引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~

浅海 景

文字の大きさ
18 / 56

おまじないと約束

しおりを挟む
「じゃあトーカ、怪我をしたところを見せてくれる?」
「えっと……?フィル様じゃなくて、フィーが守ってくれたから怪我なんてしてないよ?」

フィルもそれを見ていた筈なのにと不思議に思って訊ねたが、溜息を吐かれてしまった。

「右肩を庇っていただろう?以前にも暴力を振るわれたってことだよね?」

フィルの言葉にはっとしたが、わざわざ見せるようなものでもない。

「もう痛くないから大丈夫」
「トーカ?」

(あ、ちょっと怒ってるかも?)

怒らせてしまったのに、嬉しいと思うのは変だと思う。だけど気に掛けてくれた証拠のようで心がふわふわするような不思議な気分だ。

「うん、分かった。トーカは動かないで」
「まっ、待って!ミレーさんに頼むから!」

ぼんやりしてしまった透花に焦れたのか、ドレスの襟に手を掛けられて透花は慌ててフィルを止めた。残念そうな顔をされてしまったが、肩を出すと結構な面積の素肌を晒してしまうことになる。それは流石に恥ずかしい。

「あ、そうだ。ネイワース侯爵夫人から軟膏をもらっていたの」

話を逸らすわけでもなかったが、忘れないうちにと透花は引き出しから小さなブローチ型の容器を取り出した。
あくまでも指導の一環と主張するためか扇子で殴打された後に渡されたのだ。
痕が残るとみっともないからと言われたが、高価そうなこともあり使用した後に代金を請求されたらと思い使っていなかった。もうここに来ることはないのなら、返した方がいいだろう。

フィルに軟膏を預け、透花はミレーに怪我の状態を確認してもらった。

「なんて酷いことを……」
「見た目は良くないけど、もう痛くないんですよ」

押し殺した声からは怒りだけでなく悲しさが伝わってきて、ミレーを安心させるために告げたのだが、あまり効果はなかったようだ。

「ミレー、トーカ様のお怪我の具合は?」
「殿下ご自身でご覧になった方がよろしいかと」

止める間もなくカーテンを引かれ、ベッドにうつぶせになっていた透花は隠れることも出来なかった。

「……なるほど。至急医者を呼べ」

確かに赤紫やどす黒い色は痛々しいが、打たれた時ほど痛くはない。それに菜々花の癇癪のせいで打ち身程度に怪我なら日常的なものだったし、こちらに来る直前に父から受けた暴力に比べると軽いものだ。
だがそんなことを口にすれば心配させるだけだし、透花が断ったところで医者に診てもらうことは確定なのだからと申し訳なく思いつつも大人しくしておいた。

「トーカ、念のため聞くけど容器の中身には触れていないね?」
「うん、受け取っただけで中を開けてもないから新品だよ」

透花が答えるとフィルはにっこりと笑って軟膏をポケットにしまったが、すぐに苦しそうな表情に変わる。

「ごめんね、トーカ。僕が人選を見誤ったせいで君を辛い目に遭わせてしまった」
「フィルのせいじゃないよ。私が御子らしくないせいで、ネイワース侯爵夫人を失望させてしまったの」
「あれの言うことは気にしなくていい。そもそも御子が完璧な存在だと思っている時点で間違いだ」

メリルのことを最早名前でも呼びたくないらしい。嫌悪感を露わにしたフィルはメリルに本気で腹を立てているようだ。

「女神の愛し子といえども人である以上、全ての御子が清廉潔白で慈愛に溢れた人物とは限らないんだよ。だからそんな理由でトーカを傷付けたことは許されることじゃない。それに僕は御子がトーカで良かったと思っているんだ」

少しだけ言葉を和らげると、フィルは透花の肩にそっと唇を落とす。

「っ、フィル様!」
「痛かった?早く治るようにおまじないだよ」

『痛いの痛いの飛んでけ』と同じようなものだろうか。手ではなく唇なので動揺してしまったが、子供向けのものと思えば恥ずかしく思う方がおかしいのだろう。

「怪我が治るまで御子教育は中止だよ。僕もしばらくは仕事がないし、友達として一緒に過ごそう」

御子教育が進まずに申し訳なく思う気持ちと、友達として過ごそうと言われて喜ぶ気持ちが一緒になって、どうしていいか分からない。

(……あっ、友達って何をしたらいいんだっけ?)

