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反撃
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「ということで、今日から差し入れは大丈夫だよ。今までありがとう」
「とんでもございません。良かったですね」
量や内容共に充実した食事が提供されるようになったことを告げれば、ジャンはほっとしたような優しい笑顔で喜んでくれる。外出後にディルクと交代制で護衛をしてくれるようになり、最初はお互い逃亡未遂の件で気まずく会話できる状態ではなかった。
だがディルクから食事の件で情報共有があったのか、たびたび新鮮な果物や野菜や肉がたっぷり入ったサンドイッチなどの差し入れをくれたり、細やかな気遣いを見せてくれたおかげで、今では外出時のように気安く話せるようになったのだ。
これは決して餌付けされたわけではなく、ジャンの人柄による部分が大きい。
「ディルクにもお礼伝えといてくれる?」
さりげない口調で伝えたのに、ジャンは申し訳なさそうな表情でこちらを窺うので少し居心地が悪い。
「エリー様、副隊長が申し訳ございません。いつもはあんな風ではないのですが……」
「気にしてないよ。お互い様だし、ディルクのほうが一枚上手だっただけだから。それとジャンがいつまでも気にしているほうが、負けた時のことを思い出して悔しくなる」
冗談めかして言えば、ジャンも察してくれて元の穏やかな笑顔を浮かべる。
(最初に出会った頃に戻った――ただそれだけのこと)
あれからディルクは軽口を叩くことも、気安い会話を交わすこともなく胡散臭い笑みを浮かべる騎士として振舞っている。ある意味立場的には当然の態度なのだが、一線を引かれたのだと気づかないほど鈍くはない。
勝ち逃げされたようで何となく面白くない気分ではあるが、同じ土俵に乗ってやる筋合いもないので、いつかリベンジしてやるつもりだ。
「あら聖女様、御機嫌よう」
縦ロールといつもの令嬢二人がこちらに近づいてくる。ジャンが庇うように前に出ようとするのを制して、瑛莉はその場に立ち止まった。
「近頃ディルク様とご一緒ではないようですわね」
勝ち誇ったような表情にうんざりしながら無言で三人を見つめていると、僅かにたじろいだ気配があった。だが反論しないことで大丈夫だと思ったのか、縦ロールはなおも言葉を重ねてくる。
「立場を弁えられたようで何よりですわ。聖女様にディルク様は勿体ないですもの。そちらの凡庸な平民騎士がお似合いですわ」
(こうも勘違いできるとはいっそ感心するけどな)
瑛莉に対するお門違いな嫌味なら無視しておこうと思ったが、ジャンのことまで馬鹿にされるとなると話は別だ。
「オルタンス・バランド伯爵令嬢、ジゼル・ルレネ子爵令嬢、ドロテ・アリヨ子爵令嬢、弁えるのは貴女方ではなくて?私がいつ話しかけて良いと許可しましたか?」
生来の身分ではないが、聖女という地位は伯爵位よりもはるかに高く、ましてや相手は伯爵、子爵家の令嬢に過ぎない。普通に考えれば下位の者が上位の者に勝手に話しかけてはいけないという暗黙の了解が適用されるはずなのだ。
「――まあ、幸運にも聖女になれただけで、元々は平民じゃないの。それが――」
「ええ、でも今は聖女ですので貴女よりも立場が上ですわ。もっとも貴女も幸運にも伯爵令嬢に生まれただけですよね?」
これまで相手にしていなかったので、瑛莉が言い返してくるとは思わなかったのだろう。縦ロールことオルタンスは羞恥と屈辱に顔を真っ赤にし、握りしめた扇子を折れそうなほどに強く握りしめている。
「――っ、教養もマナーも身についていない癖に王太子殿下の婚約者なるなんて、図々しいと思わないの?!分相応に聖女の義務だけ果たして神殿に引きこもっていればいいのよ!」
「貴重なご意見ありがとうございます。王太子殿下にご進言されてはいかがですか?」
