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地下牢での再会
しおりを挟む地下牢へと続く階段へと足を踏み入れ、ゆっくりと下っていく。
自分の肌を打つ冷たい風が階段の下方から流れて来ておりミュラーはぶるり、と震える自分の体を両腕で抱き締めた。
「ミュラー、寒い?大丈夫?」
隣を歩いていたレオンが心配するようにミュラーの顔を覗き込み、自分が着ていたコートを脱ぐとミュラーに羽織らせる。
レオンはそっとミュラーの肩を抱くと、自分の方へと引き寄せて温めようとミュラーの腕を擦る。
「ありがとうございます、レオン様…。大丈夫です」
「うん、無理しないで…ニック・フレッチャーと会う時は俺の傍にいるんだよ」
ぎゅう、と抱き締める自分の腕に力を入れるとレオンはミュラーにそう告げる。
本当はミュラーとニックを合わせる事などしたくないのだ。あの日の出来事を再度思い出させる事などしたくない。
尋常ではない状態のニックにミュラーを会わせたくなんて無かった。
「くそ…っ、刑罰の確定の為とは言え、時間も置かずにミュラーをニック・フレッチャーとなんて会わせたくないのに…」
レオンは自分達の前を歩く宰相と、自分の友人オリバーに視線を向けると胸中でオリバーに毒づく。
(オリバー、俺が反対するのを分かっててわざとこの件を話さなかったんだな…)
階段を下り、暫く通路を歩いて行くと堅牢な門の前に到着した。
オリバーの話からして、国家犯罪者を収監しているのはこの奥らしくニック・フレッチャーとキャロン・ホフマンはこの先にいるようだ。
国で禁止している禁止薬物を流通、常用、他者への無断使用を犯した者は国家犯罪者となってしまう。
この奥に収監されている者達はもう二度と陽の光を浴びる事が出来ない運命の者達だ。
「ニック・フレッチャーの独房はこちらです、宜しいですか?」
オリバーの問いかけに、ミュラーとレオンは頷くとそっとその案内された独房へと足を進めた。
独房の中からは意味の成さない叫び声が聞こえてきており、錯乱状態にあるらしく支離滅裂な言葉を話し続けている。
じゃり、と石畳の床を靴底が滑る音に反応したニック・フレッチャーが虚ろな瞳で独房の外へと視線を向けた。
「──っ、!ミュラー!!ミュラー!やっと来てくれたんだね、ずっと待っていたんだっ!」
─ガシャン!と独房に嵌められた鉄柵に走り寄ると、自分の両手で鉄柵を握り締めガシャン、ガシャン、と力任せに揺すっている。
「…ひっ、」
「ミュラー…」
必死の形相に恐れを抱いたミュラーが怯むと、隣にいたレオンがぎゅっと力強く肩を抱き、ミュラーの顔を自分の胸へと押し付ける。
「あんな物はミュラーの視界に入れなくていいよ」
「貴様!俺の、俺の!ミュラーから離れろ!俺とミュラーは結婚するんだ!妻に手を出す不届き者を今すぐ処断しろっ!!」
興奮と怒りに濡れた瞳でレオンを睨み付けるニックに、レオンは宰相とオリバーに視線を向けると唇を開く。
「…もう執着と妄言の確認は取れたでしょう?」
「ええ、そうですね。ご協力頂き感謝します」
「看守、その者に鎮静剤を」
レオンとオリバーの会話の後に、宰相が看守へと素早く指示する。
レオンの胸元に顔を埋めた自分にはニックの喚き声しか聞こえないが、自分を抱き込むレオンの大きな手のひらで耳も覆われ、ニックの声も聞こえにくくしてくれている。
「次は?キャロン・ホフマンだったか?」
レオンの声に、オリバーは無言で頷くとニックから離れた独房へと案内する。
「キャロン・ホフマンは先程のニック・フレッチャー程大きく暴れている訳ではないが、やっぱりお前を夫と呼び妄言を呟いているよ」
