召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景

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失敗と謝罪

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「――!!んぅーーーー!!!」
「大人しくしないと、いつまでもこのままだぞ」

背後から羽交い絞めにされたと気づいた瑛莉が必死で抵抗していると、耳元で聞き覚えのある囁き声が落ちた。驚いて動きを止めれば相手の力も少し緩む。


「叫ばないと約束するなら手を離してやる。約束するか?」
二回頷くとようやく口元から手が離れ、瑛莉が振り向くとそこにはディルクの姿があった。
無言でこちらを見据える眼差しにはどこか冷やかな怒りのようなものが感じられて、それにカチンときた瑛莉はディルクを無言で睨みつける。
互いに睨み合った後、うんざりしたような溜息を吐いて口火を切ったのはディルクだった。

「――どれだけ無謀な真似をしたのか分かっているんですか?」

突き放したような口調がさらに苛立ちが募り、瑛莉は自分がディルクのことを多少なりとも信用していたのだと気づく。普段嫌がらせをしてくる貴族たちならまたかと流されることなのに、ディルクの口調の変化に反発心が生まれる。

(今は駄目。切り替えて他の方法を考えないと……)

ディルクに見つかってもなお、瑛莉は他に逃げ道がないか模索していた。
今回は上手くいったが、そう何度もボルダリングの真似事が出来るとは思わない。怪我が治せるとしてもその時の痛みは免れないのだ。

「――まったく、もう少し賢いと思ってたんだがな」
無言で睨み続ける瑛莉に業を煮やしたのか、ディルクは呆れたようにため息を吐く。

「もう少し我慢しろ。今よりも力が使えるようになればあいつらも態度を変えざるを得ないし、ある程度自由も聞くようになるだろう。ここから逃げ出したところで、お前みたいな世間知らずの子供は騙されて売られるか飢え死ぬかどちらかだ」

諭すようなディルクの口調も、無責任な希望的観測と断定的な言葉も許容範囲を超えていた。
召喚されてからどれだけ我慢をしてきたのだろうか。理不尽なことばかり要求されているにもかかわらず、最低限の生活まで脅かされているのにこれ以上我慢など出来るはずがない。

「どいつもこいつも勝手なことばかりだな!勝手に呼んで聖女にしておいて、王子様の婚約者とか、どれも私が望んだことじゃない!大体今の生活と外の生活に何の違いがあるんだよ。頭を下げて媚びへつらえば確かにパンの一つも恵んでもらえるかもしれないが、自分の尊厳を踏みにじるような真似などごめんだな!!」

「おい待て、落ち着け。ちょっと聞き流せないことが――」
瑛莉の剣幕にディルクは一瞬怯んだようだが、宥めようと声を掛け伸ばした手を瑛莉は乱暴に払いのけた。

「触るな!!部屋に戻ればいいんだろう!」

荒れ狂う感情の中、今日のところは逃げ出せないのだと頭の片隅で冷静に判断していた。悔しさを堪えながらも瑛莉は部屋に駆け込んで、悔しさに歯噛みする。

(……何でバレたんだろう。それぐらい聞いとけばよかった)

さんざん心の中で悪態をつき落ち着きを取り戻した頃、心身共に疲弊した瑛莉はそんなことを考えながら眠りに落ちていった。


「おはようございます」
「……出ていけ」

何事もなかったかのようにいつもの笑顔を張り付けて入ってきたディルクに瑛莉はぶっきらぼうに返した。もはやディルク相手に取り繕ったところで意味がないし、空腹で胃が痛むためそんな気力もない。

「昨日は俺も悪かった。詫びの意味も込めているから受け取ってくれ」

丁寧な口調を崩してテーブルの上に置かれた紙包みからは、食欲をそそる匂いがする。だがなおも警戒する瑛莉に苦笑しながら、ディルクが包みを開けると鶏肉やハム、トマトやレタスなどがたっぷりつまったバゲットサンドが出てきた。

「ほら、謝罪の品なんだから食ってもらわないと俺が困る」

これが嫌がらせでない保証などどこにもないのだ。朝食の時間なのに本来届くべき食事が届かず、ディルクがわざわざ持ってくるもの怪しい。

「変な物なんか入ってないぞ?用心深い奴だな」

そう言ってディルクはバゲットサンドを一つ手に取ると、半分ほどかじってどうだと言わんばかりに瑛莉に目を向ける。
考えを見透かされたことが面白くないが、これ以上意地を張っても自分が損をするだけだ。

「――邪魔したことは許してないからな」
そう言って瑛莉がバゲットサンドを口に運べば、ディルクは苦笑を浮かべながらもどこか優しい目で見つめていた。


「また来たのか」
露骨に嫌な顔をする瑛莉にディルクは何故か笑いをかみ殺している。

「いや、隠さなくなったと思ってな」
「お前相手に表情を取り繕うのがもったいない。何の用だ」

本来なら王子妃教育の時間だが、バロー夫人は姿を見せなかった。代わりに大量の本が届けられたので、自分で勉強しろということらしい。瑛莉は暇つぶし程度に一般常識や貴族とのやり取りに必要そうな部分だけ目を通していた。

「これからは俺の食事もこっちに運んでもらうことにした。仕事の都合で難しい場合もあるが、基本的には一緒に摂れると思う」
「は?何で?」

瑛莉が質問したタイミングでノックの音が聞こえて、何故かディルクが返事をする。
エルヴィーラともう一人の侍女がワゴンを運んできて、手際よくテーブルの上を整えていく。
名も知らない侍女はどこか真剣な表情でちらちらとディルクの様子を窺っているが、ディルクは気にした様子もなく、目を合わせることもない。
給仕を終えて二人が出ていくと、瑛莉は無言でディルクに問いかける。

「一応俺も貴族だからな。冷めないうちに食え」
「こんなことをする理由を教えろ」

前菜、スープ、メイン、パン、デザートが並べられた食卓は初日以外に目にしなかった品数とボリュームだ。これがディルクの働きかけであることは分かったが、ディルクのメリットがどこにあるのかが分からない。

「俺はお前の――聖女の護衛騎士だ。主の心身の健康を保つことも大事な仕事の一つなんだよ。それに気づかなかったのは俺の失態だ。これも詫びのうちに入るんだからそう警戒するな」

少しはぐらかされたような気もしたが、食事がとれるならやぶさかではない。
久しぶりの温かい食事は身体に沁み入るようで、瑛莉は考えを後回しにして食事に専念することにした。
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