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【七ノ章】日輪が示す道の先に
第一六四話 かつて日輪の国に起きた事
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「薄切りの肉がカリカリで、鉄板焼きの生地がフワフワ……! こりゃあうめぇぞぉ!」
「海鮮もいけるぜ! エビにアサリにイカ! じっくり火を通す分、旨味が出てくる!」
「オタフクというソースが味を際立たせてくれるので、いくらでも食べられちゃいますねっ」
「みんなと一緒に食べるの、楽しいね! でも、こんなにたくさん、いいの?」
「“宵宮”はアラハエから毎日、新鮮な食材を取り寄せているので在庫の心配はありませんよ。おかわりも自由です……が、気を付けなくてはいけませんよ」
「ん? 何をですか?」
「鉄板焼きの生地に野菜も含まれていますが小麦粉や各具材のカロリーが高いので、食べ過ぎたり、食べ続けると体が太くなっていく、なんて話をよく聞きます。実際、小枝のような外見の方が一月で太ましい身体へ変貌したとか。それに夕食もありますし、お腹いっぱいで食べられない、ということが無いようにしましょうね」
「はーいっ!」
「……私、少し、自重しますね」
「んーっ、美味しいなぁ……これでチーズやベーコンとかあれば、もっとアレンジできるけど」
「ほう、チーズにベーコン! 偶にニルヴァーナ方面の輸入品の中に散見される物だ! 酒の席でのつまみに丁度良い味わいなので、見かけ次第購入させてもらっているぞ!」
「しかしクロトの提案は良いなっ。熱を加えれば溶け、焼けば香ばしくなるチーズっ。強い塩味と風味が空腹を刺激するベーコンっ。確かに鉄板焼きとの相性は格別だろうっ!」
「刻んだ漬け物もいいですねぇ。たくあんを燻製した物を生地に混ぜ込んだり、お餅も細かくして入れたら腹持ちが良くなりそう……」
「うーむ、君の考えた鉄板焼きを聞いていると試したくなるな。ひとまず……“宵宮”には漬け物の盛り合わせがあったろう? ホフミ、注文してくれないか」
「構わない! 我もご相伴に預かりたくなってきた!」
「クロト、他にも考えられるものはあるかっ? 個人的な好みだが、甘味の鉄板焼きなどがあれば嬉しく思うっ」
「甘味かぁ……野菜を抜いた生地に塩を少々入れて、あんことかどうです?」
「っ!? そうか、あんこならば元々温かくても美味しくいただけるっ。いや、きなこもいけるかっ?」
「いいですね。それこそ霊桜の花びらを加工し、生地に練り込んで風味を付けて、手軽に食べられる甘味として作れたら、観光客の話題にもなりそうです」
「っ、盲点っ! 霊桜を活かした新しい料理っ。考えが至らなかったっ!」
「素晴らしい発想だ! 君が許してくれるのであれば“宵宮”を中心に普及させたい! 構わないだろうか!?」
「食の発展は新しい事業にも繋がりますから、むしろこっちからお願いしたいです」
「感謝する! 食事の場だというのに、君には借りが出来てしまったな!」
「お昼をご馳走になってる側ですし、祭事関連でもお世話になりますから、これくらいは」
「ありがとうっ。……そうだっ! 食事が終わったら、皆でフヅキ家領地の大霊桜を見に来ないかっ? コクウ家の寺社は厳戒態勢で身内以外は入れないが、こちらならば問題は無いっ。場の空気感に触れておくのは重要だっ」
「うむ! 警備として目を光らせる場所についての目安も立てられるだろう!」
「ありがたいです! よろしくお願いします!」
「では、食事を続けるとしよう。……おっ、盛り合わせと生地も来たな。たくあん、青菜漬け、きゅうりの浅漬け……きゅうりは厳しいか……?」