にっこり微笑めばオルタンスが般若のような形相で瑛莉を睨みつける。
(……もう一押し)
瑛莉はくすりと小さく笑ってオルタンスに勝ち誇った口調で言った。
「あら、失礼。オルタンス様はヴィクトール様にご面会できる身分ではありませんでしたね」
「黙りなさい!この、平民が!」
扇子を振り上げるオルタンスを瑛莉は冷静に見つめていた。
(顔狙ってくるって割とえげつないよな)
バシンと鋭い音がしたが、痛みはなかった。
「ご令嬢、どうか落ち着かれてください。聖女様を傷付ければ貴女だけでなく、ご家族にも塁が及びますよ」
腕に抱きこまれた形になった瑛莉にはジャンの表情は見えないが、淡々とした口調の中には突き放すような響きがあった。
「――下賤な身で偉そうな口を利かないでちょうだい!」
そう言い放ちながらも分が悪いことに気づいたのか、オルタンスはそのまま身を翻し、他の令嬢も慌ててオルタンスの後に付いていく。
「……ごめん。痛かったよな」
腕が緩みジャンに向き合えば、厳しい眼差しのジャンに瑛莉は素直に頭を下げた。
「そういうことじゃありませんよ。――エリー様はわざとあの令嬢を煽りましたね?」
冷静に考えれば些かやりすぎだったのかもしれない。瑛莉としては二度と絡んでこないよう相手が手を出したところで脅しをかけるつもりだった。だが実際に聖女が怪我を負ったことが知られれば、瑛莉が意図した以上の騒ぎとなりかねない。
上手いやり方ではなかったと反省していると、ジャンが溜息を吐いた。
「私が怒っているのは貴女が自分を蔑ろにしようとしたからですよ。わざわざ怪我をしなくても、貴女の立場なら他にやりようがいくらでもあるでしょう」
「……立場って言ってもお飾りみたいなもんだから、役に立たないじゃないか」
自分のために苦言を呈しているのだとは分かっていたが、その立場で事態が好転したことなどないので反論してしまう。
「エリー様には神官長の後ろ盾があります。神殿が供給する聖石の恩恵を一番授かっているのは上流階級なのですから、高位貴族とて神殿に真っ向から反発することは出来ないでしょう」
そう言われればぐうの音も出ない。神殿にあまり貸しを作りたくないという思いがあったから、そんな風に考えたことがなかったのだ。
「分かった。今度から気を付ける。――ジャン、叩かれたところ見せて」
「相手はご令嬢でしたから、大したことないですよ」
いつものように穏やかな表情に戻ったジャンは、左腕をまくり上げて見せてくれたが打擲の痕が赤く残っていて痛々しい。
「っ、エリー様!」
瑛莉がその場所に手を添えると、何事もなかったかのような肌の色に戻る。
「あ、勝手に触ってごめん。もう痛くない?」
「いえ――ああ、はい、痛みはすっかり消えました。エリー様、大した怪我でもありませんし、私のような者にそんな簡単に癒しの力を使ってはなりません」
困ったように眉を下げるジャンに、瑛莉も首を傾げた。
「私のせいで怪我をしたんだから当たり前でしょう?せっかく治せる力があるんだから使わないと勿体なくない?」
「貴重なことには価値があります。多用すれば貴女を軽んじて酷使しようと画策する者が出てくるかもしれません。どうか御身を大切にされてください」
真剣な眼差しを向けて諭すジャンの言葉には説得力があった。自分の考えの浅さを反省しつつも、治癒したことについては後悔するつもりはない。
(ジャンは優秀だ。多角的に物事を判断することが出来るし、しっかり自分の意見を持っている。やっぱり私は少々短絡的で喧嘩っ早いし見習わないといけないな)
尊敬の念を込めてじっとジャンを見ていると、ジャンの頬に赤みが差し目を逸らされた。不快だったかなと視線を下ろせば、ジャンの袖口のボタンが取れかけていることに気づく。
「ジャン、ボタン取れかけてる。裁縫道具借りるから部屋に戻ったら上着貸して」
「――っ、いえ大丈夫です。エリー様にそんなことさせるわけにはいきません!」
「でも私のせいだし、ボタンぐらい付けれるよ?」
「いえ、それを疑っているわけではありませんが……」
ボタンを死守して後退るジャンに、瑛莉は一気に距離を詰めて上着を掴んだ。逃げられると追いたくなるというわけではないが、やはり負けず嫌いの性格が出てきてしまうらしい。
「何をしているんだ?」
そうしてジャンを捕獲した途端に背後から冷ややかな声を掛けられて、瑛莉は驚きのあまりびくりと肩を揺らす。
振り返ればそこには不機嫌そうな表情を浮かべたヴィクトールが立っていた。
「とんでもございません。良かったですね」
量や内容共に充実した食事が提供されるようになったことを告げれば、ジャンはほっとしたような優しい笑顔で喜んでくれる。外出後にディルクと交代制で護衛をしてくれるようになり、最初はお互い逃亡未遂の件で気まずく会話できる状態ではなかった。
だがディルクから食事の件で情報共有があったのか、たびたび新鮮な果物や野菜や肉がたっぷり入ったサンドイッチなどの差し入れをくれたり、細やかな気遣いを見せてくれたおかげで、今では外出時のように気安く話せるようになったのだ。
これは決して餌付けされたわけではなく、ジャンの人柄による部分が大きい。
「ディルクにもお礼伝えといてくれる?」
さりげない口調で伝えたのに、ジャンは申し訳なさそうな表情でこちらを窺うので少し居心地が悪い。
「エリー様、副隊長が申し訳ございません。いつもはあんな風ではないのですが……」
「気にしてないよ。お互い様だし、ディルクのほうが一枚上手だっただけだから。それとジャンがいつまでも気にしているほうが、負けた時のことを思い出して悔しくなる」
冗談めかして言えば、ジャンも察してくれて元の穏やかな笑顔を浮かべる。
(最初に出会った頃に戻った――ただそれだけのこと)
あれからディルクは軽口を叩くことも、気安い会話を交わすこともなく胡散臭い笑みを浮かべる騎士として振舞っている。ある意味立場的には当然の態度なのだが、一線を引かれたのだと気づかないほど鈍くはない。
勝ち逃げされたようで何となく面白くない気分ではあるが、同じ土俵に乗ってやる筋合いもないので、いつかリベンジしてやるつもりだ。
「あら聖女様、御機嫌よう」
縦ロールといつもの令嬢二人がこちらに近づいてくる。ジャンが庇うように前に出ようとするのを制して、瑛莉はその場に立ち止まった。
「近頃ディルク様とご一緒ではないようですわね」
勝ち誇ったような表情にうんざりしながら無言で三人を見つめていると、僅かにたじろいだ気配があった。だが反論しないことで大丈夫だと思ったのか、縦ロールはなおも言葉を重ねてくる。
「立場を弁えられたようで何よりですわ。聖女様にディルク様は勿体ないですもの。そちらの凡庸な平民騎士がお似合いですわ」
(こうも勘違いできるとはいっそ感心するけどな)
瑛莉に対するお門違いな嫌味なら無視しておこうと思ったが、ジャンのことまで馬鹿にされるとなると話は別だ。
「オルタンス・バランド伯爵令嬢、ジゼル・ルレネ子爵令嬢、ドロテ・アリヨ子爵令嬢、弁えるのは貴女方ではなくて?私がいつ話しかけて良いと許可しましたか?」
生来の身分ではないが、聖女という地位は伯爵位よりもはるかに高く、ましてや相手は伯爵、子爵家の令嬢に過ぎない。普通に考えれば下位の者が上位の者に勝手に話しかけてはいけないという暗黙の了解が適用されるはずなのだ。
「――まあ、幸運にも聖女になれただけで、元々は平民じゃないの。それが――」
「ええ、でも今は聖女ですので貴女よりも立場が上ですわ。もっとも貴女も幸運にも伯爵令嬢に生まれただけですよね?」
これまで相手にしていなかったので、瑛莉が言い返してくるとは思わなかったのだろう。縦ロールことオルタンスは羞恥と屈辱に顔を真っ赤にし、握りしめた扇子を折れそうなほどに強く握りしめている。
「――っ、教養もマナーも身についていない癖に王太子殿下の婚約者なるなんて、図々しいと思わないの?!分相応に聖女の義務だけ果たして神殿に引きこもっていればいいのよ!」
