召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景

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「りっちゃん」と初めて出会った日のことを瑛莉はよく覚えている。

『エリちゃんは本当いい子だよねぇ』

感心したような口調に混じった含みのある響きに瑛莉は顔を上げる。微笑を浮かべているもののその瞳には冷ややかさが滲んでいたが、瑛莉は素直に綺麗な人だなという感想を抱いた。

聞きようによっては嫌味な言葉だし、態度も友好的とは言い難いのに何故か悪意があるように思えなかったのだ。
ツンとした表情もきっぱりとした口調も、人を寄せ付けない凛とした雰囲気が良く似合う人だった。
もっともその印象はすぐに変わってしまったのだが――。

『悪いな。素直じゃないが悪いやつじゃない。ほら、いい子過ぎて我慢してるんじゃないかと心配なんだとちゃんと言えばいいだろう。――気になるのはお前と少し似ているからか?』
『全然似てない。一緒にしないでくれる?』

眉を下げた「先生」は困ったような表情だがいつもより優しい瞳で口の端を上げ、絡み過ぎだと叱られて不貞腐れていた「りっちゃん」は、時折不安そうな眼差しを「先生」に向けていた。

(ああ、そうか)

二人が恋人同士なのだと気づいたと同時に瑛莉の中に生まれたのは、切実な願いと希望だ。



懐かしいような胸がぎゅっと苦しくなるような切なさを感じながら、視界に入ったのは見知らぬ天井で、瑛莉は急速に霧散する夢の残滓を惜しむかのように、ただぼんやりとそれを見つめていた。

「エリー……?」

思いがけず近くから聞こえてきた声に首を横に向けると、不安そうにこちらを見つめるディルクの姿があった。

「……おはよう?」

(いつの間にベッドに入ったんだっけ?)

身体が無性にだるくて頭が上手く回らない。起き上がろうとするとディルクから押し留められた。

「まだ寝ていろ。体調はどうだ?……浄化を終えるなり倒れたのを覚えているか?」
「……ん、思い出した。エーヴァルトは?あとどれくらい寝てた?」

ディルクの言葉で意識を失う前の記憶が蘇ってきた。身体が熱を持っていたような感覚は残っていたが、特に体調不良というわけでもない。ただどっしりとした疲労感が残っていて気を抜けばそのまま眠ってしまいそうになる。

「エーヴァルトは大丈夫だ。エリーが倒れて4時間ほど経つ」

やけに静かな口調で淡々と答えるディルクが気になったが、瑛莉には少し余裕がなかった。

「ディルク、悪いけど――」

瑛莉の切実な要求は慌ただしいノックの音に遮られた。声を掛ける前に開かれた扉から勢いよく入ってきたのはエーヴァルトだ。

「エリー!」

瑛莉の顔を見るなりエーヴァルトは、ほっとしたように深い溜息を吐く。これまでの穏やかさが嘘のようだが、浄化を終えるなり倒れた瑛莉をそれほど心配してくれたのだろう。
そのことに少しだけ罪悪感を覚えながらエーヴァルトの様子を窺っていると、落ち着きを取り戻したのか優しい眼差しを向けられる。

「君が……目を覚ましてくれて本当に良かった」

万感の思いが込められた声は決して大きな声ではなかったが、じわりと沁みいるような温かさがあった。
僅かに震えた言葉は安堵や喜びだけではないのだろう。

(エーヴァルトは少し「先生」に似ている……)

性格も見た目も似ていないのに、相手への気遣いや言葉から伝わる誠実さから瑛莉はそんな風に思ってしまった。エーヴァルトのように分かりやすい表現ではないが、「先生」も言葉を惜しまず自分の考えを告げ、瑛莉の意見をしっかりと聞いてくれていた。

(「先生」は飄々としているし、口調だって荒いし、捻くれたところもあるけど……)

「先生」は瑛莉が世界で一番信頼している人だ。
そんな「先生」と似た性質を持つエーヴァルトから突然深く頭を下げられて、瑛莉は驚きに目を瞠った。

「僕の浅はかな考えで君に負担を掛けてしまい、本当にすまなかった」

「大丈夫だと言ったのは私だし、浅はかだというならそれは私にこそ当てはまるんだけど……もしかして遠回しに悪口言ってる?」

敢えて軽い口調で告げると、瑛莉の言葉にすぐさま顔を上げたエーヴァルトは、焦ったように首を横に振り否定する。

「そんなことは絶対にないよ!こんなに身体の調子が良いのは久しぶりだから、エリーには感謝しかない。それに君の提案はとても……嬉しかったんだ」

含羞んだ表情は無垢な子供のようで、微笑ましく感じる一方で痛ましい。

(エーヴァルトは多分恵まれなかった子供時代を過ごした人だと思う……)

どうしてディルクと友人になったのか、家族はどうしたのか、生まれた時から魔王として認知されていたのか。知りたいことはたくさんあったが、興味本位で訊ねて良いことではない。

「……どういたしまして」

勝手な憶測で湧いた同情を悟られないよう素っ気なく返すと、エーヴァルトはエリーの前に膝をつき、胸に手を当てた。

「エリー、僕を救ってくれてありがとう。この恩はいつか必ず命に代えても返すと誓うよ」

穏やかだがはっきりとした口調で、エーヴァルトは騎士のような仕草で誓いを立てる。
重すぎる言葉に慄きながらも、こうして改めて間近で見れば爽やかで柔和な顔立ちも相まって、どちらかと言えばおとぎ話の王子様のようだ。

「王子様みたいだな……」

まだ眠気が完全に去っていなかったせいか、気づけば思ったことを口に出していた。エーヴァルトは目を丸くして、それから目元を和らげて微笑んだ。

「それならエリーはお姫様、いや女神様かな。美しくて聡明で凛として気高い雰囲気なのに慈悲深い。奇跡を起こしても驕らず謙虚で……本当に女神様じゃないの?」
「そんな訳ないでしょ!」

真剣な表情でそんなことを聞いてくるエーヴァルトに思わず大声で否定するが、頬がじわじわと熱を帯びてきたのが分かる。社交辞令で賛辞を並べるヴィクトールと違ってエーヴァルトは本心からの言葉だと伝わってくるので、反応に困ってしまうのだ。

これ以上はむしろ居心地が悪いとディルクに助けを求めるべく顔を向ければ、何故か呆然としたように瑛莉を見つめるばかりで、こちらの意図を察してくれる様子はない。
加えて先ほどよりも更に強く訴えて来る欲求を口にして良いか迷っていると、瑛莉のお腹がぐぅーと大きな音を立てた。

「そういえばお昼を食べていなかったよね。気づかなくてごめんね、エリー。すぐに準備してもらうから」

特に気にした様子もなく軽快な足取りで部屋を出て行ったエーヴァルトに対し、エリーは恥ずかしさのあまりベッドで悶えることになった。
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