「何事も挑戦! だが、目に見えて分かる不安要素は触れない方がよかろう!」
「同感ですっ。たくあんと青菜漬けで試すのが吉かとっ」
「こういう組み合わせが自由にできるのもお好み……鉄板焼きの醍醐味ですねぇ」
「アイツ、すんげぇ勢いでフヅキ家の人と打ち解けてやがる」
「さすが。人の懐に潜り込むならなんでもする男……」
「おいふざけんな姉弟。謂れの無い意見はやめろ」
◆◇◆◇◆
食事処“宵宮”での賑やかな昼食を終えて、満腹になった俺たちはフヅキ家の先導で再び街中を歩く。
商業区、宿場街、工場の密集地と移動。
次第に観光客や巫女服のような衣装に身を包む者が増え始め、見えてきたのは横に広く、緩やかな傾斜の石造りの階段。
時季御殿にも似た風体の景色の先に大きな門構えと、それすら凌駕する巨大な霊桜が屋根を越えて顔を覗かせていた。
後ろの方でシルフィ先生が階段に対して唸っているが聞こえないフリをして、手招きするホフミさんの後をついていく。
階段を上り、門を越えて。
視界に飛び込んできたのは──これまで各地で見た霊桜とは比べ物にならないほど巨躯で、とてつもない大きさの幹を持つ、桜花爛漫な大霊桜。
これまで相対してきた魔物の全長すら凌駕し、境内の中央に座する大樹に、開いた口が塞がらない。
まさに圧巻の一言。周囲の観光客が無言のまま見上げる気持ちがよく分かる。
「ヒバリヂの各地、四季家の領地に存在する巨木! ここが大霊桜を祀るフヅキの寺社だ!」
「すげーでけ―……!」
「木簡にあんな感じで描かれた理由が分かるなぁ」
「冒険者ギルドに置いてある昔の絵だなっ? あれは寺社が建立される前の、小さな霊桜の中で満開に花咲く大霊桜を描いた物だっ」
「寺社に使われている建材もその霊桜たちを流用している! 日輪の国の特色を色濃く受け継いだ、歴史ある建造物と言えよう!」
近づいた大霊桜には囲うように柵が設置され、看板も取り付けられていた。
どうやら寺社の成り立ちと大霊桜の歴史が書かれているようだ。大まかではあるものの、その年に起きた事態や行事に絡んだ情報が載っている簡易的な文献。
五十年前の魔導革命、魔導列車の開通。
迷宮と化した“焔山”、噴火によってヒバリヂに流れてきた大型魔物の討伐。
色々と続く中で特に目立つのは、やはり十年前の“大神災《おおかみのわざわい》”だ。明らかに文字数が多い。
魔科の国では地殻変動によって甚大な被害がもたらされたと聞いたが……日輪の国では何が起きたのだろうか。
「十年前、三大国家並びに周辺国を襲った“大神災《おおかみのわざわい》”は国内全域に病を蔓延させ、大勢の犠牲者が出た……?」
「やまい? びょうき?」
「そうみたいだな……ここでそんなことが起きてたのかい?」
「俺も又聞きで耳にした程度だから正確にはわかんねぇな……」
「私も詳しい訳ではありませんが、かなり致死性の高い病だったかと。名前は確か──」
「死刻病だ」
看板の前で話す俺たちに向けて、オキナさんは静かにその名を告げる。
どことなく沈痛な面持ちの彼の隣ではカグヤが目を閉じ、何かに耐えるように自身の胸へ手を置いた。
「オキナ。これから肩を並べる彼らには、詳しく伝えておくべきだと我は思う」
「かの記憶は幼子の目には強烈でしたっ。しかし、目を逸らしてはならない現実ですっ……」
「大丈夫だ。どの道いつかの機会で打ち明けねばならんと考えていた。……カグヤ、いいな?」
「……はい。お願いします」
勢いの良い声は鳴りを潜め、フヅキ家の二人はオキナさんの背を押すように意思を伝えた。
