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第1章
再会と別れ
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「ヴィオ」
ぱちりと目を開けると、目の前にヴィーがいた。初めて出会った時の幼い少女ではなく、少し成長して10歳ぐらいのものだ。
同じ身体のはずなのに、その表情は柔らかく子供らしい無邪気な瞳はキラキラと輝いている。
「……ヴィー」
声だけは聞こえていたが、こうして面として向かい合うのは初めてだ。ならば今の自分は以前の姿になっているのだろうか。鏡がないので判別できないが、すぐに大したことではないと思考を切り替える。
きっとこれが最後になる、そんな確信めいた予感があった。
「ヴィー、ごめん――」
「ずっとね、ヴィオとお話したかったの。でも私、なかなかうまく出来なくて時間が掛かっちゃった」
謝罪の言葉を遮るようにヴィーが告げた言葉がどういう意味なのか分からない。だけど、にこにこと嬉しそうに笑うヴィーの姿に塞ぎがちだった気分が浮上した。
カップに入ったお茶を飲んで、ぱっと表情を輝かせる様子は稚い子供のようで愛らしい。
「干した果実の甘い香りがするのにあんまり甘くない。不思議だけど美味しいね」
「ええ、私も好きよ」
目の前に置かれていたカップに見覚えがあり、はっと周囲を見渡すと懐かしい我が家だった。あの日焼け落ちてしまった光景が強く残っていたが、こもれびが差し込む穏やかな場所でゆっくりと過ぎる心地よい時間を思い出し、胸が熱くなる。
「うん、私たちは二人で一人だもん。だからもう大丈夫だよ」
「ヴィー、それは……どういう意味かしら?」
ヴィオラの不安を示すかのように差し込む光が弱くなり、室内が僅かに薄暗くなる。
「時間はいっぱいあったから、ずっと考えてたの。ヴィオとヴィーは別々じゃなくて、始めは一緒だったんじゃないかなって」
拙い表現でヴィーが力説してくれたのは、ヴィオの魂がヴィオラの中に入り込んだのではなく、元々ヴィオもヴィーも一つの魂だったのではないかということだった。
「私が、お母さんとお父さんに怒られて怖くて悲しくて消えてしまいたいって思ってしまったから、眠ってたはずの以前の記憶が目を覚ましたんだと思うの」
怖くて逃げてしまったヴィーを助けるために、本来眠ったままになるはずだった前世の記憶が目覚めたのだというのがヴィーの仮説だった。
「私が引きこもってしまったから、ヴィオが生きるために頑張ってくれた。そのせいでヴィオにはずっと我慢させちゃったけど……」
「我慢なんてしてないわ!私がやりたくてやったことだもの」
しょんぼりと俯くヴィーにそう伝えれば、ヴィーは小さく微笑んだ。その大人びた表情に、この子もいつまでもあの時の無力な子供ではないのだという気持ちがすとんと心に落ちた。表に出ることがなくても、ヴィーは自分の状況をしっかりと考えられるほどに成長していた。
ヴィーの言うことが正しいのであれば、もう自分はひっそりと眠りにつく頃合いなのだろう。
「ヴィオが最近泣き虫だったのは私のせいなの。ヴィオがずっと呼んでくれていたのは分かっていたけど、どうやって元の形に戻るか試していたから返事ができなくてごめんなさい」
「ヴィーが無事ならそれでいいの。私がこのまま眠りにつけばいいのよね?どうしたらいいか教えてくれる?」
そう言うと、ヴィーは呆れたような眼差しを向けるではないか。
「どうしてそうなるの?私とヴィオは一緒になるけど、この10年間のヴィオラの記憶も行動もヴィオのものなんだからね。眠りにつくというか、一緒になるの。どっちもなくならないけど、ヴィオラとしての意識でいえばヴィオが残るに決まってるじゃない」
「何言ってるの!それこそ駄目に決まってるでしょう!レイもカイル様も優しい方よ。きっとヴィーを大切にしてくれるし、悲しいことがたくさんあった分ヴィーは幸せになるべきだわ」
んふふ、と頬を緩めたあと、ヴィーは優しい眼差しを浮かべて言った。
「あのね、ヴィオと意識を重ねるのってすごく安心するの。一番私のことを大切にしてくれたのはヴィオだから。それにヴィオと一緒の時にレイに撫でてもらった感触を覚えてるの。すごく嬉しかった。王子様はピンチの時に助けてくれて恰好いいなって思ったし、ヴィオとお喋りできなくなるけど、ずっと一緒にいられるから、もう寂しくないの」
ヴィーの身体が薄っすらと透けていく姿はとても美しく、同時に声を出すのが躊躇われるほどに儚げだ。
「ヴィオがそう思ってくれるように、私もヴィオには幸せになって欲しいから」
だから一緒に幸せになろうね。
そう言って満面の笑みを浮かべたヴィーの表情をヴィオラは一生忘れることはないだろう。
「――ヴィー、ヴィー!!」
目覚めるなり取り乱したように叫ぶヴィオラを、駆け寄ったカイルが子供をあやすようにずっと背中を撫でてくれていた。もう大丈夫だ、と何度も繰り返しながら。
襲われたショックで錯乱していると思われたらしい。あながち間違いではないが、躊躇いがちに抱きしめられてその肩が濡れていくのを感じて、ヴィオラは初めて自分が泣いていることに気づいた。
ヴィーは一緒に幸せになろうと言ったのだ。だから一人ではないのに、それでも喪失感と寂寥感は埋めがたく、ヴィオラは子供のように声を上げて泣いたのだった。
