引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~

浅海 景

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お茶会にて

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お茶会の場所はロイヤルガーデンという王族専用の庭園だった。色とりどりの花々が咲き誇る見事な風景だが、今の透花にはそれに愛でる余裕などない。

「トーカ様、いかがなさいましたか?」

フィルは透花を気に掛けるように声を掛けてくれるが、もっと別のことを気にして欲しいと心の底から思う。この場にいるのは国王陛下と王妃殿下だけだが、側には騎士や侍女たちが控えているのだ。

(せ、せっかくきちんと挨拶できたと思ったのに……!)

これでは台無しだと泣きたくなる透花にフィルはまったく気づいてくれない。

「ああ、気づかなくて申し訳ございません。こちらのタルトのほうがお好みでしたね?」

そう言ってフィルは再び透花の前にフォークを差し出したのだった。



つい先ほど、初対面で国王陛下から深く頭を下げて敬意を示された透花は緊張しながらも、同じように淑女の礼を返した。王妃殿下と比べればぎこちないが、それを指摘されることもなく、穏やかな表情で席を勧められた。
本心は分からないが、どちらの表情にも嫌悪感がなく微笑みを浮かべていることにほっとする。

「御子様にお会いできることを楽しみにしておりました。先日は我が国の民がご迷惑をおかけして大変申し訳なく思っております」
「お世話になっている身でご挨拶が遅れましたことを、お詫び申し上げます。私にも至らないことがあったかと思いますし、陛下の責任ではございませんので、お気になさいませんよう」

突然切り出された会話にどきりとしたが予想されていたことではあったので、透花は何とか事前に用意していた回答を口にした。

「見知らぬ場所で慣れない生活を送るご心労は計り知れませんわ。フィルに言いづらいことなどございましたら、わたくしにご相談いただければ幸甚でございます」
「ご配慮ありがとうございます、王妃殿下」

同性としての気遣いを見せる王妃殿下に恐縮しながらも、透花は口角を上げて微笑みの形を作る。優雅な微笑みとは言い難いだろうが、しっかりと相手の気持ちに感謝を伝えるためには表情も重要な要素なのだと言われ、練習に励んだのだ。

「父上、母上、それぐらいでいいでしょう。顔合わせは済んだのですから、これ以上トーカ様に緊張を強いるのはお止めください」

話は終わりとばかりに、フィルが少し砕けた口調で告げると、雰囲気がふわりと変わった。

「そんなつもりはないが、お前はもう少し遠慮しなさい。御子様、愚息がご迷惑をお掛けしておりませんかな?」
「いいえ、フィル様にはいつも大変良くしていただいております」

窘める口調にも温もりがあり、国王ではなく個人として接してくれているのが伝わってくる。透花の緊張を和らげようとするフィルの意図を察してすぐに切り替えてくれたのだろう。

「なかなかわたくし達にも会わせてくれなかったから、変に拗らせていないか心配しておりましたの。昔からこの子は御子様に憧れていましたから」

茶目っ気のある表情で告げる王妃殿下に、国王陛下も同意するように苦笑いを浮かべた。

「母上、トーカ様の前で変なことを言わないでください。トーカ様のお好きなチェリーパイがありますよ。はい、どうぞ」

いつものように差し出されたフォークに、和やかだった空気がぴしりと凍った気がした。
そんな空気に気づかないのか、フィルはいつも通りに透花の世話を焼こうとしている。

(確かにいつもそうだけど……!)

傍から見れば御子の立場をいいことに王子であるフィルをこき使っているように見えるのではないか。自分の子供がそのような役割を強要されていると知れば、親としていい顔はしないだろう。

「フィル、おやめなさい。御子様を困らせてはいけませんよ」

二人に顔向けができず俯いてしまった透花を助けてくれたのは、王妃殿下だった。溜息交じりの声に透花が恐る恐る顔を上げると、眉を下げて困ったような表情でフィルを見ていた。

「これはエリックの時以上だな……。御子様、どうもこの子は身内や護るべき相手に対しては過保護なようで、悪気はないのです」
「怪我をしていらっしゃるのですから当然でしょう?」