カグヤが数秒、沈黙した後。座って話そうっ、とフミヒラさんの案内で、境内に置かれた休憩所で腰を下ろす。
『死刻病、か。いかにもって感じの病名だし、カグヤたちが怖がる……いや、畏れるほどの理由もなんとなく察せられるけど……』
『今は当人の口から語ってもらうのを待つとしよう』
『ああ、わかってる』
思考を共有するレオの言葉に賛成し、深く息を吐いたオキナさんを見つめる。
催促した訳ではないが、彼は背筋を伸ばし、頷いてから口を開く。
「十年前、大陸全土で起きた天変地異の内、日輪の国で流行した疫病だ。発症から症状が悪化するごとに体内の血液が深紅から黒く濁った色味へと変化し、臓腑、骨、血管、筋肉を蝕んでいく。時を刻むよう死に至らしめる所以から死刻病と名付けられた」
「……アタシが前に罹ってた魔臓化とは違うのかい?」
「魔臓化は幼少期からの栄養失調による魔力器官の弱体化。そっから派生して全身の魔力抵抗が低下し、内臓が魔力と同一化して体外に霧散。生命維持が出来なくなるっつー段階を踏むんだ」
セリスの疑問にエリックが答えた。
「魔臓化は個人の環境や体質によるもので、食生活が安定し、体調が良くなれば自然に回復します。セリスさんほど重篤な症状は稀ですが……」
「死刻病はそういった物と毛色が違うように聞こえる……原因が魔力に起因していない?」
先生の補足、俺の発言を聞いてオキナさんは肯定した。
「そうだ。死刻病に罹った者は皆、各地域の地表から突如として溢れ出した不気味な霧に触れ、感染し、遠からず命を落とした。何事も無く過ごしていた日常が、街中が、瞬く間に地獄へと変わる様に言葉を無くしたよ」
大地から人へ、人から空気へと感染を拡大していく死刻病の脅威は凄まじく、毎日が対応に追われる日々だったという。
各地域の薬師、錬金術師の力を借りて予防策や治療薬の開発が進められるが、その間にも命は着実に奪われていく。
精神と正気を暗く染めていく疫病と戦いは続き、その毒牙は止まらなかった。
「緊急事態だと捉えた王家の命で動いていた私の妻であり、カグヤの母でもあるシノノメ・ツグミも例外ではなかった。当時の当主であり、病弱な身の上でいながらも身体に活を入れ、原因究明の調査に赴いていたツグミは、霧に呑まれかけた住民を守る為に自身を盾にした。結果、死刻病に罹り自由に動ける身体でなくなったのだ」
「症状の進行が他の方に比べて早く、亡くなるまでの数ヶ月は寝たきりでした。自身は喋る事すら厳しいにも関わらず、私に不安を抱かせまいと振る舞って……その数日後、眠るように息を引き取りました」
震えた手つきで自身の髪留めである鈴の付いた簪に触れながら、カグヤは唇を結び、俯く。
想像していた通りではあった。カグヤが子どもの頃に死別した母親は傷害ではなく、大神災がもたらした天災で亡くなったのだ。
幼き彼女に舞踊剣術を始めとした数々の教えを学ばせた、良き親であると。
言葉に出さずとも毎日の言動や細かい所作に、丁寧に育てられてきた片鱗を垣間見てきたからこそ抱いた思いだった。本当に、愛されていたんだ、彼女たちは。
「カグヤの誕生日を目前に控え、そして死刻病に対する治療薬が完成した日でもあった。もっと早ければ……と浅ましく、手の平に爪が喰い込むほど、悲嘆に暮れていた時もあった」
「心中、察するに余りある。だが、完成した治療薬のおかげで多くの命が死刻病から救われた。我が息子、フミヒラの命もだ」
「分かっている。過ぎた事を悔いてばかりでは、先には進めないと……代理当主をしていた時に、ツグミから忠告されたよ」
ホフミさんのフォローにオキナさんは力無く手を上げ、次いでぐっと握りしめる。
亡き妻からの叱責が、今の彼を動かす原動力になっているのかもしれない。
