引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~

浅海 景

文字の大きさ
38 / 56

拒絶

しおりを挟む
「おはよう、トーカ。昨日は来られなくてごめんね。ゆっくり休めた?」

いつも通りのフィルの笑顔に、透花は拍子抜けしたような気分になったが、同時にひどく安心している自分に気づいた。

「おはよう。昨日は授業もお休みだったからゆっくり出来たよ。ありがとう」

心配していたよりも、するりと言葉が出てあんなに悩んでいたのが馬鹿馬鹿しく思えてくる。
あれからフィルは自分の勘違いに気づいたのだろう。あの事に触れさえしなければ、きっと以前のように友達でいられるはずだ。

(もうパーティー全体について話題に出さなきゃいいんだよね。あ、でもそうすると噂のことも聞いちゃ駄目かな?ネイワース伯爵令嬢の処罰も気になるんだけど……)

陛下は言及しなかったが、どんな噂が流れていたのか知っておいたほうがいいと思っていたのだ。自分に関係することだし、何かのきっかけで悪意を持って聞かされるより嫌な気持ちにならないだろう。

「トーカ、何か悩んでいることでもあるの?もしそうなら遠慮せずに教えてほしいな」

考え事に耽っていたせいかフィルは心配そうな口調で訊ねたあと、何故か透花の隣に腰を下ろした。どうして場所を変えたのだろうと不思議に思っていると、フィルは小さな笑みを浮かべる。

「良かった。僕の好意を不快に感じているわけではないんだね?」
「っ、フィー?!」

さらりと告白のことを口にしたフィルに、透花は勘違いに気づいたのではなかったのかと愕然とした。このままなかったことになるのだろうと考えていた透花は、どう反応していいか分からない。
そんな透花を見て、フィルは柔らかく目を細めて言った。

「あのタイミングで言うべきことじゃなかったけど、あれは間違いなく僕の本心だよ。僕はトーカを心から愛しく想っている。だけど僕が勝手にトーカを好きになっただけで、トーカは何も気にしなくていいからね」

透花に負担を掛けないように気遣ってくれているのが伝わってくる。だがそのことを嬉しく思うよりも、不安と混乱が一気に押し寄せて来る。

(フィーが私のことを愛してる……?)

その可能性を考慮しなかったのは、あり得ないことだと認識していたからだ。そして今、そんなフィルの言葉に透花は嫌な予感を覚えている。

「急にそんなこと言われて戸惑わせてしまっているけど、トーカを困らせたいわけじゃないんだ。トーカが許してくれるならこれまで通り側にいさせてほしい」

(……これまで通りに?)

友達だったらずっと一緒にいられたかもしれない。だけど片方の気持ちが変わってしまったなら、友達のままでいられないのだ。透花が何もしなくても、恋人になったとしても、気持ちが冷めてしまったら、もう元の関係には戻れないだろう。

(そうしたら……フィーがいなくなってしまう)

そう考えた途端に、見えない手で首を絞められているかのように、上手く息が出来なくて苦しい。

「っ、トーカ!?どうして…………ごめん、僕が悪かった。お願いだから泣かないで」

狼狽した声と胸が苦しくなるような懇願が痛いほど伝わってくるのに、透花のなかにどろりとした黒い気持ちが広がっていく。

(この関係を壊そうと、変えようとしているのはフィーなのに……)

狡いと思ってしまったのだ。言い出したフィルがどうしてそんなに辛そうな表情をするのか。

友達だって言ってくれて嬉しかった。フィルと一緒に過ごす時間が、他愛ないお喋りがとても楽しくて幸せだったのだ。

それをいとも簡単に悪気なく取り上げてしまったフィルに対して、負の感情が急速に膨らんでいくのを止められない。

(一緒にいたかっただけなのに……)
嫌われたくないと思ったし、側にいたいと望んだけど、これは違う。自分が誰かに愛されることはないのだから。

愛して欲しいと願ったことはある。だけどそうやって伸ばした手は何度も振り払われて握り返してはくれなかった。稀に気まぐれのように差し伸べられた手も、結局はすぐに他の誰かを選ぶ。
父に殴られた痛みや、透花をいない者として扱う母の横顔を思い出す。

