一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景

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聖女の嘆願

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翌日は招待客への別れの挨拶をカイルとともに行うことになっている。見送りを終えるまでスケジュールは分刻みで押さえられているのだ。
そのため朝食の席でミシェルより渡されたカナからの手紙を読んで、シャーロットは迷っていた。

帰国前にどうしても会って伝えたいことがあるのだと綴られてはいるが、肝心の内容には一切触れられていない。直接伝えたいという気持ちだけなら問題ないが、文字に残すと良くない内容ではないかと邪推してしまうのはシャーロットの立場からすれば仕方のないことだった。

多少交流はあったとはいえ、王太子の婚約者と元婚約者という複雑な関係でもある。手紙で告げられないような話であれば、皇帝の婚約者であるシャーロットの立場としては断ったほうが無難なのだ。
それなのにシャーロットを逡巡させるのは、昨晩見たカナの様子とスオーレ領主夫人から聞いたリザレ王国の噂が原因だった。

(カナ様は悪意を抱いていらっしゃるように見えなかったわ。裏表がない方で婚約解消の時も申し訳なさそうにしていたもの。それにリザレ王室の権威が不安定ならばお父様が心配だわ)

王室の権威が揺らげば国そのものが揺らぎかねない。個人的な感情はさておき、サイラスならば宰相として国を守るため奮闘しているに違いなかった。

「カイル様、私はカナ様とお話してみたいと思っておりますわ」

公務を蔑ろにしてまで時間を割くのは心苦しかったが、気にかかっているのも事実だ。迷った挙句、シャーロットはカイルに相談することにした。以前であればこんな些細なことでカイルを煩わせるのはと躊躇していたが、一人で考えた結果がカイルに迷惑を掛けることに繋がるかもしれない。
そう気づいて最初から相談したほうが良い場合もあるのだと考えられるようになった。

一緒に朝食を摂っていたカイルはシャーロットが手紙に目を通し思案している間、黙って見守っていた。差出人がカナであることは手紙を受け取った時に告げられていたものの、シャーロットに宛てられた手紙を詮索せず、シャーロットに判断を委ねてくれたのだ。

「聖女の言動はこの世界の常識と異なるからな。他の貴族たちと違って思考が読めない分不安はあるが、ずっと気にかかった状態も良くないだろう。必ず侍女と騎士を同伴させるのであれば構わない」

見送りについても自分一人で大丈夫だと事も無げに告げるカイルに甘えて、シャーロットは了承を伝えるための手紙をミシェルに託したのだった。



指定した場所は離宮の庭園だった。王宮内は見送りの準備で慌ただしく、また公務を放棄して私的な面会を優先しているとシャーロットを快く思わない貴族から難癖を付けられないためだ。
やってきたカナは以前の明るい表情ではなかったが、シャーロットの姿に安心したように微かな笑みを浮かべた。

「どうぞ、お掛けになって」

遠回しにカーテシーは不要だと告げると、カナは軽く頭を下げて腰を下ろした。
じっとシャーロットを見つめるカナは自分が先に話しかけてはいけないと言い聞かされたのだろう。あまり時間を取れないこともあって、シャーロットは早々に本題に入ることにした。

「早速だけど、どういったお話なのかしら?」
「……あの、そちらの方たちには聞かれたくないんですけど」

シャーロットの傍に付き従う騎士と侍女のケイシーにカナは不満そうな表情を隠さない。

「ごめんなさいね。私の立場上、必要なことなの。ここで聞いた話をよそに漏らすことはないから安心してちょうだい」
やんわりと断るがカナはなおも食い下がってきた。

「せめてそちらの騎士の方は下がってもらえないですか?男性には聞かれるのはちょっと嫌なので」
シャーロットがちらりと騎士に合図を送ると、護衛できるギリギリの位置まで下がってくれた。流石にこれ以上は譲れない。



「もう誰も信じられてなくて——」

そう口火を切ってカナが話し始めたのは、カナがラルフの婚約者として認められ王宮で暮らし始めてからのことであった。
最初のうちは皆親切にしてくれていた。カナの容姿や性格を褒めそやし、ラルフとお似合いだと言ってくれていたのに、気づけば陰口や侮蔑の視線に晒されるようになったのだ。

「お友達だと思っていた令嬢も、自分のほうが王太子妃に相応しいといってラルフ様に近づくようになるし、教育係の人もシャーロット様と比較して溜息ばかりで見下してくるし、どんなに頑張っても誰も認めてくれないんです」

王太子妃教育は多岐に渡り内容も非常に難しい。6歳の頃から8年間で身に付け、その後は経験を積むためにカーリナ王妃の仕事を手伝っていたが、勉強と実務は別物だと思うことが何度もあった。それを知っている故にカナの苦しみや重圧も十分理解できるのだが、それを伝える相手として自分を選んだことについては腑に落ちないのだ。

(自国の令嬢には話せない内容だから私を頼ったとしても、一歩間違えば情報漏洩に繋がるわ。それに元婚約者の私にそんな話をするのは少々不躾よね)

ラルフのことを引きずっていたなら、カナの話は不快でしかないだろう。それでも切々と訴えるカナの様子に追い詰められているような危うさを感じ取って、シャーロットは静かに耳を傾けていた。

「私ではラルフ様の力になれないんです。ラルフ様は気にしなくていいと言ってくれますが、私のせいで王太子の地位を剥奪されるかもしれないっていう噂が広がっていて」
「カナ様」

悔しそうに両手を握り締め俯くカナは本当にラルフのことを想っているのだということが伝わってくる。
だが王太子剥奪という不穏な言葉にこれ以上内情に立ち入ってはいけないと思ったシャーロットが制止する前に、カナは衝撃的な言葉を告げた。

「ですからシャーロット様に正妃になるために戻ってきて欲しいのです。私は側妃としてラルフ様の傍にいられるだけで十分ですから」
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