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二章
19話
しおりを挟む「行こう、ウェンディ」
「──あっ、ちょっとヴァン!」
座り込んでしまったイブリーンをそのままに、ヴァンはウェンディの手を握り、その場を後にしてしまう。
ウェンディは、イブリーンが気になってチラチラと何度か振り返って彼女を見た。
ヴァンの怒りを真正面から受けてしまったイブリーンは、顔を真っ青にして震えている。
「ヴァン、イブリーン嬢……大丈夫かしら……」
ウェンディの言葉に、ヴァンは彼女を振り返る。
「ウェンディ。彼女はウェンディを馬鹿にしたんだぞ? それなのに、彼女を気にする必要なんてないんだ! ウェンディだって侯爵家の令嬢なのに……! それなのに、彼女はウェンディを見下したんだ! 平民だって馬鹿にして……っ!」
ヴァンの怒りが繋いだ手からも伝わってきて、ウェンディは何とも言えない表情を浮かべた。
「仕方ないわ。イブリーン嬢の言う通り、今の私はただの平民だもの……。ホプリエル侯爵が、籍を抜いた以上、私はヴァンの伯爵家にお世話になっているただの平民よ。それは、紛れもない事実だわ」
「そんな事を言わないでくれ……。ウェンディは……ウェンディだ。俺の大切な──っ」
ヴァンの瞳が、真っ直ぐウェンディを射抜く。
真剣な瞳のヴァンに、ウェンディは体を強ばらせた。
何か、とても大切な事をヴァンが言いそうな気がして──。
何故だか、ウェンディの胸が逸る。
ドキドキと鼓動が激しくなり、繋いだ手が熱を持つように熱くなった所で──。
「──おい、ウェンディにヴァン。ここがまだパーティー会場だって事を忘れていないか? 注目を浴びているぞ」
二人の後を静かに着いて来ていたヒュフーストが、ワイングラス片手に二人に声をかけた。
「──っ!」
「……そうでした」
ウェンディはヴァンと見つめ合っていた状態からハッとして慌ててヴァンの手を離し、ヴァンはヒュフーストの言葉に苦笑いを浮かべる。
ウェンディから手を離されてしまったヴァンは、少し悲しげに笑いながら、ヒュフーストに言葉を返す。
「勝手に場所を移動してすみません、ヒュフースト様」
「気にするな。だが……人間達の視線がうるさいな……静かな場所に行きたい」
「それなら……庭園に移動しますか?」
「ああ、そうしよう」
「ウェンディ──。ウェンディ? どうした? 移動しよう」
ヴァンに声をかけられ、ウェンディははっとすると慌てて返事をした。
◇
へたり、と床に座り込んでいたイブリーンは、心配するように周囲に集まる友人達に言葉を返す事が出来なかった。
ヴァンの怒りを真正面から受け、冷たい視線を向けられたイブリーンの心臓は、未だにドクドクと騒がしく鼓動を刻んでいる。
目の前に居たのは、同じ人間だと言うのに。
それなのに、何か恐ろしい猛獣か何かが目の前にいるような圧倒感と、重圧に、イブリーンは息が出来なくなってしまいそうだった。
「イブリーン嬢、大丈夫ですか?」
「ハーツラビュル卿も酷いですわ……あんな風にお怒りになるなんて……」
「あんな平民のどこがいいと言うのか……!」
周囲の友人達は、イブリーンを励ますように口々にウェンディを罵る。
だが、ウェンディを罵る友人達を、イブリーンは真っ青な顔で振り返った。
ウェンディを侮辱したら。
ヴァンの大切な主を貶したら。
また、あの恐ろしい男の逆鱗に触れるのでは──。
「あ、あなた達、おやめなさ──」
だからこそ、イブリーンは慌てて彼女達を止めようとした。
この話がヴァンの耳に入ったら、もしかしたら自分たちはあの男に消されてしまうのではないか。
そもそも、恐ろしいのはヴァンだけではない。
ウェンディとヴァンと一緒にいた、あの人外の美しさを誇る男。
あの男も、ウェンディを貶した瞬間、雰囲気が変わったのだ。
凍てつくような視線を向けられたイブリーンは、ヒュフーストにも恐れを抱いていた。
だからこそ、自分の友人達にこれ以上ウェンディについて話さないように止めようとしたのだが。
それは遅かった。
ある意味、一番聞かれてはならない人物に、ウェンディを侮辱している所を聞かれてしまったのだ。
「──やれやれ、美しいレディ達から……まさか私の可愛い妹を貶す言葉が聞こえてくるとは……」
カツン、と足音がイブリーンの背後で止まり、低い声がその場に響いたのだった。
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