喚ばれてないのに異世界召喚されました~不器用な魔王と身代わり少女~

浅海 景

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第2章

笑顔の代償

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「ユナ、街に出かけたいのか」
そう問いかけると彼女は困ったような顔をした。それから少しためらったあと、言葉を選ぶように口を開いた。

「特に何か目的があるわけではないのですが、街でいろんなお店を見るのも楽しいだろうなと思っただけです。でも買い物がすごく好きだというわけでもないので、大丈夫です」

どうやら自分に気を遣っているようだ。きっと快く思わないと思っているのだろう。そしてそれは間違ってはいない。アーベルから話を聞いたときには、あまりよい気分ではなかった。人の暮らしに触れて彼女が元の生活に戻ることを望んでしまったらと危機感を抱いたからだ。彼女の気持ちがいつまでも変わらないとは思えない。卑劣だとは分かっているが、可能なかぎり他者と引き離しておきたいと思っている。

だが自分のために遠慮する様子を見て、気が変わった。以前は手放せばもう二度と戻ってこないのだと思っていたけれど、彼女は自分を好きだと言ってくれたから。
あの言葉を信じてよいのなら、そして彼女の望むことなら叶えてやりたい。

「アーベル、ユナと街に出かける。準備をせよ」
そうシュルツが告げると、傍に控えていたアーベルは慌てたように進言する。

「恐れながら陛下が街に行かれることは賛同いたしかねます。陛下の魔力は強すぎて、魔術士に気づかれてしまう恐れがあります。そうなればあまり良くない結果になるかと」

気づかれたところで対処すれば問題ないが、人を傷つけることをユナは好まないだろう。だとしてもアーベルと行かせるという選択肢はない。先日ユナを害そうとしたことはまだ記憶に新しく、信用することができなかった。

「本当に大丈夫ですよ。そんなに行きたいわけでもないですから。それより、またいつか湖に連れて行ってもらえたら嬉しいです」

悲しませてしまった場所だからあまり良い感情を抱いていないかと思っていた。無論あそこならいつでも連れて行ってやれるが、街に行きたいと望んでいることも事実だろう。

「あ、あの!もしよろしければ私がお供いたします」
声のした方向に目をやると、ミアが茶を準備する手を止めて真剣な顔でこちらを見ていた。

同伴者としては問題ないが、護衛としては力不足の感がある。ユナに目を向けるとこちらの反応を窺うようにじっと見つめていた。その瞳に期待が混じっていることを感じ取ってシュルツは決断する。

「……いいだろう」
ユナがミアと顔を見合わせて、嬉しそうな表情を浮かべる。

「シュルツ、ありがとうございます! 楽しみです」
不安が完全になくなったわけではない。だがこの笑顔を見られるのならその価値はあるだろう。


「ねえミア、あれは何かな?」
「あれは薄く焼いたパンケーキの生地に蜂蜜やクリームをはさんだお菓子です。買ってきましょうか?」
「美味しそうだけど、他のお店もゆっくり見て回りたいから後にしよう」

姫様は興味深そうに辺りを眺めている。その楽しそうな様子を見て月に一度の朝市に合わせて正解だったとミアは思った。キュラードの朝市はひときわ賑やかでこの日限定の露店も多い。また近隣の街からもたくさんの人が訪れるため、自分のような魔物も紛れやすい。新鮮な野菜や果物などの生鮮食料品から古道具や雑貨、書物など多種多様な露店が並び、広場で大道芸や弾き語りなどが披露されている。いろんなお店を覗きながらゆっくり散策していると、あっという間に時間が過ぎてしまった。

「ミア、シュルツはどちらが好きだと思う?」
「陛…、あの方は姫様が選ばれたものでしたら、何でも喜ばれると思います」

露店に並んだ軽食を迷いながらも真剣な顔で選んでいる。ゆっくりして良いと言われていたが、お昼は城に戻って食べたいと姫様が望んだからだ。おそらくは陛下のことを気にしているに違いない。

(姫様も陛下のことを想ってらっしゃるんだなって分かるのは嬉しいな)

魔物である以上、陛下の圧倒的な強さに畏怖の念を抱かずにはいられない。それゆえに本能的に従ってしまうのだが、姫様は親しみやすく護ってあげたいと思わせるような可愛らしい人だ。そんな二人の傍にいられることにミアは誇らしく、嬉しい気持ちで一杯だった。

買い物を終えると、そのままアーベルとの待ち合わせ場所に足を向ける。
さすがに街の中で転移魔法を使う訳にもいかず、町はずれである森の入口で落ち合うことになっていた。時間を気にする素振りの姫様を見て、ミアは近道を通ることにした。路地が入り組んでいるため迷いやすいが、森へ抜けるには一番早い。ミアも何度か通ったことがある道だったので迷うことなく通りを二度曲がると、街の喧騒があっという間に遠のき二人の足音しか聞こえなくなった。