「治療薬と予防法が確立されたこと。なおかつアヤカシ族は比較的、死刻病の症状が軽い為、彼らを中心に感染源である霧の調査を本格的におこなった。そして判明したのは霧が噴出した地下には、必ず“焔山”から各地域へ根のように伸びる“龍脈”があったんだ」
「りゅうみゃく?」
「大地を活性化させる不可視の血管、とでも言えばいいか。存在自体は過去の文献にもあり、干渉は出来ないが可視化された、魔素でもなければ魔力でもない力の奔流とされていた」
「日輪の国の土地を豊かにする要素でありながら、龍脈は死刻病の霧を出してしまった……? いや、血管…………毒素を吐き出した?」
「調査した研究者も君と同じ見解を出していた。霧が発生する直前に焔山は不規則な微振動を繰り返していたんだ。すわ噴火か? と疑っていた所に霧が噴き出して……恐らく、龍脈に溜め切れず放出してしまったのだろう。現に分析した結果、焔山の魔素が成分に混じっていたんだ。より具体的に言えば──迷宮化の元となった魔素であり、活火山の有害な毒素を含む空気だ」
「魔素、活火山……まさか、焔山の山頂や、山岳自体に長期滞在しないように制限を掛けてるってのは……」
冒険者ギルドの資料、カグヤから教えてもらった情報と照らし合わせて気づいたのだろう。
エリックの呟きをオキナさんは肯定する。
「以前まで焔山は何の変哲もない迷宮であったが、大神災を境に死刻病の霧を生み出す危険地帯となってしまった。特に火口付近は強烈でな。発症から進行するまでの時間が凄まじく早く、下山までに身体が持たんとされるほどだ。故に、冒険者ギルドと協議して立ち入りを禁じている」
「だが、焔山の全てを進入禁止にしては冒険者が寄り付かなくなってしまう。かといって火口から下りてくる、定期的に岩肌から噴出する死刻病の霧への対策は必須」
「そこで焔山にて依頼を熟した冒険者にはっ、死刻病予防の水薬が与えられ、帰還時は必ず参道入り口で待機している四季家の確認が入るっ」
「なるほど、国を挙げての厳重な体制で焔山を管理下に置いてるって訳か」
「そうでもしないと危な過ぎるもんね」
かつて日輪の国に起きていた惨事からの再起をオキナさん、フヅキ家の二人から聞き終えて、改めてカグヤの方へ視線を向ける。
浅く呼吸を繰り返し、膝の上で強く両手を握っていた。母親と死に別れた原因についての話を、心を落ち着かせて聞ける訳がないか。
「故に此度の大霊桜・神器展覧の祭事はいつも以上に力を入れ、必ずや成功させたいと我は思う。奪われた命への鎮魂であり、これからの繁栄を願う転機として、誰の目にも記憶に残る祭りとしたいのだ」
「我ら四季家の想いは共通だっ。強制したい訳ではないが、思うところがあるとするならば、是非に力を奮ってもらいたいっ」
「もちろんだ。やってやろうじゃあないか!」
「そんな話を聞かされて、やっぱり嫌だなんて言えねぇよ」
「ユキも頑張るよ!」
「微力ながらもニルヴァーナ学園の教師として、私も手伝わせていただきます」
祭事に向ける熱意を再確認したところで、カグヤを除く全員が立ち上がる。
座ったままでいるカグヤの前で膝をつき、震えている手を握り締めた。ハッとして顔を上げた彼女の目を真正面から見つめて。
「カグヤの痛みを全部知れた訳じゃないけど、出来れば分かってあげたいと思う。過去の事で恐れたり、不安な事があったらいつでも俺たちに相談して」
「っ…………ありがとう、ございます」
ささやかで簡潔な気遣いしか出来ないが、少しでもカグヤの負担を減らせてあげられたらいいな。
そう思いながら手を引いて立ち上がった彼女も合わせ、気を取り直して。
大霊桜が座する寺社を、フヅキ家の案内で見て回ることになった。