「いい迷惑だな…、良くも知らない女の口から自分の名前を呼ばれるのは気分が良くない」
レオンは吐き捨てるようにそう言うと、苛立たしさを隠しもせず剣呑な瞳でもう一箇所の独房へと視線を向ける。
独房へと近付いて行くと、ぶつぶつとか細い女の声が独房内から響いてくるのを自分の耳が拾う。
脈絡のない言葉達の中に、レオンの名前が度々出てきて、レオンは自分の名前を呼ばれるその嫌悪感に表情を歪めた。
「ここが、キャロン・ホフマンの独房です」
「…ミュラー、ここにいて」
「レオン様?」
自分の肩を抱いていたレオンの温もりが離れていく事に不安を感じたミュラーは、レオンを心配するように呼び止める。
レオンは大丈夫だと言うように微笑むと、ミュラーの頭を一撫でしてキャロン・ホフマンへと近付いた。
「あぁ、レオン様…何故迎えに来て下さらないの…?先日式を挙げたばかりなのに…お忙しいの…?」
「…キャロン・ホフマン」
「─!レオン様、レオン様っ!お待ちしてましたのよ!やっと私を迎えに来て下さったのね、早く私達の邸へと帰りましょう!」
先程のニックと同じく、レオンの姿に気が付いたキャロンは独房の鉄柵に走り寄ると歪んだ笑みでレオンに話し掛ける。
縋るように鉄柵からほっそりとした腕を伸ばし、レオンの体に触れようとするその姿にミュラーは不快感に眉根を寄せる。
そっと伸ばされた腕から距離を取ると、レオンは感情の籠らない声音でキャロンに告げる。
「君に俺の名前を呼ぶ許可を出した覚えはない。不愉快だ、辞めてくれ。それに、俺が君の夫?笑わすのは良してくれ。俺の妻はミュラーだし、俺が愛しているのもミュラーだけだ」
「っ、何故そんな事を仰るのですか!私達は永遠を誓い合ったではないですか!あの日の誓いは嘘だったとでも言うのですか!」
「君の言う誓いとは何だ?君とは舞踏会で顔を合わせたあの場が初対面だし…それに」
レオンは後方にいるミュラーに聞こえないように目の前にいるキャロンに聞こえるくらいの声量で言葉を続けた。
「君に女性としての魅力を微塵も感じない。男として君にまったく反応しない、そんな人と俺が結婚する訳ないだろう?」
その言葉を聞いたキャロンは激しく興奮して顔を真っ赤にし、凡そ貴族令嬢としては口に出せないような罵詈雑言をレオンに向けて放っている。
貴族の令嬢としての矜恃も女性としてのプライドも折られたキャロンは貴族令嬢としての姿を失い、髪を振り乱して般若の形相で叫んでいる。
レオンはそんな様子のキャロンを侮蔑の瞳で見下ろしてから、後ろにいた宰相とオリバーに振り返ると、「確認はこれで大丈夫でしょう?」と笑いかける。
未だ口汚い言葉で喚き続けるキャロン・ホフマンを振り向きもせず朗らかな表情でレオンはミュラーの元へと戻って行った。
「お2人のご協力のお陰でニック・フレッチャー、キャロン・ホフマン両名共に特定の人物への執着と妄言の確認を取れました、ご協力感謝致します」
オリバーの言葉に、レオンとミュラーは頷くと地下牢から出て2人の身内が待つ応接室へと戻る為宰相とオリバーに頭を下げる。
宰相と補佐官であるオリバーは先程の2人の処遇についてまだ暫し地下牢で様子を見つつ話し合うようだ。
応接室への案内を付けようか?と言ってくれるオリバーにレオンは首を振ると場所は分かるから、とお礼を言い丁重に断った。
「ミュラー、戻ろうか」
笑顔で話しかけてくれるレオンに、ミュラーも笑顔で頷くと自然と繋がれる手のひらにミュラーは擽ったそうに笑った。
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