『あんたなんか大っ嫌い!』
家族にさえ愛されなかったのに、他人が愛してくれるはずがない。

『もう一緒にいたくないの』
あんなに一緒に笑っていたのに、突然背中を向けられる。

「トーカ」

もうあんな思いはしたくないし、これ以上何も聞きたくない。

「フィーの嘘吐き!友達だって言ったのに」

涙で滲む視界の中でも、はっきりとフィルの傷つく顔が見えた。好意を向けてくれた相手に自分勝手で傲慢な言葉を投げつけたのだから、もう友達になんか戻れない。

(どうせもう戻れないなら、壊れてしまっても同じこと)

瑠璃色の瞳と大切にしていたスノードームが重なって粉々に砕け散る音が聞こえた気がした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

差し出された毒杯

しろねこ。
恋愛
深い森の中。 一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。 「あなたのその表情が見たかった」 毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。 王妃は少女の美しさが妬ましかった。 そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。 スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。 お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。 か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。 ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。 同名キャラで複数の作品を書いています。 立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。 ところどころリンクもしています。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

逆行したので運命を変えようとしたら、全ておばあさまの掌の上でした

ひとみん
恋愛
夫に殺されたはずなのに、目覚めれば五才に戻っていた。同じ運命は嫌だと、足掻きはじめるクロエ。 なんとか前に死んだ年齢を超えられたけど、実は何やら祖母が裏で色々動いていたらしい。 ザル設定のご都合主義です。 最初はほぼ状況説明的文章です・・・

薬師の能力を買われた嫁ぎ先は闇の仕事を請け負う一族でした

あねもね
恋愛
薬師として働くエリーゼ・バリエンホルムは貴族の娘。 しかし両親が亡くなって以降、叔父に家を追い出されていた。エリーゼは自分の生活と弟の学費を稼ぐために頑張っていたが、店の立ち退きを迫られる事態となる。同時期に、好意を寄せていたシメオン・ラウル・アランブール伯爵からプロポーズを申し込まれていたものの、その申し出を受けず、娼館に足を踏み入れることにした。 エリーゼが娼館にいることを知ったシメオンは、エリーゼを大金で身請けして屋敷に連れ帰る。けれどそこは闇の仕事を請け負う一族で、シメオンはエリーゼに毒薬作りを命じた。 薬師としての矜持を踏みにじられ、一度は泣き崩れたエリーゼだったが……。 ――私は私の信念で戦う。決して誰にも屈しない。

姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚

mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。 王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。 数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ! 自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。

虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。

ラディ
恋愛
 一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。  家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。  劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。  一人の男が現れる。  彼女の人生は彼の登場により一変する。  この機を逃さぬよう、彼女は。  幸せになることに、決めた。 ■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です! ■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました! ■感想や御要望などお気軽にどうぞ! ■エールやいいねも励みになります! ■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。 ※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。

バイトの時間なのでお先に失礼します!~普通科と特進科の相互理解~

スズキアカネ
恋愛
バイト三昧の変わり者な普通科の彼女と、美形・高身長・秀才の三拍子揃った特進科の彼。 何もかもが違う、相容れないはずの彼らの学園生活をハチャメチャに描いた和風青春現代ラブコメ。 ◇◆◇ 作品の転載転用は禁止です。著作権は放棄しておりません。 DO NOT REPOST.

王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 
恋愛
男しか爵位を受け継げないために、侯爵令嬢のロザリーは、男と女の双子ということにして、一人二役をやってどうにか侯爵家を守っていた。18歳になり、騎士団に入隊しなければならなくなった時、憧れていた第二王子付きに任命されたが、だが第二王子は90日後・・隣国の王女と結婚する。 女として、密かに王子に恋をし…。男として、体を張って王子を守るロザリー。 そんなロザリーに王子は惹かれて行くが… 本篇、番外編(結婚までの7日間 Lucian & Rosalie)完結です。

処理中です...