が早かった。

「──待っ、」
「本日でお会いするのは最後に致しましょう」

その言葉は、婚約を受け入れないと言う時に相手に伝える断りの言葉だ。
その言葉を伝えられた男性は、相手の女性との顔合わせをこれで終了させなければならない。ご縁がなかった、という事になる。

ティアーリアはその言葉を伝えると、悲しそうに微笑みながらクライヴに背を向け歩き出してしまう。

これで本当に最後なのか……!
クライヴは無意識に縋るようにティアーリアの後ろ姿に腕を伸ばすが、その腕はティアーリアに届く事なく自分の視界から恋い慕う女性の姿が消えてしまうまで、その場を動く事が出来なかった。
しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

【完結】どうかその想いが実りますように

おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。 学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。 いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。 貴方のその想いが実りますように…… もう私には願う事しかできないから。 ※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗 お読みいただく際ご注意くださいませ。 ※完結保証。全10話+番外編1話です。 ※番外編2話追加しました。 ※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。

【完結】この地獄のような楽園に祝福を

おもち。
恋愛
いらないわたしは、決して物語に出てくるようなお姫様にはなれない。 だって知っているから。わたしは生まれるべき存在ではなかったのだと…… 「必ず迎えに来るよ」 そんなわたしに、唯一親切にしてくれた彼が紡いだ……たった一つの幸せな嘘。 でもその幸せな夢さえあれば、どんな辛い事にも耐えられると思ってた。 ねぇ、フィル……わたし貴方に会いたい。 フィル、貴方と共に生きたいの。 ※子どもに手を上げる大人が出てきます。読まれる際はご注意下さい、無理な方はブラウザバックでお願いします。 ※この作品は作者独自の設定が出てきますので何卒ご了承ください。 ※本編+おまけ数話。

殿下が私を愛していないことは知っていますから。

木山楽斗
恋愛
エリーフェ→エリーファ・アーカンス公爵令嬢は、王国の第一王子であるナーゼル・フォルヴァインに妻として迎え入れられた。 しかし、結婚してからというもの彼女は王城の一室に軟禁されていた。 夫であるナーゼル殿下は、私のことを愛していない。 危険な存在である竜を宿した私のことを彼は軟禁しており、会いに来ることもなかった。 「……いつも会いに来られなくてすまないな」 そのためそんな彼が初めて部屋を訪ねてきた時の発言に耳を疑うことになった。 彼はまるで私に会いに来るつもりがあったようなことを言ってきたからだ。 「いいえ、殿下が私を愛していないことは知っていますから」 そんなナーゼル様に対して私は思わず嫌味のような言葉を返してしまった。 すると彼は、何故か悲しそうな表情をしてくる。 その反応によって、私は益々訳がわからなくなっていた。彼は確かに私を軟禁して会いに来なかった。それなのにどうしてそんな反応をするのだろうか。

【完】貴方達が出ていかないと言うのなら、私が出て行きます!その後の事は知りませんからね

さこの
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者は伯爵家の次男、ジェラール様。 私の家は侯爵家で男児がいないから家を継ぐのは私です。お婿さんに来てもらい、侯爵家を未来へ繋いでいく、そう思っていました。 全17話です。 執筆済みなので完結保証( ̇ᵕ​ ̇ ) ホットランキングに入りました。ありがとうございますペコリ(⋆ᵕᴗᵕ⋆).+* 2021/10/04

【完結】貴方の望み通りに・・・

kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも どんなに貴方を見つめても どんなに貴方を思っても だから、 もう貴方を望まない もう貴方を見つめない もう貴方のことは忘れる さようなら

初恋を諦めたあなたが、幸せでありますように

ぽんちゃん
恋愛
『あなたのヒーローをお返しします。末永くお幸せに』  運命の日。  ルキナは婚約者候補のロミオに、早く帰ってきてほしいとお願いしていた。 (私がどんなに足掻いても、この先の未来はわかってる。でも……)  今頃、ロミオは思い出の小屋で、初恋の人と偶然の再会を果たしているだろう。  ロミオが夕刻までに帰ってくれば、サプライズでルキナとの婚約発表をする。  もし帰ってこなければ、ある程度のお金と文を渡し、お別れするつもりだ。  そしてルキナは、両親が決めた相手と婚姻することになる。  ただ、ルキナとロミオは、友人以上、恋人未満のような関係。  ルキナは、ロミオの言葉を信じて帰りを待っていた。  でも、帰ってきたのは護衛のみ。  その後に知らされたのは、ロミオは初恋の相手であるブリトニーと、一夜を共にしたという報告だった――。 《登場人物》  ☆ルキナ(16) 公爵令嬢。  ☆ジークレイン(24) ルキナの兄。  ☆ロミオ(18) 男爵子息、公爵家で保護中。  ★ブリトニー(18) パン屋の娘。

【完】婚約してから十年、私に興味が無さそうなので婚約の解消を申し出たら殿下に泣かれてしまいました

さこの
恋愛
 婚約者の侯爵令嬢セリーナが好きすぎて話しかけることができなくさらに近くに寄れないジェフェリー。  そんなジェフェリーに嫌われていると思って婚約をなかった事にして、自由にしてあげたいセリーナ。  それをまた勘違いして何故か自分が選ばれると思っている平民ジュリアナ。  あくまで架空のゆる設定です。 ホットランキング入りしました。ありがとうございます!! 2021/08/29 *全三十話です。執筆済みです

処理中です...