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第六話
ティアーリアはクライヴとお茶をしていたテーブルまで戻ってきてもらうと、自分を運んでくれた侍従に例を述べる。
「ありがとう、ここまで大変だったでしょう?」
「とんでもございません、お嬢様。羽のように軽かったですよ」
「ふふ、奥様を抱き上げるのに慣れているのね。安定感抜群だったわ」
ティアーリアがそうからかうように侍従を褒めると、侍従の男は頬を染めながら「おやめ下さい」と視線を逸らす。
こんな風に、お互いを思いやる夫婦になりたかった、とティアーリアは眉根を下げる。
約束の三ヶ月が経った後、自分が了承の返事をしてしまえば婚約は成立してしまうのだ。
手遅れにならないで良かった、と自分の胸に手を当てるとティアーリアはふう、と吐息を零す。
「クライヴ様とラティリナは今頃楽しそうに庭園を二人で回っているかしら…」
「ええ、そうでしょう。妻が手入れした庭ですから。見所が沢山あって見切れないほどでしょうね。次回はお嬢様が自らアウサンドラ公をご案内しては如何です?」
庭師である妻が懸命に育て、素晴らしい庭園になった事を褒められ、侍従は新しくお茶を用意しながら満面の笑みで答える。
今にもスキップして妻の元へと飛んでいきたいような雰囲気だ。
ティアーリアは楽しそうに瞳を細めると、自分の口元に手をやり控えめに声に出して笑う。
クランディア家で働いてくれている使用人達が嬉しそうで、幸せそうな姿を見ていると自分まで嬉しくなる。
ティアーリアは人の笑顔を見るのが好きだ。
幼い頃は笑顔になる事なんて殆どなかった。それに、自分の周りにいた使用人達も皆焦燥感に駆られた表情ばかりで、沢山心配を掛けたのだと思う。
それが、自分の病がすっかり良くなって元気になって行くと周りの皆も笑顔になっていった。
その笑顔につられて、自分も自然と笑顔になる事が増えた。
だから、自分の大好きな人達には笑顔で過ごして欲しい。
大好きなクライヴと、大好きなラティリナ。
二人には悲しい表情なんて似合わないから、どうか笑顔で自分の人生を謳歌して欲しい。
憂いはもうすぐなくなるから。
「クライヴ様、あちらが以前お姉様が美しいと見蕩れていた白薔薇ですわ」
さくさくとクライヴとラティリナはゆったりと歩きながら薔薇園の中を巡っていた。
ラティリナから説明された内容にクライヴは反応すると、これがティアーリア嬢が美しいと言った白薔薇ですか、と愛おしそうに眺める。
「あちらはお姉様が考案された薔薇のアーチです、とても素晴らしい出来栄えとなっておりますでしょう?」
「なんと、ティアーリア嬢は庭園の魅せ方にも精通しているのですね、素晴らしい」
「ええ、ええ。そうなのです。お姉様はとても素晴らしい発想の持ち主なのです。それなのに偉ぶらず、とても謙虚なお心をお持ちの方なのです」
「ティアーリア嬢は外見や所作の美しさだけではなく、その心まで美しいとは…本当に素敵な女性ですね」
「そうなのです!私のお姉様はとても素晴らしいお方なのですわ!満天の星空の下微笑む姿はまるで女神のような美しさなのです」
うっとりとラティリナが零す言葉にクライヴはうんうんと頷くと、自分も唇を開く。
「輝く太陽の下、光の下で煌めく笑顔を浮かべるティアーリア嬢も女神と見間違えてしまう程の美しさです」
止まらないティアーリアへの賞賛にお互い通じ合う所があったのか、二人は真剣な眼差しで見つめ合うと、こくりと一つ頷いて固く握手を交わした。
「クランディア嬢、我が主が心配しておりました、ご体調は如何ですか?」
さくさくと足音を立てながら近付き問いかけてくる男性の声にティアーリアは微笑みながら振り向いた。
「──っ、!」
「クランディア嬢…?」
近付いて来た男性は、クライヴの侍従で、あの日にクライヴと話していた侍従その人だった。
クライヴはこの顔合わせが始まってから毎回この侍従の男性を伴いクランディア家へと訪れていた。
その事からこの侍従の男性はクライヴが信を置く数少ない侍従なのであろう事が伺える。
体調を崩した、というティアーリアを気遣い信頼する侍従を先に戻し様子を伺うように頼んだのだろう、表向きは。
だがきっと侍従は自分の主であるクライヴの邪魔をしたくなく、先に戻ってきたのだろう。
クライヴと、その想い人であるラティリナを二人きりにする為に不自然にはならないようにティアーリアを気遣う体で一足先にこちらに戻ってきたのであろう。
ティアーリアはクライヴの侍従ににこり、と微笑み掛けるとお礼を述べる。
「ありがとうございます、寝不足がたたってしまったのでしょう…ご心配をお掛けしてしまって申し訳ございません」
「いえいえ、ご無事でしたら宜しいのですよ」
我が主も一安心でしょう、と侍従が微笑む。
その時、穏やかな空気が流れていた庭園に強い風が吹いた。
「──あっ、」
テーブルの上に乗せておいた自分のハンカチが風に攫われて飛んでしまった。
咄嗟に手を伸ばしたが、ティアーリアの手からハンカチは逃れ、地面へと落ちてしまう。
クライヴの侍従が視界の隅で動いてくれたのが分かったが、アウサンドラ家の侍従に拾わせてしまうのは申し訳ない、とティアーリアは自ら椅子から立ち上がった。
少し考えれば傍にはクランディア家の侍従もいたから頼めば良かったのに、自分で拾わねば、と考えた瞬間体が動いてしまっていたのだ。
焦ってしまったのがいけないのだろう、ティアーリアは立ち上がった拍子にテーブルの足に自分の足を引っ掛けてしまった。
「──クランディア嬢!」
ぐらり、と傾く自分の体に「転ぶ!」と身構え目をつぶった。
地面に転んでしまう衝撃に目を固く瞑った瞬間、自分の腕が強く引っ張られ、誰かの胸に抱き寄せられた。
「ひゃっ」
「──、お怪我はございませんか、クランディア嬢」
どうやらクライヴの侍従が自分の近くまで来ていたタイミングで転びそうになった所を抱き留めてくれたらしい。
侍従ははっと我に返ると謝罪をしてばっとティアーリアから素早く体を離し、落ちたハンカチを拾ってくれた。
お互い若干頬を染めながら気まずそうに言葉を交わす。
そんな二人を、庭園の散策から戻ってきていたクライヴが唖然とした表情で見つめていた。
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