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第三十話
しおりを挟むしっかりとクライヴに瞳を見つめられて、問いかけられた言葉にティアーリアはどきり、と自分の鼓動が跳ねるのを感じた。
咄嗟にクライヴから視線を逸らし、別にいつも通りだと言葉を返したが、クライヴの腕が緩む事はなく、ティアーリアを抱き締めたまま逃がしてくれない。
「クライヴ様······」
困ったように眉根を下げるティアーリアに、クライヴは追い詰めるような事をしてしまって申し訳ない気持ちが込み上げるがティアーリアを悲しませる事柄は取り除かなければいけない。
辛抱強くティアーリアの瞳を見つめ続けると、程なくしてティアーリアが諦めたのか、自分を抱き締めるクライヴの腕に、そっと自分の腕を重ねた。
「······クライヴ様が幼少の頃、ボブキンス侯爵家のご令嬢、マーガレット嬢と婚約予定だったと本日お聞きしました」
やはり、その事をずっと気にしていたのか、とクライヴは余計な事を話したボブキンスの令嬢に怒りを覚えるが、ここで偽りを述べても意味が無いので、ティアーリアに頷く。
「ええ、確かに私とボブキンス家の令嬢との縁組が話に上がった事はありますが、それは縁がなかった、とお流れになりました」
「やはり、そのお話は本当にあった事なのですね」
ティアーリアが悲しそうに瞳を細める姿にクライヴは困惑する。
縁がなく、婚約の話が流れる事は高位貴族であれば普通の事であり、クライヴはこの話しが何故ここまでティアーリアが悲しむ事柄になるのか理解出来ない。
寧ろ、自分にとっては流れて良かったとさえ思っているのだ。あの時、あの領地でティアーリアと出会えなければ愛ある結婚が出来なかっただろう。あのまま形式的に婚約して、結婚してしまっていたら自分は人を愛するという事を生涯知らずに生きていたかもしれないのだ。
「あの時、私と出会ってしまったが為にクライヴ様の、アウサンドラ公爵家の大事な縁組を流してしまったのだと······思い······私は大きな過ちを犯してしまったのかと······」
「──ティアーリア······」
悲しそうに、辛そうに話すティアーリアにクライヴは言われた言葉が飲み込めず、呆然とする。
過ち、だと。
自分との出会いを、あの愛おしい一週間を過ちだと、思っていたのか。
ボブキンス侯爵令嬢と話してから、帰ってくるこの時までそう考えていたのか、と考えクライヴは自分の気持ちが何一つティアーリアに通じていなかった事に愕然とする。
「本当、に。そう思っているのですか······私との出会いが過ちだった、と······」
低く、呻くように呟かれたクライヴの言葉にティアーリアはびくり、と体を震わせる。
「違います······っ、過ちなんかじゃなくって、私がお伝えしたかったのは······!」
「黙って」
ティアーリアは、自分の伝えた言葉がクライヴに何か歪曲して伝わってしまった事に慌てて言い募ろうした。
自分とのあの領地での一週間のせいで、もしかしたらクライヴの縁を邪魔してしまったのであれば、謝ろうと。
自分と出会ってしまったが為にアウサンドラ公爵家の大事な縁組を破談にしてしまったのであればきちんと謝罪をしたかった。
そして、それでも自分はクライヴが好きなのだ、と伝えるつもりだった。
クライヴに訪れていたかもしれない良縁を無くしてしまった事に負い目はあるけれど、あの時クライヴと会えた事で今自分はとても幸せなのだ、と自分の気持ちを伝えようとした。
確かに最初、侯爵令嬢に話を聞かされた瞬間は驚き、そして自分との出会いのせいでクライヴの縁を潰してしまった事に申し訳なさと後ろめたさを感じたが、それでもクライヴを好きになってしまったのだ。
申し訳ない気持ちはあるが、だからといってクライヴを諦める事はもう出来ない。
だから、ティアーリアはそう伝えようとした。
けれど自分は言い方を間違ってしまったようで、クライヴから今まで聞いた事のない程低く冷たい声音で遮られた。
そして、ティアーリアが怯んだ瞬間にクライヴは苛立ちを露わにしてティアーリアに強引に口付けて来た。
「──んう!」
今までの優しく思い遣りのある口付けではない。
怒りを顕にしたクライヴの噛み付くような口付けに、ティアーリアはびくり、と震えると固まってしまった。
クライヴに今まで感じた事のない恐怖を感じ、ティアーリアは恐怖から逃れるように強く瞳を閉じた。
強く閉じた瞳から、驚きと恐怖に思わず涙が一筋頬を伝って溢れ落ちる。
ティアーリアの頬を包み込んで口付けるクライヴは、ティアーリアの濡れた頬に気付いているはずなのに唇を離してくれる素振りはなく、酸欠状態に陥ったティアーリアは思わずクライヴの胸元を何度も叩いた。
ティアーリアの必死の抵抗にやっと唇を離してくれたクライヴが、怒りや憤り等の複数の感情を瞳に滲ませてティアーリアを射抜く。
「──あ、」
ティアーリアは、クライヴの瞳の中に悲しみと、もう二つの感情を垣間見てしまい、緩んだクライヴの拘束から勢い良く抜け出すとその勢いのままクライヴの自室から転げ出るように駆け出た。
「ティアーリア!」
背後から自分を呼び止めるクライヴの声が聞こえたが、ティアーリアは立ち止まる事無くその場を後にする。
涙で滲んでくる視界に、先程垣間見えてしまったクライヴの瞳に浮かんだ感情を思い出してとうとう涙がボロボロと零れ落ちて行く。
クライヴの瞳に浮かんだ感情、それは
失望、と落胆だった。
そして、その日の夜。
クライヴの邸宅に招かれてから初めて、ティアーリアの自室にクライヴが訪れなかった。
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