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9話
しおりを挟むヴァンは、青白い顔で意識を失ったウェンディを辛そうな顔で見つめたあと、ぎゅうっと抱きしめた。
まるで大切な宝物を守るように、儚く消えてしまわないように。
「──フォスター・シュバルハーツ……」
ヴァンは恐ろしく低い声で、まるで呪詛でも吐くかのようにフォスターの名前を呟く。
「どうして、あんな男を選んだ、ウェンディ……っ。くそっ、俺がウェンディの専属護衛騎士になれていれば……っ」
悔しさ、自分の不甲斐なさがヴァンの胸中に込み上げる。
「俺が……っ、俺が情けなく怖がったりせずにウェンディに自分の気持ちを伝えていれば……っ」
ヴァンはウェンディの前髪をそっと払い、青白い顔を見つめる。
ウェンディを見つめる目は痛ましげに歪められている。
気を失ってしまったウェンディを、ヴァンはそのまま抱き上げ、使用人を探しに鍛錬場を出た。
廊下を歩きつつ、近くに使用人はいないか、とヴァンは周囲をきょろきょろと見回していた。
だが、侯爵邸の地下にある鍛錬場付近にやってくる人は限られている。
「上がらないと使用人はいないか……」
ヴァンは、抱き上げているウェンディを起こしてしまわないよう、慎重に足を進める。
「それにしても、ウェンディの体重は軽過ぎないか……? ちゃんと食べてるのか……」
細いし、軽い。
人一人を抱えていると言うのに、驚くほど重さを感じなくて、ヴァンは心配になってしまう。
鍛錬場から続く石造りの階段を登りきった所で、廊下を歩く見慣れた後ろ姿を見つけたヴァンは、ぎゅっと眉根を寄せた。
(──フォスター、隊長)
専属護衛契約をし、ウェンディの傍に侍る資格を持っていると言うのに。
ヴァンにとって、その栄誉は喉から手が出る程欲していると言うのに。
(ウェンディがこんな状態になっても、気にもとめないなんて──)
フォスターが、自分の上官でさえなかったら。
(そうしたら、俺がぶちのめしてやったのに──)
本気でやり合っても、専属護衛の契約を誰とも交わしていないヴァンには到底フォスターには敵わない。
それがいつももどかしく、悔しかった。
「──何だ……?」
何か不穏な気配を感じたのだろう。
廊下を歩いていたフォスターが不思議そうに呟き、立ち止まる。
そして、ふと振り向いた。
フォスターは、自分の背後にいたヴァンと、ヴァンの腕に抱かれているウェンディの姿を見た瞬間、不愉快そうに眉を顰めた。
「……何だ、それは? またウェンディ様は他人に迷惑をかけているのか?」
呆れきった顔で、そう言いつつフォスターが歩いて来る。
そして、ヴァンの腕の中で気を失っているウェンディを見たフォスターは、ちっと舌打ちした。
「俺に用があったのだろう? ウェンディ様など放っておけ。仕事があるんだろう」
「放っておくなど──っ」
「上官の命令を聞かないつもりか? 適当に侍女に運ばせればいい。全く……大した能力も無いくせに、出しゃばるからこうなるんだ」
ぶつぶつ、とフォスターは不機嫌そうに呟くと、ウェンディを抱いていたヴァンの腕からウェンディをさっと乱暴に抱き上げ、廊下の隅にある椅子に転がした。
「これで良い。そのうち侍女が気付いて部屋に運んでくれるはずだ。警備の話だろう? 俺の執務室に来い」
「フォスター隊長……っ!」
ヴァンが呼び止めようとも、フォスターは一切足を止める事なく歩いて行ってしまう。
「どうして、こんなに酷い事ができるんだ……」
ヴァンは悔しげに呟き、フォスターの命令を無視して再びウェンディを優しく抱き上げた。
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