菜々花の周りにはいつも友達がいたけど、透花は違う。
名前の響きが好きだと言ってくれた友達も、結局は離れていってしまった。彼女は透花の瞳について何も言わなかったが、やっぱり不快だったのだろうか。

突然告げられてしまった言葉に当時はショックしかなかったが、もしも透花が彼女の不満に気づけていたら、そしてそれを改善することが出来たのなら、まだ友達でいられたのかもしれない。

「フィー、もしも私の言動で不快になったり困らせたりしたら、教えてくれますか?わ、私、フィーとずっと友達でいたいから」

勇気を振り絞って告げるとフィルは瑠璃色の瞳を瞠ったが、すぐに優しい眼差しを向けて透花の頭を撫でてくれた。

「うん、伝えるよ。僕もトーカとはずっと友達でいたいから、トーカも僕への不満や困ったことがあったら教えてね」

何でもないただの会話なのに、言いたいことが言えてそれが伝わったと分かることはなんて幸せなんだろう。
心がふわりと軽くなり、温かいお湯の中で身体が緩むような心地よさに透花は身を委ねたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

差し出された毒杯

しろねこ。
恋愛
深い森の中。 一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。 「あなたのその表情が見たかった」 毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。 王妃は少女の美しさが妬ましかった。 そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。 スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。 お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。 か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。 ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。 同名キャラで複数の作品を書いています。 立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。 ところどころリンクもしています。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

逆行したので運命を変えようとしたら、全ておばあさまの掌の上でした

ひとみん
恋愛
夫に殺されたはずなのに、目覚めれば五才に戻っていた。同じ運命は嫌だと、足掻きはじめるクロエ。 なんとか前に死んだ年齢を超えられたけど、実は何やら祖母が裏で色々動いていたらしい。 ザル設定のご都合主義です。 最初はほぼ状況説明的文章です・・・

虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。

ラディ
恋愛
 一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。  家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。  劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。  一人の男が現れる。  彼女の人生は彼の登場により一変する。  この機を逃さぬよう、彼女は。  幸せになることに、決めた。 ■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です! ■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました! ■感想や御要望などお気軽にどうぞ! ■エールやいいねも励みになります! ■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。 ※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。

バイトの時間なのでお先に失礼します!~普通科と特進科の相互理解~

スズキアカネ
恋愛
バイト三昧の変わり者な普通科の彼女と、美形・高身長・秀才の三拍子揃った特進科の彼。 何もかもが違う、相容れないはずの彼らの学園生活をハチャメチャに描いた和風青春現代ラブコメ。 ◇◆◇ 作品の転載転用は禁止です。著作権は放棄しておりません。 DO NOT REPOST.

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

薬師の能力を買われた嫁ぎ先は闇の仕事を請け負う一族でした

あねもね
恋愛
薬師として働くエリーゼ・バリエンホルムは貴族の娘。 しかし両親が亡くなって以降、叔父に家を追い出されていた。エリーゼは自分の生活と弟の学費を稼ぐために頑張っていたが、店の立ち退きを迫られる事態となる。同時期に、好意を寄せていたシメオン・ラウル・アランブール伯爵からプロポーズを申し込まれていたものの、その申し出を受けず、娼館に足を踏み入れることにした。 エリーゼが娼館にいることを知ったシメオンは、エリーゼを大金で身請けして屋敷に連れ帰る。けれどそこは闇の仕事を請け負う一族で、シメオンはエリーゼに毒薬作りを命じた。 薬師としての矜持を踏みにじられ、一度は泣き崩れたエリーゼだったが……。 ――私は私の信念で戦う。決して誰にも屈しない。

王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 
恋愛
男しか爵位を受け継げないために、侯爵令嬢のロザリーは、男と女の双子ということにして、一人二役をやってどうにか侯爵家を守っていた。18歳になり、騎士団に入隊しなければならなくなった時、憧れていた第二王子付きに任命されたが、だが第二王子は90日後・・隣国の王女と結婚する。 女として、密かに王子に恋をし…。男として、体を張って王子を守るロザリー。 そんなロザリーに王子は惹かれて行くが… 本篇、番外編(結婚までの7日間 Lucian & Rosalie)完結です。

処理中です...