フィルは自分の行動に無自覚らしく不思議そうにしている。誤解をされていないようでほっとした時のことだった。

「御子様、女性同士で少しお話しませんこと?温室の薔薇が見頃ですのでご案内いたしますわ」
「母上――」
「貴方ではなく、御子様にお伺いしているのです。先に答えるなら越権行為とみなしますよ」

柔らかな口調から一転、反論を許さないような声に透花は息を呑んだ。二人で話すことに不安はあるが、最初の言動に切り替えたのであれば王妃として透花に話があるのだろう。

「はい、よろしくお願いいたします」

不安そうなフィルに視線で大丈夫だと告げて、透花は席を立った。心臓がこれまで以上に早くなって足が震えそうだ。

アーチなどで見えなかったが、すぐそばに温室があり王妃殿下に続いて中に入ると温かい空気とともに華やかな香りに包まれた。
ソファーに腰掛ける王妃殿下の表情からは感情が読み取れない。

「ネイワース侯爵夫人とはよくお茶会で顔を合わせる機会がありましたの」

そう口火を切った王妃殿下に透花は身を固くする。メリルの処分がどうなったのか、フィルが何も話さないことを理由に透花から尋ねることもしていなかった。

もっと早く誰かに相談していれば、メリルの行為がエスカレートすることもなく、捕らえられることもなかったかもしれない。
そう考えると自分の殻に閉じこもっていたことへの罪悪感に胸が苦しくなる。

「あの方と特別に親しかったわけではございませんので、誤解なさいませんよう。ある程度の分別は持ち合わせているようでしたが、若い頃は王妃の座も狙っているような権力欲の強い方でしたわ」

透花の動揺を宥めるように少しだけ声を和らげたが、この話がどこに行きつくのか想像もできず透花は不安を抱いたまま、耳を傾けていた。

「御子様は我が国だけでなく、この世界においても尊いお方ですわ。ですから御子様には身分相応の振る舞いを身に付けて頂かなくてはなりません」

この世界には基本的に王族、貴族、平民と明確な身分制度があり、ハウゼンヒルト神聖国も例外ではない。唯一異なるのは御子の存在で、国王と同等の身分を保証されている。

そんな待遇を保証されているのは女神の愛し子を護るためであり、またそれは御子に関わる人々のためでもある。
御子を傷付ければ、より高い代償を支払うのは加害者側の方だからだ。自業自得ではあるものの、身分ゆえに厳しい量刑を与えられることになる。

女神を崇拝する国であってもその信仰度合いは人それぞれで、寄る辺ない御子を利用しようとする輩は存在する。女神の怒りに触れれば御子が現れず魔物が跋扈する土地に変わる可能性だってあるのに、私利私欲に走る者はそんなことを考えないのだろう。

「わたくしは侯爵令嬢でしたので幼い頃からそのような環境に慣れているつもりでしたが、それでも王妃になった当初は戸惑うこともございました」

自分の何気ない発言や振る舞いが周囲に与える影響は大きい。家族であっても自分に害を与える行為だと見なされれば処罰の対象になるのだ。

「お力添え頂く御子様に不自由を強いてしまいますが、そのようなお立場であることをご承知おき頂かなくては却って御子様を苦しめてしまうかと思いましたの」
「王妃殿下……ありがとうございます」

最初は叱責されるのだろうかと構えていたが、フィルとは別の意味で案じてくれていることが伝わってきた。透花が感じていた後ろめたさは残っているが、これからどうすれば良いのか理解できたことで、重苦しさが軽くなる。

「御子様、ご不快でしたら申し訳ございません。お辛かったでしょう」

労わるように腕をさする王妃殿下の手は温かく、言葉が沁みこむと同時にぽろりと涙がこぼれた。

「あ……も、申し訳――」
「良いのですよ。公の場ではないのですから、今は我慢なさらないでください」

身分に相応しい振る舞いをと言われたばかりなのに、と焦る透花に王妃殿下は優しく声を掛け、背中を撫でてくれる。
フィルと同じ対応に母子だなと頭の片隅で思いながら、透花は王妃殿下の優しさに甘えたのだった。
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