引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~

浅海 景

文字の大きさ
24 / 56

心境の変化

しおりを挟む
涙が止まりようやく透花が落ち着くと、王妃殿下自らお茶を淹れてくれた。涙と一緒にもやもやしていた気持ちが洗い流されたようで、すっきりとした気分だ。

「お恥ずかしいところをお見せして、申し訳ございません。本当にありがとうございます」

透花自身がどうあれ、御子としての立場にいる以上、言動に気を付けていかなければならない。フィルは透花の意思を尊重してくれるが、きっとそれだけでは駄目なのだと王妃殿下の言葉で気づかされた。

「何かお困りのことがございましたら、いつでもご相談に乗りますわ。……まあ、あの子も堪え性がないこと。御子様、貴女の騎士が参りましたわ」

苦笑する王妃殿下の言葉に振り向くと、フィルがこちらに向かってくるのが見えた。

「……王妃殿下、御子様の御目が腫れているようですが?」

透花の顔を見るなり眉を顰めたフィルは、冷ややかな口調で王妃殿下に問いかけている。

「フィル様、これは私が勝手に……その、王妃殿下に甘えてしまった結果なのです」

慌てて透花が説明するが、フィルは納得していないのか王妃殿下に厳しい視線を向けたままだ。

「陛下からもお話があったでしょう?排除するばかりが護ることになるとは限りませんよ。御子様、わたくしと陛下は失礼いたしますが、良ければごゆっくりなさってくださいね」

王妃殿下が立ち去ると、フィルは透花の目元にそっと手を添えた。

「……泣いておられたのですね」
「はい、王妃殿下が私のことを案じて寄り添ってくださったのが何だかとても……嬉しかったのだと思います。ふふっ、王妃殿下はフィル様と似ていますね」

悄然としていたフィルの表情が複雑そうなものに変わる。

透花自身も泣いている理由がよく分からなかったが、恐らくは王妃殿下の持つ母性に触れたからではないだろうか。幼い頃の自分が欲しかった言葉を与えられて、心の底に眠っていた色々な感情が涙となって溢れ出したのだろう。

「フィル様、私もっと学びたいです。御子の力だけじゃなくて立場に応じた言動が出来るように頑張ります。だから、フィル様も手伝ってくれますか?」
「トーカ……今回のことは僕の不手際によるものでトーカは気にしなくていいんだよ」

眉を下げたフィルは躊躇うように告げるが、透花は首を振った。

「私も知らないといけなかったの。フィーが守ってくれるのは嬉しいけど、ちゃんと知って判断できるようになりたい」

知ることで不自由さや責任が伴うこともあるだろう。でも透花が御子である以上、それは避けては通れないものだ。フィルが透花に負担を掛けないよう心を砕いてくれるのは分かっているが、いつまでも頼ってばかりではいられない。

「トーカは強くて優しい子だね」

フィルの手が透花の頭を撫でる。以前は無意識に怖がってしまっていたけど、今ではふわふわと溶けていくような感覚が心地よい。

「せっかくだからもう少し庭を散策してみようか?トーカに見せたいものがあるんだよ」

当然のように差し出された手は温かくて安心する。

(頼ってばかりでは友達でいられない)

唯一の友人だったあの子に、きっと透花は依存し過ぎたのだと思う。話しかけてくれることが、一緒にいてくれることが嬉しくて無意識に縋ってしまったのかもしれない。

(変わりたいな……)

臆病ですぐに逃げ出してしまう自分のままでは、フィルと友達だなんて自信を持って言えない。フィルが過保護なのは透花が不安定だからでもあるのだが、優しさに甘えすぎればきっと負担になってしまう。

自分の思考に没頭していた透花はフィルが足を止めたことで顔を上げて、息を呑んだ。

「――っ、桜……?」

大きな木の枝いっぱいに薄紅色の花が咲いていて、時折はらはらと花びらが落ちていく。

「やっぱりトーカも知っているんだね。先代の御子様がお好きな花で苦労して取り寄せたそうだよ」

実物の桜を見るのは何年振りだろうか。学校に通っていた頃でさえ俯いてばかりいた透花は地面に落ちた花びらしか見ていなかった気がする。

「トーカ、そのまま見ていてね」

フィルに言われるまま桜を見ているとふわりとした風が枝を揺らし、花びらが雪のように風を舞う。青い空と薄紅色のコントラストが綺麗で思わず手を伸ばすと、小さな花片が手の中に落ちてきた。

