53 / 86
一章
53話
しおりを挟むエルローディアの目前にまで迫っていた狼が、突然目の前に出現した氷の檻に閉じ込められた。
ぎゃう! と狼は悲鳴を上げ、突然出現した氷の檻に体当たりや噛み付いたりしているが、檻は頑丈で、壊れない。
「た、助かった……?」
エルローディアがぺたり、と地面に座り込んだと同時、バタバタと駆け寄る足音が聞こえてきた。
「そこに居るのはエルローディアと、フォスター!?」
「──お義姉様」
まさか、ウェンディが助けに戻ってくるとは思わなかったのだろう。
エルローディアも、フォスターも驚いたような表情を浮かべたが、すぐに檻の中で暴れ、吠える狼に恐怖を思い出したのか、駆け寄ってくるウェンディに向かってエルローディアが叫んだ。
「こ、こいつらを殺して、お義姉様! さっき私たちを襲って来たのよ!」
「ウェ、ウェンディ様! 私たちの為にわざわざ戻って来て下さったのですか!?」
エルローディアは今すぐに狼を殺せ、と叫び。フォスターは明るい表情で、感動したように声を上げる。
ウェンディはちら、と二人に視線を向けると口を開く。
「私たちの後をつけていたのね……。どうしてそんな事をしたのか分からないけど、無闇な殺生はお断りするわ」
「──無闇って! 私とフォスターは狼に襲われたのよ!? 人間に危害を加えようとする獣なんて処分してよ!」
「嫌よ。狼達はこのまま逃がすわ。きっと彼らの縄張りにでも私たちが入ってしまったのよ。それで、彼らを刺激してしまった」
「俺も、ウェンディの言う通りだと思う。ここは未開の地だ。見慣れぬ人間に、防衛本能から襲ってしまったのだろう」
ヴァンも、ウェンディの後に続く。
二人から少し離れた安全な場所でナミアは待機しているらしく、心配そうな視線を感じる。
ウェンディは安心してもらうためにナミアに笑みを向けた後、ヴァンの言葉に続いた。
「狼だって本能で外敵を排除しようとしただけ。敵わない相手だと分かり、こちらから手を出さなければ狼だってもう攻撃して来ないわ」
ウェンディの言葉通り、先程まで攻撃的でとても凶暴化していた狼達が、ウェンディとヴァンが姿を現すなり怯み、尻尾を下げてきゅんきゅんと鳴いている。
狼側にはもう攻撃の気配が見えず、ウェンディは檻に向かってすっと手を伸ばした。
「お、お義姉様! 何をしようとしているの!? あいつらを殺さず、逃がすつもり!?」
エルローディアは慌てた様子でウェンディの腕を掴む。
フォスターも顔色を悪くさせ、ウェンディと狼を交互に見つめるがエルローディアのように腕を掴み、ウェンディを止めるような気配は無い。
だが、フォスターは警戒を緩めず痛む体を起こし、自身の腰に差した長剣に手を伸ばした。
「もちろん、狼達を逃がすわ。私は無闇矢鱈と命を奪いたくはないの」
そう告げたウェンディは、止めようとしていたエルローディアの腕を払い、再び檻に手のひらを向けた。
そして、躊躇いなく言葉を発する。
「──解き放て」
「ああっ! お義姉様の愚か者! どうなっても知らないわ!!」
ウェンディの声に呼応するように、狼を閉じ込めていた氷の檻が消える。
狼達は狼狽えていたが、てしてし、と足音を立ててその場から動き、ちらりとウェンディとヴァンを見て服従するように耳と尻尾をさげたまま一声鳴いた。
そして、ウェンディ達にくるりと背を向けると、そのまま森深くに走って行ってしまった。
狼が視界から完全に消え去った事を確認したエルローディアは、警戒を解いてその場にへたり込む。
「に、逃げた……の?」
「動物は察知能力が高い。ウェンディには敵わないと見て撤退したんだ」
へたり込んだエルローディアに視線を向けたヴァンがそれだけを告げると、ウェンディに手を差し伸べる。
「ウェンディ、戻ろう。早くこの森を抜けて目的地まで行こう」
「ええ、そうねヴァン。ナミアも待ってくれているし、先を急ぎましょう」
フォスターとエルローディアを置いてその場を去ろうとするウェンディ達に、フォスターは慌てて駆け寄った。
「ウ、ウェンディ様! その、私も馬車に乗せてください……! 乗ってきた馬が逃げてしまい、どうしようもないのです! ウェンディ様のお役に立ちますのでどうか……!」
「ふざけないでくれ、フォスター隊長。それは自業自得でしょう。歩いて近くの村にでも戻り、馬を借りてください」
「お前には聞いていない! お願いします、ウェンディ様!」
フォスターのみならず、エルローディアもウェンディに縋り付く。
「お、お義姉様! 私を馬車に乗せてください! フォスターのせいで馬が逃げてしまったのです! ここで見捨てられてしまったら、死んでしまいますわ!」
「……っ、仕方ないわね」
エルローディアの言う通り、もしここで二人を見捨ててしまったら。
フォスターは騎士で、野営にも馴染みがあるし耐えられても、侯爵令嬢として育ったエルローディアにはとても耐えられないだろう。
ウェンディは額を抑え、仕方なく二人の同行に頷いた。
ウェンディ達が馬車の所へ戻ってくると、そこは先程までの景色と一変していた。
舗装されていない道を走っていたはずの馬車は、鬱蒼とした森の中にぽつり、と放置されていた。
1,655
あなたにおすすめの小説
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
夫「お前は価値がない女だ。太った姿を見るだけで吐き気がする」若い彼女と再婚するから妻に出て行け!
