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おまじないと約束

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「じゃあトーカ、怪我をしたところを見せてくれる?」
「えっと……?フィル様じゃなくて、フィーが守ってくれたから怪我なんてしてないよ?」

フィルもそれを見ていた筈なのにと不思議に思って訊ねたが、溜息を吐かれてしまった。

「右肩を庇っていただろう?以前にも暴力を振るわれたってことだよね?」

フィルの言葉にはっとしたが、わざわざ見せるようなものでもない。

「もう痛くないから大丈夫」
「トーカ?」

(あ、ちょっと怒ってるかも?)

怒らせてしまったのに、嬉しいと思うのは変だと思う。だけど気に掛けてくれた証拠のようで心がふわふわするような不思議な気分だ。

「うん、分かった。トーカは動かないで」
「まっ、待って!ミレーさんに頼むから!」

ぼんやりしてしまった透花に焦れたのか、ドレスの襟に手を掛けられて透花は慌ててフィルを止めた。残念そうな顔をされてしまったが、肩を出すと結構な面積の素肌を晒してしまうことになる。それは流石に恥ずかしい。

「あ、そうだ。ネイワース侯爵夫人から軟膏をもらっていたの」

話を逸らすわけでもなかったが、忘れないうちにと透花は引き出しから小さなブローチ型の容器を取り出した。
あくまでも指導の一環と主張するためか扇子で殴打された後に渡されたのだ。
痕が残るとみっともないからと言われたが、高価そうなこともあり使用した後に代金を請求されたらと思い使っていなかった。もうここに来ることはないのなら、返した方がいいだろう。

フィルに軟膏を預け、透花はミレーに怪我の状態を確認してもらった。

「なんて酷いことを……」
「見た目は良くないけど、もう痛くないんですよ」

押し殺した声からは怒りだけでなく悲しさが伝わってきて、ミレーを安心させるために告げたのだが、あまり効果はなかったようだ。

「ミレー、トーカ様のお怪我の具合は?」
「殿下ご自身でご覧になった方がよろしいかと」

止める間もなくカーテンを引かれ、ベッドにうつぶせになっていた透花は隠れることも出来なかった。

「……なるほど。至急医者を呼べ」

確かに赤紫やどす黒い色は痛々しいが、打たれた時ほど痛くはない。それに菜々花の癇癪のせいで打ち身程度に怪我なら日常的なものだったし、こちらに来る直前に父から受けた暴力に比べると軽いものだ。
だがそんなことを口にすれば心配させるだけだし、透花が断ったところで医者に診てもらうことは確定なのだからと申し訳なく思いつつも大人しくしておいた。

「トーカ、念のため聞くけど容器の中身には触れていないね?」
「うん、受け取っただけで中を開けてもないから新品だよ」

透花が答えるとフィルはにっこりと笑って軟膏をポケットにしまったが、すぐに苦しそうな表情に変わる。

「ごめんね、トーカ。僕が人選を見誤ったせいで君を辛い目に遭わせてしまった」
「フィルのせいじゃないよ。私が御子らしくないせいで、ネイワース侯爵夫人を失望させてしまったの」
「あれの言うことは気にしなくていい。そもそも御子が完璧な存在だと思っている時点で間違いだ」

メリルのことを最早名前でも呼びたくないらしい。嫌悪感を露わにしたフィルはメリルに本気で腹を立てているようだ。

「女神の愛し子といえども人である以上、全ての御子が清廉潔白で慈愛に溢れた人物とは限らないんだよ。だからそんな理由でトーカを傷付けたことは許されることじゃない。それに僕は御子がトーカで良かったと思っているんだ」

少しだけ言葉を和らげると、フィルは透花の肩にそっと唇を落とす。

「っ、フィル様!」
「痛かった?早く治るようにおまじないだよ」

『痛いの痛いの飛んでけ』と同じようなものだろうか。手ではなく唇なので動揺してしまったが、子供向けのものと思えば恥ずかしく思う方がおかしいのだろう。

「怪我が治るまで御子教育は中止だよ。僕もしばらくは仕事がないし、友達として一緒に過ごそう」

御子教育が進まずに申し訳なく思う気持ちと、友達として過ごそうと言われて喜ぶ気持ちが一緒になって、どうしていいか分からない。

(……あっ、友達って何をしたらいいんだっけ?)

菜々花の周りにはいつも友達がいたけど、透花は違う。
名前の響きが好きだと言ってくれた友達も、結局は離れていってしまった。彼女は透花の瞳について何も言わなかったが、やっぱり不快だったのだろうか。

突然告げられてしまった言葉に当時はショックしかなかったが、もしも透花が彼女の不満に気づけていたら、そしてそれを改善することが出来たのなら、まだ友達でいられたのかもしれない。

「フィー、もしも私の言動で不快になったり困らせたりしたら、教えてくれますか?わ、私、フィーとずっと友達でいたいから」

勇気を振り絞って告げるとフィルは瑠璃色の瞳を瞠ったが、すぐに優しい眼差しを向けて透花の頭を撫でてくれた。

「うん、伝えるよ。僕もトーカとはずっと友達でいたいから、トーカも僕への不満や困ったことがあったら教えてね」

何でもないただの会話なのに、言いたいことが言えてそれが伝わったと分かることはなんて幸せなんだろう。
心がふわりと軽くなり、温かいお湯の中で身体が緩むような心地よさに透花は身を委ねたのだった。
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