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発覚と信頼

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久し振りに熟睡したせいか、すっきりとした気持ちで目を覚ました透花は昨晩のことを思い出していた。

(あれは夢だったのかな……)

夜中に突然現れたフィルに問い詰められてどうしていいか分からず泣き出してしまったが、フィルはそんな透花を抱きしめて頭を撫でてくれた。大切にされているようでそれだけでも嬉しかったのに、更には友達になろうと言ってくれたのだ。

もう二度と友達ができるはずなどないと思っていた透花は、その言葉に思わず頷いてしまった。
大丈夫だと告げる力強い声と優しい手のひらの温もりがまだ残っているような気がする。

(でも偽者だって伝えてもフィル様は反応しなかったし、やっぱり都合が良すぎるよね)

幸せな夢だったと思えば、がっかりせずに済む。夢でもあんなに幸せで心が穏やかになれたのだからそれだけで十分だ。
だが用意された朝食を見て、透花はまだ夢を見ているのかと思った。

最近は食欲がないからと消化の良いポリッジかスープのみをお願いしていたのに、具材がたっぷり入ったトマトシチューが目の前に置かれている。

それは街に外出した時にフィルと一緒に食べたトマト煮込みに良く似ていた。一口食べれば口の中で野菜や鶏肉簡単に崩れる。あの日食べたものよりも上品なコクと深い味わいなのに、旨味も栄養もたっぷりで美味しいと感じるのは同じだ。

(あ……美味しいって思ったの、久しぶりかも……)

『何もお役目を果たしていないのに、不自由のない生活を送るなんてわたくしだったら気が咎めますわ』

メリルから直接禁止されたわけでもないものの、それを聞いた日から透花は贅沢をしないようにと食事の量を減らし、それから段々と食事の時間が苦痛になっていた。

ミレーが心配して色々と手配してくれようとしたが、なるべく手間やお金がかからないものを考え透花自身が選んだものだけ用意してくれるように頼んだのだ。
食べ終えるとミレーが優しい目で穏やかに微笑んでいて、意固地になっていた自分が恥ずかしくなる。

「ミレーさん、昨日はごめんなさい。朝ごはんも美味しいです。ありがとうございます」
「勿体ないお言葉です。トーカ様に喜んでいただけるだけで、ミレーは嬉しゅうございますよ」

『何か困っていることはございませんか?私では頼りにならなくてもフィル殿下やジョナス様であればきっとトーカ様のお力になってくれます』

透花の状態を心配したミレーの訴えを、透花は聞こうとしなかった。大丈夫だからと笑顔を浮かべたつもりだが、ミレーは悲しそうな表情で部屋を出て行ったのだ。

早くから透花の様子に気づいてフィルに相談するように提案したミレーに、フィルには何も言わないよう頼んだが、御子である立場の透花から言われればそれは命令と同じだったのだろう。
心を痛めていることに気づいていてもどうすることも出来ず、ぎくしゃくとした雰囲気だったのに、こうして会話が出来ることが嬉しい。

フィルのことは夢ではないかもしれないと透花は思い始めていた。


講義の時間になり、いつものようにメリルがやってきた。
メリルの言葉が全て正しいわけではないのだとようやく透花も気づいた。それでも間接的な言葉に込められた悪意や、否定的な言動に向き合うのは怖い。

(大丈夫、フィル様が守るって言ってくれたもの)

今日はまだフィルの姿を見ていなかったが、フィルのことを信じようと透花は思った。

「それでは昨日分の課題を確認いたしましょう」

袋から取り出した魔石を見て、メリルは不満げに眉を顰める。

「まあ、まさかたったこれだけではありませんわよね?魔力もほとんど感じられませんわ」

先週から魔力操作の練習として魔石に魔力を込めるようにと渡されていた。やり方も分からずメリルに聞いても魔石に魔力を移すだけだと素っ気ない反応で、書物で得た知識などで試行錯誤しながら行ったものの、成果はあまり芳しくない。どれだけ集中しても体力が削られるだけで、僅かな魔力しか込められないようだ。

「やはり御子様ではないのでしょうか?これまでの御子様は聡明で誰からも愛されるような素晴らしい女性だったそうですわ」

歴代の御子とは似ても似つかない、とメリルが初めて告げた時、透花が思い浮かべたのは双子の姉、菜々花のことだった。
両親からも周囲からも愛される菜々花なら、御子としても優秀だったのではないか。そんな考えは透花を動揺させ、それに気づいたメリルは事あるごとにそのことを口にするようになった。

(でも、フィル様は他に御子がいると信じていなかったようだから)

フィルが透花を偽者だと疑っていないのなら、透花もそれを信じたい。俯くのはメリルの言葉を肯定するようで、透花は顔を上げてまっすぐにメリルを見た。

「あら、そんな反抗的な目をするなんていけませんわ。御子様といえども我儘な生徒にはお仕置きが必要ですわね」
ぱちりと閉じた扇子に無意識に左手で肩を庇うと、メリルは艶然とした笑みを浮かべる。

『あんたなんて誰からも好かれるわけないでしょ』
『もう一緒にいたくないの』

姉や友人からの言葉が頭をよぎるが、透花はぎゅっと目を瞑って振り払った。フィルの言葉を、優しさを信じようと決めたのだ。

扇子が振り下ろされる音に透花は身を固くしたが、痛みはない。代わりに聞こえてきたのは冷ややかな声だった。

「メリル・ネイワース侯爵夫人、国家反逆罪、不敬罪、貴人への暴行未遂だ。相応の処罰を覚悟しておくんだな」

透花が顔を上げると、いつの間にやってきたのか騎士らしき男性二人がメリルを拘束していて、透花の隣にはフィルの姿があった。

「フィル殿下、誤解ですわ!侯爵夫人であるわたくしにこのような乱暴な扱いをするなんて」
「たかが侯爵夫人が貴きお方に不敬を働いて何を言う。御子様のお目汚しになる、さっさと連れて行け」

メリルが透花に向けて何か口にしたようだが、フィルに両手で耳を塞がれていたため何を言っているのか分からなかった。

「トーカ、怖い思いをさせてごめんね。厳重に処罰するためには、実際の現場で取り押さえるのが確実だとジョナスに言われたけど、君にあんな嫌な思いをさせるなら止めておけば良かった」

眉を下げてしゅんと肩を落とすフィルの姿に、透花は慌てて首を振った。

「そんなことありません。フィル様が守ってくださると言ってくれたから――」
「フィルだよ。それともフィーにする?」

人差し指で唇を押さえられて言葉を失った透花に、フィルは圧のこもったにこやかな笑みを向けてくる。譲らない時の表情に透花が返事に迷っていると、フィルはさらに畳み掛けてきた。

「僕と友達になると言ってくれたのに……」

演技だと分かっていても寂しそうな表情には罪悪感が掻き立てられる。

「……ふ、二人の時だけなら」

打って変わって嬉しそうな笑顔を見せるフィルに、透花はメリルに感じていた不安や恐れをすっかり忘れてしまったのだった。
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