「この道、通って大丈夫なの?」
不安を抱いたのか姫様が確認するように言った。

「何度か通ったことがありますから大丈夫ですよ。ちゃんと道は覚えています」
「そういう意味ではないんだけど。…うーん、一人の時は通らないほうがいいと思うな。ミアは女の子だし」

(……えっと私、魔物ですよ?)
そう答えようとしたとき、前方から足音が聞こえた。顔を向けると風体の良くない二人組の男が路地裏から出てきたところだった。こちらに気づくとにやけた表情でお互いの顔を見合わせる。ミアは危険を察してすぐさま姫様を後ろに庇う。

「ミア!」
心配そうな声が背後から聞こえた。姫様は知らないが、自分は見かけよりもずっと力があるし魔術も僅かながら使うこともできる。

「大丈夫です」
安心させるように笑いかけて、男たちのほうに鋭い視線を向ける。

「迷子かい、嬢ちゃんたち」
大柄な中年の男が声を掛ける。

「この辺りは治安があまり良くないからな。人攫いや強盗に遭うといけねえ。俺たちが送っていってやろうか」
言葉だけを聞くと親切そのものだが、目と表情を見れば正反対のものであることが明白だ。
「結構です」

そう言うなりミアは大柄な男の腹を思い切り殴り飛ばした。虚を突かれた男は後ろにいたもう一人の若い男を巻き添えにして地面に転がる。命を奪う必要はないが、とりあえず気絶させておくべきだろう。

そう判断してもう一発ずつ頭部に蹴りを入れようと近づいたとき、若い男がミアに向かって何かを投げつけた。咄嗟に足を引いて避けたが、すぐ足元で瓶が割れる。その途端に目に激痛が走り、涙が止まらなくなってしまった。おまけに呼吸をしようにも噎せてしまう。

「ミア!」
すぐ近くで姫様の声がして、腕を引っ張られる。数歩移動するが、そのままよろけて地面に膝をついてしまう。次の瞬間、顔に冷たい液体がかかった。

「ミア、水で洗い流すから、頑張って目を開けて!」
姫様の言葉で先ほど瓶に入っていたものは香辛料の類だと悟った。それも特別辛いものらしく、この激痛は粉が舞い上がって目や気管に入ってしまったせいだ。

「ガキが、ふざけた真似しやがって!」
怒りに満ちた男の声が聞こえた。

(まずい!この状態では姫様を守れない!)
「姫様——けほっ……逃げっ、くらさい!」
未だに痛む喉で呂律が怪しいが、必死で声を絞り出す。

「姫様だってよ。貴族の娘なら、高く売れるぜ」
「分かった。所持金はそのまま渡すし大人しく付いていく。だからこの子には手を出さないで」
姫様が静かな口調で告げるが、その声が僅かに震えている。

「冗談だろう!そのガキには殴られた分倍にして返してやらなきゃ気が済まねえ」
「この状態を見れば既に報復は済んでいるでしょう。まだ不満なら私が代わりに受けるから」
「泣かせる話だが、商品に傷をつけるほど馬鹿じゃない」
すぐ近くで若い男の声が聞こえて、囲まれていることが分かった。姫様を逃がそうにもどうすることも出来ない。

「馬鹿じゃないのなら、この子を痛めつけるより私の提案を受けたほうがいい。騒ぎを聞きつけて邪魔が入る前に」
「……ちっ、さっさと付いてこい」 
中年の男が舌打ちと共に吐き捨てる。

「駄目!姫様?!」
「ミア、そこにいなさい。大丈夫だから」
まだ戻らない視力で立ち上がろうとするが、バランスを崩して地面に倒れこむ。足音が遠ざかっていく。

(姫様を助けなきゃいけないのに、どうしよう!)
焦りで真っ白になるミアの耳に、突然男たちの悲鳴が聞こえてきた。

「うおっ、痛てぇ! 何だ、この鳥⁉」
「たかが鳥ぐらいでびびってんじゃねぇよ! さっさとずらかる―うっ」

男たちの驚きと苛立ちの声が合図になったかのように鳥の羽音が聞こえた。一羽ではなく、何十羽という鳥の羽音があらゆる方向から聞こえてくる。

「ひいっ!なんでこんな数の鳥が……」
「その方から手を離せ」
冷たい声が聞こえた途端に呻き声が上がる。何とか目をこらすと滲んだ視界に見慣れた方の姿と、地面に倒れた二人組の姿があった。

「アーベルさん、ありがとうございます。ミア、大丈夫!?」
姫様が駆け寄ってきて、気遣うように肩に手を添えてくれるが、ミアは慌てて頭を下げる。

「姫様、アーベル様、申し訳ございません!」
ミアはうずくまったまま謝罪する。

「大丈夫だから。それより手当しなきゃ」
「大丈夫ではありません。早急に戻らなくては。陛下が……ご心配されています」

淡々と告げるアーベルの声は深刻な響きを帯びていた。
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