「フィー、ありがとう。すごく……綺麗だね」

もっと相応しい言葉がある気がするのに、月並みな言葉しか出てこない。それでもフィルは満足そうな笑みを浮かべて頷いてくれた。

「どういたしまして。もう一度しようか?」
「ううん、大丈夫。見ているだけでも綺麗だし、あまり早くに散ってしまうのは勿体ないから」

こんな風に空の下で誰かと一緒に桜を眺める日が来るなんて、何だかとても不思議な気がした。他の人にとっては当たり前のことかもしれないが、透花にとってはまるで奇跡のように思える。

(これからはこの世界で御子として生きていくんだ)

この世界に来た日からそう説明されていたのに、今更ながら腑に落ちたような感覚が湧いた。鈍い自分に呆れながらも、変わりたいと決めたからこそ訪れた心境の変化なのかもしれない。

言葉を交わさなくても気まずさはなく、穏やかな気分で透花は桜を眺めていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

差し出された毒杯

しろねこ。
恋愛
深い森の中。 一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。 「あなたのその表情が見たかった」 毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。 王妃は少女の美しさが妬ましかった。 そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。 スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。 お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。 か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。 ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。 同名キャラで複数の作品を書いています。 立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。 ところどころリンクもしています。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

逆行したので運命を変えようとしたら、全ておばあさまの掌の上でした

ひとみん
恋愛
夫に殺されたはずなのに、目覚めれば五才に戻っていた。同じ運命は嫌だと、足掻きはじめるクロエ。 なんとか前に死んだ年齢を超えられたけど、実は何やら祖母が裏で色々動いていたらしい。 ザル設定のご都合主義です。 最初はほぼ状況説明的文章です・・・

薬師の能力を買われた嫁ぎ先は闇の仕事を請け負う一族でした

あねもね
恋愛
薬師として働くエリーゼ・バリエンホルムは貴族の娘。 しかし両親が亡くなって以降、叔父に家を追い出されていた。エリーゼは自分の生活と弟の学費を稼ぐために頑張っていたが、店の立ち退きを迫られる事態となる。同時期に、好意を寄せていたシメオン・ラウル・アランブール伯爵からプロポーズを申し込まれていたものの、その申し出を受けず、娼館に足を踏み入れることにした。 エリーゼが娼館にいることを知ったシメオンは、エリーゼを大金で身請けして屋敷に連れ帰る。けれどそこは闇の仕事を請け負う一族で、シメオンはエリーゼに毒薬作りを命じた。 薬師としての矜持を踏みにじられ、一度は泣き崩れたエリーゼだったが……。 ――私は私の信念で戦う。決して誰にも屈しない。

姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚

mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。 王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。 数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ! 自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。

ラディ
恋愛
 一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。  家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。  劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。  一人の男が現れる。  彼女の人生は彼の登場により一変する。  この機を逃さぬよう、彼女は。  幸せになることに、決めた。 ■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です! ■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました! ■感想や御要望などお気軽にどうぞ! ■エールやいいねも励みになります! ■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。 ※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。

悪夢から逃れたら前世の夫がおかしい

はなまる
恋愛
ミモザは結婚している。だが夫のライオスには愛人がいてミモザは見向きもされない。それなのに義理母は跡取りを待ち望んでいる。だが息子のライオスはミモザと初夜の一度っきり相手をして後は一切接触して来ない。  義理母はどうにかして跡取りをと考えとんでもないことを思いつく。  それは自分の夫クリスト。ミモザに取ったら義理父を受け入れさせることだった。  こんなの悪夢としか思えない。そんな状況で階段から落ちそうになって前世を思い出す。その時助けてくれた男が前世の夫セルカークだったなんて…  セルカークもとんでもない夫だった。ミモザはとうとうこんな悪夢に立ち向かうことにする。  短編スタートでしたが、思ったより文字数が増えそうです。もうしばらくお付き合い痛手蹴るとすごくうれしいです。最後目でよろしくお願いします。

処理中です...