「貴重なご意見ありがとうございます。王太子殿下にご進言されてはいかがですか?」
にっこり微笑めばオルタンスが般若のような形相で瑛莉を睨みつける。
(……もう一押し)
瑛莉はくすりと小さく笑ってオルタンスに勝ち誇った口調で言った。
「あら、失礼。オルタンス様はヴィクトール様にご面会できる身分ではありませんでしたね」
「黙りなさい!この、平民が!」
扇子を振り上げるオルタンスを瑛莉は冷静に見つめていた。
(顔狙ってくるって割とえげつないよな)
バシンと鋭い音がしたが、痛みはなかった。
「ご令嬢、どうか落ち着かれてください。聖女様を傷付ければ貴女だけでなく、ご家族にも塁が及びますよ」
腕に抱きこまれた形になった瑛莉にはジャンの表情は見えないが、淡々とした口調の中には突き放すような響きがあった。
「――下賤な身で偉そうな口を利かないでちょうだい!」
そう言い放ちながらも分が悪いことに気づいたのか、オルタンスはそのまま身を翻し、他の令嬢も慌ててオルタンスの後に付いていく。
「……ごめん。痛かったよな」
腕が緩みジャンに向き合えば、厳しい眼差しのジャンに瑛莉は素直に頭を下げた。
「そういうことじゃありませんよ。――エリー様はわざとあの令嬢を煽りましたね?」
冷静に考えれば些かやりすぎだったのかもしれない。瑛莉としては二度と絡んでこないよう相手が手を出したところで脅しをかけるつもりだった。だが実際に聖女が怪我を負ったことが知られれば、瑛莉が意図した以上の騒ぎとなりかねない。
上手いやり方ではなかったと反省していると、ジャンが溜息を吐いた。
「私が怒っているのは貴女が自分を蔑ろにしようとしたからですよ。わざわざ怪我をしなくても、貴女の立場なら他にやりようがいくらでもあるでしょう」
「……立場って言ってもお飾りみたいなもんだから、役に立たないじゃないか」
自分のために苦言を呈しているのだとは分かっていたが、その立場で事態が好転したことなどないので反論してしまう。
「エリー様には神官長の後ろ盾があります。神殿が供給する聖石の恩恵を一番授かっているのは上流階級なのですから、高位貴族とて神殿に真っ向から反発することは出来ないでしょう」
そう言われればぐうの音も出ない。神殿にあまり貸しを作りたくないという思いがあったから、そんな風に考えたことがなかったのだ。
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「っ、エリー様!」
瑛莉がその場所に手を添えると、何事もなかったかのような肌の色に戻る。
「あ、勝手に触ってごめん。もう痛くない?」
「いえ――ああ、はい、痛みはすっかり消えました。エリー様、大した怪我でもありませんし、私のような者にそんな簡単に癒しの力を使ってはなりません」
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真剣な眼差しを向けて諭すジャンの言葉には説得力があった。自分の考えの浅さを反省しつつも、治癒したことについては後悔するつもりはない。
(ジャンは優秀だ。多角的に物事を判断することが出来るし、しっかり自分の意見を持っている。やっぱり私は少々短絡的で喧嘩っ早いし見習わないといけないな)
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「――っ、いえ大丈夫です。エリー様にそんなことさせるわけにはいきません!」
「でも私のせいだし、ボタンぐらい付けれるよ?」
「いえ、それを疑っているわけではありませんが……」
ボタンを死守して後退るジャンに、瑛莉は一気に距離を詰めて上着を掴んだ。逃げられると追いたくなるというわけではないが、やはり負けず嫌いの性格が出てきてしまうらしい。
「何をしているんだ?」
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