佐藤 美奈
恋愛
華やかな舞踏会から帰宅した公爵夫人ジェシカは、幼馴染の夫ハリーから突然の宣告を受ける。
「お前は価値のない女だ。太った姿を見るだけで不快だ!」
冷酷な言葉は、長年連れ添った夫の口から発せられたとは思えないほど鋭く、ジェシカの胸に突き刺さる。
さらにハリーは、若い恋人ローラとの再婚を一方的に告げ、ジェシカに屋敷から出ていくよう迫る。
優しかった夫の変貌に、ジェシカは言葉を失い、ただ立ち尽くす。
妹の身代わり人生です。愛してくれた辺境伯の腕の中さえ妹のものになるようです。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。
※※※※※※※※※※※※※
双子として生まれたエレナとエレン。
かつては忌み子とされていた双子も何代か前の王によって、そういった扱いは禁止されたはずだった。
だけどいつの時代でも古い因習に囚われてしまう人達がいる。
エレナにとって不幸だったのはそれが実の両親だったということだった。
両親は妹のエレンだけを我が子(長女)として溺愛し、エレナは家族とさえ認められない日々を過ごしていた。
そんな中でエレンのミスによって辺境伯カナトス卿の令息リオネルがケガを負ってしまう。
療養期間の1年間、娘を差し出すよう求めてくるカナトス卿へ両親が差し出したのは、エレンではなくエレナだった。
エレンのフリをして初恋の相手のリオネルの元に向かうエレナは、そんな中でリオネルから優しさをむけてもらえる。
だが、その優しささえも本当はエレンへ向けられたものなのだ。
自分がニセモノだと知っている。
だから、この1年限りの恋をしよう。
そう心に決めてエレナは1年を過ごし始める。
※※※※※※※※※※※※※
異世界として、その世界特有の法や産物、鉱物、身分制度がある前提で書いています。
現実と違うな、という場面も多いと思います(すみません💦)
ファンタジーという事でゆるくとらえて頂けると助かります💦
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
君といるのは疲れると言われたので、婚約者を追いかけるのはやめてみました
水谷繭
恋愛
メイベル・ホワイトは目立たない平凡な少女で、美人な姉といつも比べられてきた。
求婚者の殺到する姉とは反対に、全く縁談のなかったメイベル。
そんなある日、ブラッドという美少年が婚約を持ちかけてくる。姉より自分を選んでくれたブラッドに感謝したメイベルは、彼のために何でもしようとひたすら努力する。
しかしそんな態度を重いと告げられ、君といると疲れると言われてしまう。
ショックを受けたメイベルは、ブラッドばかりの生活を改め、好きだった魔法に打ち込むために魔術院に入ることを決意するが……
◆なろうにも掲載しています
婚約破棄されたので、隠していた力を解放します
ミィタソ
恋愛
「――よって、私は君との婚約を破棄する」
豪華なシャンデリアが輝く舞踏会の会場。その中心で、王太子アレクシスが高らかに宣言した。
周囲の貴族たちは一斉にどよめき、私の顔を覗き込んでくる。興味津々な顔、驚きを隠せない顔、そして――あからさまに嘲笑する顔。
私は、この状況をただ静かに見つめていた。
「……そうですか」
あまりにも予想通りすぎて、拍子抜けするくらいだ。
婚約破棄、大いに結構。
慰謝料でも請求してやりますか。
私には隠された力がある。
これからは自由に生きるとしよう。
【完結済】婚約破棄から始まる物語~真実の愛と言う茶番で、私の至福のティータイムを邪魔しないでくださいな
をち。「もう我慢なんて」書籍発売中
恋愛
約束の時間に遅れ、さらには腕に女性を貼り付けて登場したアレックス殿下。
彼は悪びれることすらなく、ドヤ顔でこう仰いました。
「レティシア。君との婚約は破棄させてもらう」
婚約者の義務としての定例のお茶会。まずは遅れたことに謝罪するのが筋なのでは?
1時間も待たせたあげく、開口一番それですか? しかも腕に他の女を張り付けて?
うーん……おバカさんなのかしら?
婚約破棄の正当な理由はあるのですか?
1話完結です。
定番の婚約破棄から始まるザマァを書いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる