召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景

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硬い床を鳴らす靴音に時折じゃらりと耳障りな音が混じる。両手を拘束する無骨な鎖は煩わしさよりも重みで身体のバランスを崩しそうになるが、無様な姿を晒すわけにはいかないと背筋を伸ばした。
ようやくたどり着いた扉は重々しく悲鳴のような不快な音を立てて開いていく。



「エリー、無事で良かった」

固い表情ではあるものの健康そうな姿に思わず声を漏らしたヴィクトールに、彼女は一瞬視線を向けたが、すぐに別の方向に逸らされた。

「お戻りをお待ちしておりました。聖女様にこのような形で拘束することは心苦しいばかりですが、御身の安全のためにもどうかご理解いただければと思います」

エリーの両手には枷が嵌められており、二つを繋ぐ太い鎖は身動きするたびに重そうな音が響く。一時的にではあるが聖女の力を封じるための道具で、悪用されないための措置だという。エリーには似合わないが仕方がない。

「エリー、ここは神殿の中でも厚い結界に守られた安全な場所だ。魔王の力もここには届かないから安心していい」

王都に次ぐ第二の都市であるスフェリにあるこの神殿は、古くから貴人たちの避難所として利用されている。王都にある神殿にも同様の機能はあるが、魔王の目を欺くためにもエリーを匿うにはこちらのほうが安全だと判断された。

そんなヴィクトールの言葉にもエリーは反応らしい反応を見せずに、ダミアーノから視線を逸らさない。その様子に苛立ちを覚えたが、エリーが魔王に洗脳されている今はダミアーノに任せるしかなかった。




聖女失踪の知らせを受けた時、ヴィクトールは咄嗟に反応できなかった。王宮内でしかも警護にオスカーまで付けているのに何故そのようなことが起きるのか理解できなかったからだ。
いつどうやっていなくなったのかと訊ねれば調査中という答えしか返って来ず、目を合わさずに報告を上げるオスカーは言い訳のような言葉しか口にしない。

「もういい。聖女を見つけることが最優先事項だ。至急捜索に当たれ」

まだ途中であるにもかかわらず話を切り上げたのは、嫌な予感を覚えたからだ。オスカーの忠誠を疑ってはいなかったが、聖女であるエリーを快く思っていないことは感じていた。

(……わざと逃がした、もしくは見逃したか)

流石に王太子の婚約者に危害を加えるとは思えない。とはいえそれでも護衛も付けずに城外に出ることになれば、危ない目に遭う可能性は高くなる。

エリーがそのことを理解していないとも思えないが、そんな行動に出るのは恐らく討伐命令が関係しているのだろう。
不快感に胸が重くなり、腹立たしい気持ちを抑えながら溜息を吐く。

(たかが護衛をあれほど案じるものだろうか。それに二人きりで寝室にいたと言っていた)

あの時はエリーの安全を確保することで頭がいっぱいだったが、日が経つにつれてその事が気に掛かっていた。否定しなかったところを見ると事実だったのだろう。
だがそれを悪びれる様子もないため不貞を働いたわけではないだろうと思っていたものの、本当にそうだったのか疑わしくなってきた。

確認させたところディルクは騎士団の宿舎に留まっているとのことだったが、エリーの安否を考えれば安心してよいのか複雑なところだ。

(女性一人でそう遠くまで行けるはずもないし、すぐに見つかるだろう)

そんなヴィクトールの希望的観測は、すぐに砕け散ることになったのだった。




とある目撃情報でディルクと一緒にいることが確認された時は、不快さのあまり室内の花瓶を投げつけてしまったが、エリーを救えるのは自分しかいないのだと自分を奮い起こすことで耐えることが出来た。

(もっとエリーの傍にいてやるべきだった。元の世界とは異なる文化で暮らしていたのだから物事の道理が分からなくて当然だったのだ)

ダミアーノ曰く、エリーは王都を出た直後に魔王に遭遇した可能性が高いと言う。聖女の不名誉な噂も民衆の不安を煽るとともにエリーが孤立するよう流されたものらしい。
だからこそ魔王たちの都合の良いように吹き込まれた嘘を信じてしまったのだろうし、ヴィクトールに不信を抱いてしまったのだ。

「色々とお話せねばならないこともありますが、王太子殿下はずっと聖女様を案じておられました。まずはお二人でお話をされるといいでしょう」

そんな提案をされると思っていなかったヴィクトールがダミアーノに視線を向ければ、鷹揚な笑みを浮かべて頷いている。
胡散臭いところもあるが、こうやってヴィクトールの要望を察知し汲み取るところが無下にできない理由の一つだ。

ダミアーノが部屋を去るために一礼をした直後、これまで無言だったエリーがようやく口を開いた。

「貴方たちが身柄を拘束した少年を解放してください。それが条件だったはずです」

淡々とした口調と静かな眼差しには確かに非難の響きがあった。最後に見た時に見た軽蔑するような眼差しと重なり、ヴィクトールの胸は騒いだ。
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