「海鮮もいけるぜ! エビにアサリにイカ! じっくり火を通す分、旨味が出てくる!」
「オタフクというソースが味を際立たせてくれるので、いくらでも食べられちゃいますねっ」
「みんなと一緒に食べるの、楽しいね! でも、こんなにたくさん、いいの?」
「“宵宮”はアラハエから毎日、新鮮な食材を取り寄せているので在庫の心配はありませんよ。おかわりも自由です……が、気を付けなくてはいけませんよ」
「ん? 何をですか?」
「鉄板焼きの生地に野菜も含まれていますが小麦粉や各具材のカロリーが高いので、食べ過ぎたり、食べ続けると体が太くなっていく、なんて話をよく聞きます。実際、小枝のような外見の方が一月で太ましい身体へ変貌したとか。それに夕食もありますし、お腹いっぱいで食べられない、ということが無いようにしましょうね」
「はーいっ!」
「……私、少し、自重しますね」
「んーっ、美味しいなぁ……これでチーズやベーコンとかあれば、もっとアレンジできるけど」
「ほう、チーズにベーコン! 偶にニルヴァーナ方面の輸入品の中に散見される物だ! 酒の席でのつまみに丁度良い味わいなので、見かけ次第購入させてもらっているぞ!」
「しかしクロトの提案は良いなっ。熱を加えれば溶け、焼けば香ばしくなるチーズっ。強い塩味と風味が空腹を刺激するベーコンっ。確かに鉄板焼きとの相性は格別だろうっ!」
「刻んだ漬け物もいいですねぇ。たくあんを燻製した物を生地に混ぜ込んだり、お餅も細かくして入れたら腹持ちが良くなりそう……」
「うーむ、君の考えた鉄板焼きを聞いていると試したくなるな。ひとまず……“宵宮”には漬け物の盛り合わせがあったろう? ホフミ、注文してくれないか」
「構わない! 我もご相伴に預かりたくなってきた!」
「クロト、他にも考えられるものはあるかっ? 個人的な好みだが、甘味の鉄板焼きなどがあれば嬉しく思うっ」
「甘味かぁ……野菜を抜いた生地に塩を少々入れて、あんことかどうです?」
「っ!? そうか、あんこならば元々温かくても美味しくいただけるっ。いや、きなこもいけるかっ?」
「いいですね。それこそ霊桜の花びらを加工し、生地に練り込んで風味を付けて、手軽に食べられる甘味として作れたら、観光客の話題にもなりそうです」
「っ、盲点っ! 霊桜を活かした新しい料理っ。考えが至らなかったっ!」
「素晴らしい発想だ! 君が許してくれるのであれば“宵宮”を中心に普及させたい! 構わないだろうか!?」
「食の発展は新しい事業にも繋がりますから、むしろこっちからお願いしたいです」
「感謝する! 食事の場だというのに、君には借りが出来てしまったな!」
「お昼をご馳走になってる側ですし、祭事関連でもお世話になりますから、これくらいは」
「ありがとうっ。……そうだっ! 食事が終わったら、皆でフヅキ家領地の大霊桜を見に来ないかっ? コクウ家の寺社は厳戒態勢で身内以外は入れないが、こちらならば問題は無いっ。場の空気感に触れておくのは重要だっ」
「うむ! 警備として目を光らせる場所についての目安も立てられるだろう!」
「ありがたいです! よろしくお願いします!」
「では、食事を続けるとしよう。……おっ、盛り合わせと生地も来たな。たくあん、青菜漬け、きゅうりの浅漬け……きゅうりは厳しいか……?」
「何事も挑戦! だが、目に見えて分かる不安要素は触れない方がよかろう!」
「同感ですっ。たくあんと青菜漬けで試すのが吉かとっ」
「こういう組み合わせが自由にできるのもお好み……鉄板焼きの醍醐味ですねぇ」
「アイツ、すんげぇ勢いでフヅキ家の人と打ち解けてやがる」