ぱちりと目を開けると、目の前にヴィーがいた。初めて出会った時の幼い少女ではなく、少し成長して10歳ぐらいのものだ。
同じ身体のはずなのに、その表情は柔らかく子供らしい無邪気な瞳はキラキラと輝いている。
「……ヴィー」
声だけは聞こえていたが、こうして面として向かい合うのは初めてだ。ならば今の自分は以前の姿になっているのだろうか。鏡がないので判別できないが、すぐに大したことではないと思考を切り替える。
きっとこれが最後になる、そんな確信めいた予感があった。
「ヴィー、ごめん――」
「ずっとね、ヴィオとお話したかったの。でも私、なかなかうまく出来なくて時間が掛かっちゃった」
謝罪の言葉を遮るようにヴィーが告げた言葉がどういう意味なのか分からない。だけど、にこにこと嬉しそうに笑うヴィーの姿に塞ぎがちだった気分が浮上した。
カップに入ったお茶を飲んで、ぱっと表情を輝かせる様子は稚い子供のようで愛らしい。
「干した果実の甘い香りがするのにあんまり甘くない。不思議だけど美味しいね」
「ええ、私も好きよ」
目の前に置かれていたカップに見覚えがあり、はっと周囲を見渡すと懐かしい我が家だった。あの日焼け落ちてしまった光景が強く残っていたが、こもれびが差し込む穏やかな場所でゆっくりと過ぎる心地よい時間を思い出し、胸が熱くなる。
「うん、私たちは二人で一人だもん。だからもう大丈夫だよ」
「ヴィー、それは……どういう意味かしら?」
ヴィオラの不安を示すかのように差し込む光が弱くなり、室内が僅かに薄暗くなる。
「時間はいっぱいあったから、ずっと考えてたの。ヴィオとヴィーは別々じゃなくて、始めは一緒だったんじゃないかなって」
拙い表現でヴィーが力説してくれたのは、ヴィオの魂がヴィオラの中に入り込んだのではなく、元々ヴィオもヴィーも一つの魂だったのではないかということだった。
「私が、お母さんとお父さんに怒られて怖くて悲しくて消えてしまいたいって思ってしまったから、眠ってたはずの以前の記憶が目を覚ましたんだと思うの」
怖くて逃げてしまったヴィーを助けるために、本来眠ったままになるはずだった前世の記憶が目覚めたのだというのがヴィーの仮説だった。
「私が引きこもってしまったから、ヴィオが生きるために頑張ってくれた。そのせいでヴィオにはずっと我慢させちゃったけど……」
「我慢なんてしてないわ!私がやりたくてやったことだもの」
しょんぼりと俯くヴィーにそう伝えれば、ヴィーは小さく微笑んだ。その大人びた表情に、この子もいつまでもあの時の無力な子供ではないのだという気持ちがすとんと心に落ちた。表に出ることがなくても、ヴィーは自分の状況をしっかりと考えられるほどに成長していた。
ヴィーの言うことが正しいのであれば、もう自分はひっそりと眠りにつく頃合いなのだろう。
「ヴィオが最近泣き虫だったのは私のせいなの。ヴィオがずっと呼んでくれていたのは分かっていたけど、どうやって元の形に戻るか試していたから返事ができなくてごめんなさい」
「ヴィーが無事ならそれでいいの。私がこのまま眠りにつけばいいのよね?どうしたらいいか教えてくれる?」
そう言うと、ヴィーは呆れたような眼差しを向けるではないか。
「どうしてそうなるの?私とヴィオは一緒になるけど、この10年間のヴィオラの記憶も行動もヴィオのものなんだからね。眠りにつくというか、一緒になるの。どっちもなくならないけど、ヴィオラとしての意識でいえばヴィオが残るに決まってるじゃない」
「何言ってるの!それこそ駄目に決まってるでしょう!レイもカイル様も優しい方よ。きっとヴィーを大切にしてくれるし、悲しいことがたくさんあった分ヴィーは幸せになるべきだわ」
んふふ、と頬を緩めたあと、ヴィーは優しい眼差しを浮かべて言った。
「あのね、ヴィオと意識を重ねるのってすごく安心するの。一番私のことを大切にしてくれたのはヴィオだから。それにヴィオと一緒の時にレイに撫でてもらった感触を覚えてるの。すごく嬉しかった。王子様はピンチの時に助けてくれて恰好いいなって思ったし、ヴィオとお喋りできなくなるけど、ずっと一緒にいられるから、もう寂しくないの」
ヴィーの身体が薄っすらと透けていく姿はとても美しく、同時に声を出すのが躊躇われるほどに儚げだ。
「ヴィオがそう思ってくれるように、私もヴィオには幸せになって欲しいから」
だから一緒に幸せになろうね。
そう言って満面の笑みを浮かべたヴィーの表情をヴィオラは一生忘れることはないだろう。
「――ヴィー、ヴィー!!」
目覚めるなり取り乱したように叫ぶヴィオラを、駆け寄ったカイルが子供をあやすようにずっと背中を撫でてくれていた。もう大丈夫だ、と何度も繰り返しながら。
襲われたショックで錯乱していると思われたらしい。あながち間違いではないが、躊躇いがちに抱きしめられてその肩が濡れていくのを感じて、ヴィオラは初めて自分が泣いていることに気づいた。
ヴィーは一緒に幸せになろうと言ったのだ。だから一人ではないのに、それでも喪失感と寂寥感は埋めがたく、ヴィオラは子供のように声を上げて泣いたのだった。
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