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第1章
許されない願い
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全ての準備を済ませて、カイルは番の行方を追った。届けられた手紙によりヴィオラが保護されていることを知っているものの、この目で無事を確認するまでは心が休まらない。
信頼のおける人物と行動しているとはいえ、未だに危険に晒されている状態なのだ。
そうしてルストールに辿り着きギルドへ向かっていたカイルだったが、何かに引き寄せられるかのように路地裏へと進むことになった。
安全上の理由で護衛からは難色を示されたが、どうしても行かなければならない気がして薄暗い通りに足を踏み入れた時、鋭い笛の音が耳に届く。
危険を知らせる合図に気づけば全力で駆けだしていた。すぐに途切れたものの、何処から響いたものか割り出すには十分で、その姿を捉えた瞬間の衝撃は忘れられない。
保護されているはずのヴィオラが地面に倒れており、すぐそばにいる男は鉈を振り下ろそうとしていたのだ。
頭の中が真っ白になるほどの激しい感情の中で、ヴィオラをこれ以上傷つけさせはしないという思考だけで身体が動いていた。
地面に倒れたヴィオラの頬は赤く腫れあがり、心が痛む。どれだけ詫びても足りないが、まずは治療が先決だと声を掛けたものの、ヴィオラは安堵するどころか怯えたように謝罪を繰り返す。
初めて会った時には困惑しながらもまっすぐ見つめてくれていた瞳は、絶望と恐怖で揺れていた。
そんな顔をさせたかったわけじゃない。
たった1週間ほどの間で大事な番はすっかり怯え切っていて、全身でカイルを拒絶していた。自らの存在を否定するほどに。
そんな状況まで追い詰めたのは自分であることに、カイルもまた絶望しかけ、それでもヴィオラを護らなければという一心だけで、何とか自分を奮い立たせた。
抱き上げると小さな肩が震え、嗚咽を堪える様は胸が張り裂けそうで、もう大丈夫だと抱きしめてやりたいのに、ヴィオラはきっと望まない。
彼女を恐ろしい目に遭わせた元凶であるカイルが何を言ったところで、彼女の心には響かないだろう。
(……目の前にいるのに、遠い)
無力感に押しつぶされそうになるのを淡い微笑みで隠す。辛いのはカイルではなくヴィオラなのだ。
せめてこれ以上傷つけないように、脅威が去るまでは側を離れないようにしよう。
そう思うのに、結局は自分のためではないか。そう囁く声がする。
馬鹿なことを否定できないのは、ヴィオラが唯一無二の大切な相手で、側にいられるなら何を差し出しても構わないと思える存在だからだ。
どうか見捨てないで。二度と危険な目に遭わせたりしないから。
大事に護って慈しむと誓うから、どうかもう一度だけチャンスを与えてほしい。
痛み止めと鎮静剤の効果で、静かに眠る番の横顔を見ながら、決して許されない願いを心の中で叫ぶ。
懇願すればヴィオラは頷いてくれるかもしれないが、それはカイルが王太子だからだ。いくら気にしなくても良いと言っても、王族からの依頼は命令に等しい。
きっと優しい彼女は我慢して、苦痛を呑み込んでそしていつか耐え切れず儚くなってしまう。
(ああ、それだけは耐えられない)
過去に番を見つけた全員が幸せになったわけではない。幼い頃から番にまつわる過去の様々な顛末を学び、禁止事項を設けられているのはそのためだ。
それでも心からの渇望は、番への執着は簡単に消えはしない。
そんな葛藤に苦しんでいたせいか、カイルは彼に掛ける言葉に棘が混じってしまうことを止められなかった。
「貴方が目を離したせいで、私の番は足を切り落とされるところだった」
跪き深く頭を下げて恭順を示すレイに、カイルは冷ややかに告げた。
部屋に招き入れたレイは真っ先にヴィオラに視線を向け、安否を確認していた。彼がヴィオラを第一優先とし心を砕いていたいたことは報告からも分かっていたが、その様子からもどれだけヴィオラを案じていたか伝わってくる。
ヴィオラを一人にしてしまったのは彼らしくもない失態であったが、そもそもカイルにはそれを責める権利すらないのだ。
心を落ち着けて事情の説明を求めたカイルは、すぐにまた心を乱されることになる。
「……あり得ない」
レイからヴィオラの妹の話を聞いて、怒りが抑えられそうにない。今回の事件の調査の過程でヴィオラの生育環境についてもカイルは調べていたのだ。
実母の振る舞いはヴィオラには何の関係もないのに、偏見と異分子である彼女への扱いは理不尽なものだった。そもそも離れて暮らしている状態でどうやって妹を虐げることが出来るのだろうか。そう考えれば妹を殺そうとしたなどという話も悪意から派生したものと考えるのが自然だ。
小さな村などでは住人たちの結びつきが強い傾向にあるが、ヴィオラにとってはマイナスに働いてしまった。
苦労の多い生活を強いられ、ただでさえ辛い境遇の彼女にカイルは追い打ちをかけてしまったのだ。
諦観の宿る瞳や荒れた指先を思い出し、また胸が苦しくなる。
「カイル殿下、ミラ嬢が姉の居場所を知っていたのは、フィスロ伯爵家の使いを名乗る者から教えられたそうです」
本来平民の証言だけでは証拠として不十分だが、他の物証を含めれば問題はない。
「全ての準備は整った。私の番に危害を加える者たちを排除しよう」
愚かな行為の代償をしっかり支払ってもらわなければならない。
信頼のおける人物と行動しているとはいえ、未だに危険に晒されている状態なのだ。
そうしてルストールに辿り着きギルドへ向かっていたカイルだったが、何かに引き寄せられるかのように路地裏へと進むことになった。
安全上の理由で護衛からは難色を示されたが、どうしても行かなければならない気がして薄暗い通りに足を踏み入れた時、鋭い笛の音が耳に届く。
危険を知らせる合図に気づけば全力で駆けだしていた。すぐに途切れたものの、何処から響いたものか割り出すには十分で、その姿を捉えた瞬間の衝撃は忘れられない。
保護されているはずのヴィオラが地面に倒れており、すぐそばにいる男は鉈を振り下ろそうとしていたのだ。
頭の中が真っ白になるほどの激しい感情の中で、ヴィオラをこれ以上傷つけさせはしないという思考だけで身体が動いていた。
地面に倒れたヴィオラの頬は赤く腫れあがり、心が痛む。どれだけ詫びても足りないが、まずは治療が先決だと声を掛けたものの、ヴィオラは安堵するどころか怯えたように謝罪を繰り返す。
初めて会った時には困惑しながらもまっすぐ見つめてくれていた瞳は、絶望と恐怖で揺れていた。
そんな顔をさせたかったわけじゃない。
たった1週間ほどの間で大事な番はすっかり怯え切っていて、全身でカイルを拒絶していた。自らの存在を否定するほどに。
そんな状況まで追い詰めたのは自分であることに、カイルもまた絶望しかけ、それでもヴィオラを護らなければという一心だけで、何とか自分を奮い立たせた。
抱き上げると小さな肩が震え、嗚咽を堪える様は胸が張り裂けそうで、もう大丈夫だと抱きしめてやりたいのに、ヴィオラはきっと望まない。
彼女を恐ろしい目に遭わせた元凶であるカイルが何を言ったところで、彼女の心には響かないだろう。
(……目の前にいるのに、遠い)
無力感に押しつぶされそうになるのを淡い微笑みで隠す。辛いのはカイルではなくヴィオラなのだ。
せめてこれ以上傷つけないように、脅威が去るまでは側を離れないようにしよう。
そう思うのに、結局は自分のためではないか。そう囁く声がする。
馬鹿なことを否定できないのは、ヴィオラが唯一無二の大切な相手で、側にいられるなら何を差し出しても構わないと思える存在だからだ。
どうか見捨てないで。二度と危険な目に遭わせたりしないから。
大事に護って慈しむと誓うから、どうかもう一度だけチャンスを与えてほしい。
痛み止めと鎮静剤の効果で、静かに眠る番の横顔を見ながら、決して許されない願いを心の中で叫ぶ。
懇願すればヴィオラは頷いてくれるかもしれないが、それはカイルが王太子だからだ。いくら気にしなくても良いと言っても、王族からの依頼は命令に等しい。
きっと優しい彼女は我慢して、苦痛を呑み込んでそしていつか耐え切れず儚くなってしまう。
(ああ、それだけは耐えられない)
過去に番を見つけた全員が幸せになったわけではない。幼い頃から番にまつわる過去の様々な顛末を学び、禁止事項を設けられているのはそのためだ。
それでも心からの渇望は、番への執着は簡単に消えはしない。
そんな葛藤に苦しんでいたせいか、カイルは彼に掛ける言葉に棘が混じってしまうことを止められなかった。
「貴方が目を離したせいで、私の番は足を切り落とされるところだった」
跪き深く頭を下げて恭順を示すレイに、カイルは冷ややかに告げた。
部屋に招き入れたレイは真っ先にヴィオラに視線を向け、安否を確認していた。彼がヴィオラを第一優先とし心を砕いていたいたことは報告からも分かっていたが、その様子からもどれだけヴィオラを案じていたか伝わってくる。
ヴィオラを一人にしてしまったのは彼らしくもない失態であったが、そもそもカイルにはそれを責める権利すらないのだ。
心を落ち着けて事情の説明を求めたカイルは、すぐにまた心を乱されることになる。
「……あり得ない」
レイからヴィオラの妹の話を聞いて、怒りが抑えられそうにない。今回の事件の調査の過程でヴィオラの生育環境についてもカイルは調べていたのだ。
実母の振る舞いはヴィオラには何の関係もないのに、偏見と異分子である彼女への扱いは理不尽なものだった。そもそも離れて暮らしている状態でどうやって妹を虐げることが出来るのだろうか。そう考えれば妹を殺そうとしたなどという話も悪意から派生したものと考えるのが自然だ。
小さな村などでは住人たちの結びつきが強い傾向にあるが、ヴィオラにとってはマイナスに働いてしまった。
苦労の多い生活を強いられ、ただでさえ辛い境遇の彼女にカイルは追い打ちをかけてしまったのだ。
諦観の宿る瞳や荒れた指先を思い出し、また胸が苦しくなる。
「カイル殿下、ミラ嬢が姉の居場所を知っていたのは、フィスロ伯爵家の使いを名乗る者から教えられたそうです」
本来平民の証言だけでは証拠として不十分だが、他の物証を含めれば問題はない。
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