「さすが。人の懐に潜り込むならなんでもする男……」
「おいふざけんな姉弟。謂れの無い意見はやめろ」
◆◇◆◇◆
食事処“宵宮”での賑やかな昼食を終えて、満腹になった俺たちはフヅキ家の先導で再び街中を歩く。
商業区、宿場街、工場の密集地と移動。
次第に観光客や巫女服のような衣装に身を包む者が増え始め、見えてきたのは横に広く、緩やかな傾斜の石造りの階段。
時季御殿にも似た風体の景色の先に大きな門構えと、それすら凌駕する巨大な霊桜が屋根を越えて顔を覗かせていた。
後ろの方でシルフィ先生が階段に対して唸っているが聞こえないフリをして、手招きするホフミさんの後をついていく。
階段を上り、門を越えて。
視界に飛び込んできたのは──これまで各地で見た霊桜とは比べ物にならないほど巨躯で、とてつもない大きさの幹を持つ、桜花爛漫な大霊桜。
これまで相対してきた魔物の全長すら凌駕し、境内の中央に座する大樹に、開いた口が塞がらない。
まさに圧巻の一言。周囲の観光客が無言のまま見上げる気持ちがよく分かる。
「ヒバリヂの各地、四季家の領地に存在する巨木! ここが大霊桜を祀るフヅキの寺社だ!」
「すげーでけ―……!」
「木簡にあんな感じで描かれた理由が分かるなぁ」
「冒険者ギルドに置いてある昔の絵だなっ? あれは寺社が建立される前の、小さな霊桜の中で満開に花咲く大霊桜を描いた物だっ」
「寺社に使われている建材もその霊桜たちを流用している! 日輪の国の特色を色濃く受け継いだ、歴史ある建造物と言えよう!」
近づいた大霊桜には囲うように柵が設置され、看板も取り付けられていた。
どうやら寺社の成り立ちと大霊桜の歴史が書かれているようだ。大まかではあるものの、その年に起きた事態や行事に絡んだ情報が載っている簡易的な文献。
五十年前の魔導革命、魔導列車の開通。
迷宮と化した“焔山”、噴火によってヒバリヂに流れてきた大型魔物の討伐。
色々と続く中で特に目立つのは、やはり十年前の“大神災《おおかみのわざわい》”だ。明らかに文字数が多い。
魔科の国では地殻変動によって甚大な被害がもたらされたと聞いたが……日輪の国では何が起きたのだろうか。
「十年前、三大国家並びに周辺国を襲った“大神災《おおかみのわざわい》”は国内全域に病を蔓延させ、大勢の犠牲者が出た……?」
「やまい? びょうき?」
「そうみたいだな……ここでそんなことが起きてたのかい?」
「俺も又聞きで耳にした程度だから正確にはわかんねぇな……」
「私も詳しい訳ではありませんが、かなり致死性の高い病だったかと。名前は確か──」
「死刻病だ」
看板の前で話す俺たちに向けて、オキナさんは静かにその名を告げる。
どことなく沈痛な面持ちの彼の隣ではカグヤが目を閉じ、何かに耐えるように自身の胸へ手を置いた。
「オキナ。これから肩を並べる彼らには、詳しく伝えておくべきだと我は思う」
「かの記憶は幼子の目には強烈でしたっ。しかし、目を逸らしてはならない現実ですっ……」
「大丈夫だ。どの道いつかの機会で打ち明けねばならんと考えていた。……カグヤ、いいな?」
「……はい。お願いします」
勢いの良い声は鳴りを潜め、フヅキ家の二人はオキナさんの背を押すように意思を伝えた。
カグヤが数秒、沈黙した後。座って話そうっ、とフミヒラさんの案内で、境内に置かれた休憩所で腰を下ろす。
『死刻病、か。いかにもって感じの病名だし、カグヤたちが怖がる……いや、畏れるほどの理由もなんとなく察せられるけど……』
『今は当人の口から語ってもらうのを待つとしよう』
『ああ、わかってる』
思考を共有するレオの言葉に賛成し、深く息を吐いたオキナさんを見つめる。
催促した訳ではないが、彼は背筋を伸ばし、頷いてから口を開く。
「十年前、大陸全土で起きた天変地異の内、日輪の国で流行した疫病だ。発症から症状が悪化するごとに体内の血液が深紅から黒く濁った色味へと変化し、臓腑、骨、血管、筋肉を蝕んでいく。時を刻むよう死に至らしめる所以から死刻病と名付けられた」
「……アタシが前に罹ってた魔臓化とは違うのかい?」
「魔臓化は幼少期からの栄養失調による魔力器官の弱体化。そっから派生して全身の魔力抵抗が低下し、内臓が魔力と同一化して体外に霧散。生命維持が出来なくなるっつー段階を踏むんだ」
セリスの疑問にエリックが答えた。
「魔臓化は個人の環境や体質によるもので、食生活が安定し、体調が良くなれば自然に回復します。セリスさんほど重篤な症状は稀ですが……」
「死刻病はそういった物と毛色が違うように聞こえる……原因が魔力に起因していない?」
先生の補足、俺の発言を聞いてオキナさんは肯定した。
「そうだ。死刻病に罹った者は皆、各地域の地表から突如として溢れ出した不気味な霧に触れ、感染し、遠からず命を落とした。何事も無く過ごしていた日常が、街中が、瞬く間に地獄へと変わる様に言葉を無くしたよ」
大地から人へ、人から空気へと感染を拡大していく死刻病の脅威は凄まじく、毎日が対応に追われる日々だったという。
各地域の薬師、錬金術師の力を借りて予防策や治療薬の開発が進められるが、その間にも命は着実に奪われていく。
精神と正気を暗く染めていく疫病と戦いは続き、その毒牙は止まらなかった。
「緊急事態だと捉えた王家の命で動いていた私の妻であり、カグヤの母でもあるシノノメ・ツグミも例外ではなかった。当時の当主であり、病弱な身の上でいながらも身体に活を入れ、原因究明の調査に赴いていたツグミは、霧に呑まれかけた住民を守る為に自身を盾にした。結果、死刻病に罹り自由に動ける身体でなくなったのだ」
「症状の進行が他の方に比べて早く、亡くなるまでの数ヶ月は寝たきりでした。自身は喋る事すら厳しいにも関わらず、私に不安を抱かせまいと振る舞って……その数日後、眠るように息を引き取りました」
震えた手つきで自身の髪留めである鈴の付いた簪に触れながら、カグヤは唇を結び、俯く。
想像していた通りではあった。カグヤが子どもの頃に死別した母親は傷害ではなく、大神災がもたらした天災で亡くなったのだ。
幼き彼女に舞踊剣術を始めとした数々の教えを学ばせた、良き親であると。
言葉に出さずとも毎日の言動や細かい所作に、丁寧に育てられてきた片鱗を垣間見てきたからこそ抱いた思いだった。本当に、愛されていたんだ、彼女たちは。
「カグヤの誕生日を目前に控え、そして死刻病に対する治療薬が完成した日でもあった。もっと早ければ……と浅ましく、手の平に爪が喰い込むほど、悲嘆に暮れていた時もあった」
「心中、察するに余りある。だが、完成した治療薬のおかげで多くの命が死刻病から救われた。我が息子、フミヒラの命もだ」
「分かっている。過ぎた事を悔いてばかりでは、先には進めないと……代理当主をしていた時に、ツグミから忠告されたよ」
ホフミさんのフォローにオキナさんは力無く手を上げ、次いでぐっと握りしめる。
亡き妻からの叱責が、今の彼を動かす原動力になっているのかもしれない。
「治療薬と予防法が確立されたこと。なおかつアヤカシ族は比較的、死刻病の症状が軽い為、彼らを中心に感染源である霧の調査を本格的におこなった。そして判明したのは霧が噴出した地下には、必ず“焔山”から各地域へ根のように伸びる“龍脈”があったんだ」
「りゅうみゃく?」
