85 / 86
二章
18話
しおりを挟む「お話し中、失礼いたします」
複数の女性たちの内、その中の一人が一歩前に踏み出して軽く腰を折った。
そして、その女性はゆっくりと顔を上げると、恋焦がれるような視線で、ヴァンを見つめる。
「ハーツラビュル卿。一曲私と踊って下さいませんか?」
「──は、?」
「ああ、申し遅れました。私、リンドット家が長女、イブリーンと申します」
にこり、と美しく笑みを浮かべたイブリーンは、ヴァンの傍にウェンディが居るというのに、その存在をまるで無視するかのようにヴァンにだけ話しかけている。
そもそも、今日はウェンディの兄であるレックスの侯爵就任の記念パーティーだ。
それなのに、血の繋がった妹であるウェンディにお祝いの言葉一つ口にしないイブリーンに、ヴァンは眉を顰めた。
だが、ヴァンの身分でイブリーンを無視する事など、できやしない。
イブリーンは、リンドット侯爵家の長女。
リンドット侯爵家は、この国にある古くからある侯爵家の一つだ。
伯爵家の、しかも三男のヴァンにはイブリーンの言葉を真正面から断る事は難しい。
──今までのヴァンであれば。
だが、今のヴァンはウェンディの専属護衛騎士だ。
この国では専属護衛騎士は、国民の憧れてあり、その地位も名誉もある程度保証されている。
それだけ、専属護衛騎士になれる者も。
そして、主になれる者も限られているから。
誰もが簡単に専属護衛騎士になれる訳ではない。
それに、子供の頃に専属契約を結ぶ事が普通なのだ。それなのに、大人になってから専属契約を結ぶ事など、稀。
そんな珍しい事を達成させたウェンディとヴァン、二人には未だかつて無い程の注目が集まっていた。
故に今、イブリーンがヴァンに声をかけ、周囲の人達の視線を集めている。
専属護衛騎士として、ある程度の地位と名誉は保証されているとは言え、侯爵家の令嬢に失礼な態度は取れない。
ヴァンは、やんわりとイブリーンを断る事に決めた。
「──リンドット嬢。お誘いは有難いですが、私はウェンディの物です。ウェンディの許可を取ってください」
「なっ、何ですって!? 私にこのような平民に話しかけろ、と仰るの!?」
「ウェンディが、平民だって……?」
イブリーンの言葉に、ヴァンが低い声を零す。
ヴァンが怒っている、と瞬時に察知したウェンディは、イブリーンを助けるために咄嗟に会話に割って入った。
「イ、イブリーン嬢……! ヴァンは──」
「平民が気安く私に話しかけないで下さる!?」
「きゃ……っ」
ウェンディが突然会話に割り込んで来た事で、イブリーンは怒り心頭。
持っていた扇子で、ウェンディの頬を打とうとした。
突然の事に、ウェンディはそれを防ぐ事が出来なくて。
このまま頬を打たれてしまう──。
痛みに備え、ぎゅっと目を閉じた。
──バチン!
と、肌を打つ大きな音が聞こえた。
だが、痛みに備えて目を閉じたウェンディには、痛みは生じていない。
「──え、あ、あれ……?」
不思議に思い、ウェンディが目を開けると──。
自分の目の前に、見慣れた大きな背中があって。
ウェンディが頬を打たれそうになった瞬間、ヴァンが瞬時に自分の体をウェンディとイブリーン。両者の間に割り込ませたのだ。
「ヴァン……! だ、大丈夫!?」
ウェンディは顔を真っ青にしてヴァンに駆け寄る。
ヴァンの頬は、イブリーンの扇子が当たり、真っ赤になっていた。
しかも、扇子の金具が当たったのだろうか。
ヴァンの頬から、真っ赤な血が一筋伝って床に落ちた。
「──あ、ち、ちがうの……わたくし……」
イブリーンは、まさかヴァンを叩いてしまうとは思わず、真っ青になって扇子を胸の前で握りしめていた。
「ハーツラビュル卿を叩くつもりは、なくて……わたくしは、その平民に……っ」
「……リンドット嬢。私の大切なウェンディを、平民と罵らないでください。……俺の命より大切なウェンディを! 傷付けようとしないでください! 彼女に危害を加えようとするなら、俺は相手が侯爵家だろうと遠慮はしません!」
ヴァンの怒りに触れたイブリーンは、真っ青になってぺたり、とその場に座り込んでしまった。
858
あなたにおすすめの小説
妹の身代わり人生です。愛してくれた辺境伯の腕の中さえ妹のものになるようです。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。
※※※※※※※※※※※※※
双子として生まれたエレナとエレン。
かつては忌み子とされていた双子も何代か前の王によって、そういった扱いは禁止されたはずだった。
だけどいつの時代でも古い因習に囚われてしまう人達がいる。
エレナにとって不幸だったのはそれが実の両親だったということだった。
両親は妹のエレンだけを我が子(長女)として溺愛し、エレナは家族とさえ認められない日々を過ごしていた。
そんな中でエレンのミスによって辺境伯カナトス卿の令息リオネルがケガを負ってしまう。
療養期間の1年間、娘を差し出すよう求めてくるカナトス卿へ両親が差し出したのは、エレンではなくエレナだった。
エレンのフリをして初恋の相手のリオネルの元に向かうエレナは、そんな中でリオネルから優しさをむけてもらえる。
だが、その優しささえも本当はエレンへ向けられたものなのだ。
自分がニセモノだと知っている。
だから、この1年限りの恋をしよう。
そう心に決めてエレナは1年を過ごし始める。
※※※※※※※※※※※※※
異世界として、その世界特有の法や産物、鉱物、身分制度がある前提で書いています。
現実と違うな、という場面も多いと思います(すみません💦)
ファンタジーという事でゆるくとらえて頂けると助かります💦
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
あなたの片想いを聞いてしまった夜
柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」
公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。
政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。
しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。
「好きな人がいる。……片想いなんだ」
名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。
君といるのは疲れると言われたので、婚約者を追いかけるのはやめてみました
水谷繭
恋愛
メイベル・ホワイトは目立たない平凡な少女で、美人な姉といつも比べられてきた。
求婚者の殺到する姉とは反対に、全く縁談のなかったメイベル。
そんなある日、ブラッドという美少年が婚約を持ちかけてくる。姉より自分を選んでくれたブラッドに感謝したメイベルは、彼のために何でもしようとひたすら努力する。
しかしそんな態度を重いと告げられ、君といると疲れると言われてしまう。
ショックを受けたメイベルは、ブラッドばかりの生活を改め、好きだった魔法に打ち込むために魔術院に入ることを決意するが……
◆なろうにも掲載しています
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
【完結済】婚約破棄から始まる物語~真実の愛と言う茶番で、私の至福のティータイムを邪魔しないでくださいな
をち。「もう我慢なんて」書籍発売中
恋愛
約束の時間に遅れ、さらには腕に女性を貼り付けて登場したアレックス殿下。
彼は悪びれることすらなく、ドヤ顔でこう仰いました。
「レティシア。君との婚約は破棄させてもらう」
婚約者の義務としての定例のお茶会。まずは遅れたことに謝罪するのが筋なのでは?
1時間も待たせたあげく、開口一番それですか? しかも腕に他の女を張り付けて?
うーん……おバカさんなのかしら?
婚約破棄の正当な理由はあるのですか?
1話完結です。
定番の婚約破棄から始まるザマァを書いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる