王子に求婚されましたが、貴方の番は私ではありません ~なりすまし少女の逃亡と葛藤~

浅海 景

文字の大きさ
31 / 31
第2章

身の振り方

しおりを挟む
ほんの五分タイミングがずれていれば、ヴィオラが生母であるルイーズに会うことはなかっただろう。
ルイーズに再度退出を促し、ヴィオラにも部屋に戻るよう伝えたセオドアの瞳には嫌悪が交じっていて、これまでセオドアがヴィオラに対して何の悪感情を抱いていなかったのだと実感した。

どうしてこんなに間が悪いのかと頭を抱えつつ、セオドアが見せた感情の意味を考える。不快だというような表情は煩わしさよりも侮蔑が色濃く表れていたように思う。

セオドアがレイからどの程度ヴィオラについて、聞かされているか分からない。引き取った経緯は伝えているのだろうが、実の母親についてはヴィオラもあまり詳しくなく、離縁する際に父はヴィオラを押し付けられたそうだ。
そのため実の母親には捨てられたと考えていた。

あくまでも伝聞であり真実は定かではないが、ヴィオラが家族の輪から弾き出されて師匠の元に身を寄せても、ルイーズから手紙の一つも届かなかった。

(それなのに、今になって訪ねてくるなんて……)

ルストールにはジェリロ商会という中堅の商会があり、そこがルイーズの生家であることを知っていた。以前ルストールに行った際に師匠が教えてくれたのだ。

『あちらがどういう反応を示すか分からない。だけど、いつか何かの縁につながるかもしれないから知っておきなさい』

師匠はヴィオラが一人になった時のことを考えていたのだろう。当時は気になったものの、結局訪問する勇気はなく、逃亡先としてルストール行きを決めた時もジェリロ商会を頼るつもりはなかった。
味方どころかあっさりヴィオラを売り渡す可能性が否めないと考えたからだ。

物心がついてからずっと絶縁状態だったのだから、関係性など推して知るべし。
親戚だからといって好意的なわけではないだろうし、ましてや相手は商人だ。高位貴族に睨まれれば仕事に差し支えがある。

ずっと関わるつもりはなかったのに、ルイーズが訪ねてきたのは何が目的なのだろう。冷たいのかもしれないが、単に娘との再会を望んでいたとは思えない。
さらに気になるのは、どうやってヴィオラがアスタン公爵家にいることを知ったのかということだ。

ルストール滞在中にヴィオラの姿をどこかで目にしたとしても、行き先を予測できるものではない。あのようなホテルでは貴人の情報は秘されるのが普通だし、護衛の人たちが漏らすとも思えない。

「……可能性としては、フィスロ伯爵、お父さん、ミラぐらいね」

裕福な商家だと聞いているが、他国の貴族の養子縁組に関する情報など容易に入手できる立場ではないだろう。
口論したまま別れたことが、今回のルイーズの訪問に繋がったのならと考えるだけで、胃が重くなる。言いたいことを言ってすっきりしたものの、その結果レイやセオドアに迷惑を掛ける羽目になった。

(……お金目当て、なのかな)

アスタン公爵家に引き取られたと知ったから、カイルの番に選ばれたと知ったから、母は会いに来たのだろうか。
セオドアも表情からして、きっとそんな風に考えたに違いない。

悲しいという気持ちより、申し訳なさが募る。
レイから娘になってほしいと言われて嬉しかった。だからせめて何か役に立ちたいと思うのに、迷惑を掛けてばかりならセオドアの言う通り出て行った方がいいのかもしれない。

アスタン公爵の娘ではなくて、レイの娘でいられればいい。一緒に住んでいなくても、たとえレイの娘でなくなったとしても時折会えれば十分だ。
一人暮らしは慣れているし、元より薬師として生きていくつもりだった。

(カイル様、心配するかな……。うん、絶対心配するから黙っておこう)

過保護なカイルが慌てる様が目に浮かぶようだったが、普通に生きていれば早々危険な目に遭うこともない。
公爵領内のどこか森が近くて薬師がいない場所であれば、受け入れてもらえそうな気がする。

少しだけ気分が上向いて、あれこれ頭の中で計画を巡らせていると、侍女が昼食を運んできた。

「セオドア様にお会いしたいのですが、ルドルフさんに伝えてもらえますか?」

わざわざ運んでくれたのだからきっと部屋を出ない方がいいのだろう、と判断したヴィオラがそう伝えると、侍女は労わるように微笑んで了承してくれた。
恐らく使用人にはヴィオラの母が訪ねてきたことは周知されているのだろうが、態度が変わらないことにほっとした。

彼らが仕えるのは公爵家であって、不利益をもたらす存在は嫌厭されても仕方がない。レイが大事にしてくれるから、彼らもヴィオラを丁重に扱ってくれるのだ。

夕食の席にはセオドアがいて、いつもと変わらない表情だったがその心情は読み取れない。

「セオドア様、本日はご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」
「君のせいではない」

僅かに顔を上げて淡々と返す声に不愉快そうな響きはない。セオドアにはセオドアの言い分があってヴィオラが養女になることを反対しているのであって、決して感情的なものではないのだろうという確信を深めた。

「セオドア様のおっしゃる通り、私は公爵家に相応しくありません。アスタン公爵が戻られたら身の振り方を相談させていただこうと思っています」
「……そういう意味じゃない」

眉を顰めてセオドアがぽつりと呟くように言った。

「セオドア様、それはどういう意味ですか?私は何か勘違いをしているのでしょうか?」

言葉の意味だけではなく、もっとセオドアのことを知りたいと思って訊ねたが、セオドアは小さく首を振った。

「いや、何でもない。父上が戻られたら話をしよう」

その言葉から拒絶の意思が伝わってきて、ヴィオラはそれ以上続けることが出来なかった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

嘘つくつもりはなかったんです!お願いだから忘れて欲しいのにもう遅い。王子様は異世界転生娘を溺愛しているみたいだけどちょっと勘弁して欲しい。

季邑 えり
恋愛
異世界転生した記憶をもつリアリム伯爵令嬢は、自他ともに認めるイザベラ公爵令嬢の腰ぎんちゃく。  今日もイザベラ嬢をよいしょするつもりが、うっかりして「王子様は理想的な結婚相手だ」と言ってしまった。それを偶然に聞いた王子は、早速リアリムを婚約者候補に入れてしまう。  王子様狙いのイザベラ嬢に睨まれたらたまらない。何とかして婚約者になることから逃れたいリアリムと、そんなリアリムにロックオンして何とかして婚約者にしたい王子。  婚約者候補から逃れるために、偽りの恋人役を知り合いの騎士にお願いすることにしたのだけど…なんとこの騎士も一筋縄ではいかなかった!  おとぼけ転生娘と、麗しい王子様の恋愛ラブコメディー…のはず。  イラストはベアしゅう様に描いていただきました。

【完結】そんなに嫌いなら婚約破棄して下さい! と口にした後、婚約者が記憶喪失になりまして

Rohdea
恋愛
──ある日、婚約者が記憶喪失になりました。 伯爵令嬢のアリーチェには、幼い頃からの想い人でもある婚約者のエドワードがいる。 幼馴染でもある彼は、ある日を境に無口で無愛想な人に変わってしまっていた。 素っ気無い態度を取られても一途にエドワードを想ってきたアリーチェだったけど、 ある日、つい心にも無い言葉……婚約破棄を口走ってしまう。 だけど、その事を謝る前にエドワードが事故にあってしまい、目を覚ました彼はこれまでの記憶を全て失っていた。 記憶を失ったエドワードは、まるで昔の彼に戻ったかのように優しく、 また婚約者のアリーチェを一途に愛してくれるようになったけど──…… そしてある日、一人の女性がエドワードを訪ねて来る。 ※婚約者をざまぁする話ではありません ※2022.1.1 “謎の女”が登場したのでタグ追加しました

元公爵令嬢、愛を知る

アズやっこ
恋愛
私はラナベル。元公爵令嬢で第一王子の元婚約者だった。 繰り返される断罪、 ようやく修道院で私は楽園を得た。 シスターは俗世と関わりを持てと言う。でも私は俗世なんて興味もない。 私は修道院でこの楽園の中で過ごしたいだけ。 なのに… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 公爵令嬢の何度も繰り返す断罪の続編です。

ある公爵令嬢の死に様

鈴木 桜
恋愛
彼女は生まれた時から死ぬことが決まっていた。 まもなく迎える18歳の誕生日、国を守るために神にささげられる生贄となる。 だが、彼女は言った。 「私は、死にたくないの。 ──悪いけど、付き合ってもらうわよ」 かくして始まった、強引で無茶な逃亡劇。 生真面目な騎士と、死にたくない令嬢が、少しずつ心を通わせながら 自分たちの運命と世界の秘密に向き合っていく──。

【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること

大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。 それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。 幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。 誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。 貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか? 前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。 ※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。

傷付いた騎士なんて要らないと妹は言った~残念ながら、変わってしまった関係は元には戻りません~

キョウキョウ
恋愛
ディアヌ・モリエールの妹であるエレーヌ・モリエールは、とてもワガママな性格だった。 両親もエレーヌの意見や行動を第一に優先して、姉であるディアヌのことは雑に扱った。 ある日、エレーヌの婚約者だったジョセフ・ラングロワという騎士が仕事中に大怪我を負った。 全身を包帯で巻き、1人では歩けないほどの重症だという。 エレーヌは婚約者であるジョセフのことを少しも心配せず、要らなくなったと姉のディアヌに看病を押し付けた。 ついでに、婚約関係まで押し付けようと両親に頼み込む。 こうして、出会うことになったディアヌとジョセフの物語。

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?

きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。 しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……

処理中です...