「大地を活性化させる不可視の血管、とでも言えばいいか。存在自体は過去の文献にもあり、干渉は出来ないが可視化された、魔素でもなければ魔力でもない力の奔流とされていた」
「日輪の国の土地を豊かにする要素でありながら、龍脈は死刻病の霧を出してしまった……? いや、血管…………毒素を吐き出した?」
「調査した研究者も君と同じ見解を出していた。霧が発生する直前に焔山は不規則な微振動を繰り返していたんだ。すわ噴火か? と疑っていた所に霧が噴き出して……恐らく、龍脈に溜め切れず放出してしまったのだろう。現に分析した結果、焔山の魔素が成分に混じっていたんだ。より具体的に言えば──迷宮化の元となった魔素であり、活火山の有害な毒素を含む空気だ」
「魔素、活火山……まさか、焔山の山頂や、山岳自体に長期滞在しないように制限を掛けてるってのは……」
冒険者ギルドの資料、カグヤから教えてもらった情報と照らし合わせて気づいたのだろう。
エリックの呟きをオキナさんは肯定する。
「以前まで焔山は何の変哲もない迷宮であったが、大神災を境に死刻病の霧を生み出す危険地帯となってしまった。特に火口付近は強烈でな。発症から進行するまでの時間が凄まじく早く、下山までに身体が持たんとされるほどだ。故に、冒険者ギルドと協議して立ち入りを禁じている」
「だが、焔山の全てを進入禁止にしては冒険者が寄り付かなくなってしまう。かといって火口から下りてくる、定期的に岩肌から噴出する死刻病の霧への対策は必須」
「そこで焔山にて依頼を熟した冒険者にはっ、死刻病予防の水薬が与えられ、帰還時は必ず参道入り口で待機している四季家の確認が入るっ」
「なるほど、国を挙げての厳重な体制で焔山を管理下に置いてるって訳か」
「そうでもしないと危な過ぎるもんね」
かつて日輪の国に起きていた惨事からの再起をオキナさん、フヅキ家の二人から聞き終えて、改めてカグヤの方へ視線を向ける。
浅く呼吸を繰り返し、膝の上で強く両手を握っていた。母親と死に別れた原因についての話を、心を落ち着かせて聞ける訳がないか。
「故に此度の大霊桜・神器展覧の祭事はいつも以上に力を入れ、必ずや成功させたいと我は思う。奪われた命への鎮魂であり、これからの繁栄を願う転機として、誰の目にも記憶に残る祭りとしたいのだ」
「我ら四季家の想いは共通だっ。強制したい訳ではないが、思うところがあるとするならば、是非に力を奮ってもらいたいっ」
「もちろんだ。やってやろうじゃあないか!」
「そんな話を聞かされて、やっぱり嫌だなんて言えねぇよ」
「ユキも頑張るよ!」
「微力ながらもニルヴァーナ学園の教師として、私も手伝わせていただきます」
祭事に向ける熱意を再確認したところで、カグヤを除く全員が立ち上がる。
座ったままでいるカグヤの前で膝をつき、震えている手を握り締めた。ハッとして顔を上げた彼女の目を真正面から見つめて。
「カグヤの痛みを全部知れた訳じゃないけど、出来れば分かってあげたいと思う。過去の事で恐れたり、不安な事があったらいつでも俺たちに相談して」
「っ…………ありがとう、ございます」
ささやかで簡潔な気遣いしか出来ないが、少しでもカグヤの負担を減らせてあげられたらいいな。
そう思いながら手を引いて立ち上がった彼女も合わせ、気を取り直して。
大霊桜が座する寺社を、フヅキ家の案内で見て回ることになった。
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【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
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