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秘密
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『最近よく水谷と一緒にいるようですが、よそのクラスの生徒をあまり特別扱いするのは困りますよ』
下校時間を過ぎた職員室の前で聞こえてきた会話を今も覚えている。自分の行動が「先生」に迷惑を掛けていたなんて思いもよらなかったのだ。
『最近は色々とうるさいですからね。特定の生徒に肩入れしていると良からぬ疑いを掛けられますよ。まあ、なかなか愛らしい顔立ちの少女で発育も悪くない――』
『興味ありませんね。俺、ゲイなんで』
にやついた声と言葉に気持ち悪さを感じていると、ひどく冷めた「先生」の声が聞こえた
『は……?ちょっと変な事言うの止めてくださいよ。え、まさか私も対象なんじゃありませんよね?』
『ご心配なく。俺にも好みがありますから』
足音が近づいてくることに気づいて慌てて身を隠す。出てきたのは「先生」と話していた教頭先生で吐き捨てるような声で言った。
『男が好きだなんて気持ち悪い』
会話の意味を全て理解できたわけではなかったが、自分のせいだということだけは分かり、ショックからその場に座り込んでしまった。自分が「先生」の側にいることで、他の人から酷いことを言われるなんて耐えられない。
それから「先生」に迷惑を掛けないために近づかないと決めたのだが、そんな瑛莉の行動など「先生」にはすっかりお見通しだった。
『元気なさそうだな?』
心配して声を掛けてくれた「先生」を無視できず、だけどどうしていいかも分からずに押し黙った瑛莉に「先生」はくしゃくしゃと頭を撫でてくれた。
『子供が余計な気を回さなくていいんだよ。言いたい奴には言わせとけばいい』
成長してからは「先生」が自分を守るために、言う必要のない相手にカミングアウトしたのだと気づいて申し訳なさが募ったが、それでも「先生」と距離を取ることは出来ずにいた。
子供であるうちは一緒にいてもいいのだと解釈して「先生」の優しさに甘えていたのだから、依存だと指摘した「りっちゃん」は正しい。
「先生」だけは自分を肯定してくれたから、どれだけ母親に邪険にされても中学校に上がり苛めに近い扱いを受けても、存在していいのだと思えたのだ。
「先生」も「りっちゃん」もなんだかんだ言ってとても面倒見が良く、二人と一緒に過ごした時間は何事にも変えられない貴重なものだ。だけどずっと一緒にいられないことを知っていたから、もう大丈夫だよと胸を張って言えるように、自立することが瑛莉の第一の目標になった。
短大を卒業してようやく仕事に就いて一人で生きていくためのスタートを切った矢先に召喚されても、その目標は変わらなかった。
だが新しい生活に馴染んできて、ようやく人並みに暮らしていけると思った矢先の出来事に、無力な自分を痛感させられることになる。
「聖女の力があるからと過信していただけで、結局私は先生みたいに大人じゃない。もっと上手く立ち回っていたら良かったのに」
誰かを頼ることなど最初から諦めていて、言葉を尽くす努力も怠り、ただ逃げだすことばかり考えていたツケが回ってきたのだ。もっとヴィクトールと友好的な関係を築けていたら、周囲を巻き込まずに済んだかもしれない。
「エリーは……いや、何でもない。今だからそう考えるのであって、その時はそんな余裕などなくて当然だよ。それよりもこれからのことを考えよう。エリーの発想は有益なものだし、エルヴィーラの助けにもなるはずだから」
気を紛らわせようとしているのか、そんな提案をするエーヴァルトにエリーは頷いた。落ち込んでいても状況は変わらないのだ。
「ディルクにもちゃんと説明しておくね。あとやっぱりあんな言い方は良くないと思う。そのことも叱っておくからエリーは気にしちゃ駄目だよ」
その言葉に思わず眉をしかめてしまうと、そんな反応を見たエーヴァルトは理由を問うように首を傾げる。
「ディルクには言わないで。……がっかりされたくない」
以前大泣きして醜態を晒してしまったし、こんなことでディルクが失望するようなことはないと分かっている。
(だけど、こんな弱い自分を知られたくない……)
「分かった。じゃあ二人だけの秘密だね?」
悪戯めいた笑みを浮かべるエーヴァルトに、瑛莉の心は少し軽くなった。
エリーの部屋を出ると、ディルクが立っていた。
(そんなに気にするなら、しなければ良いのに……)
不器用な友人に思わずため息を漏らすと、固い表情に焦りが浮かぶ。
「エリーは……大丈夫か?」
「気になるなら自分で聞いてみたら?」
秘密にすると約束したこともありそう返せば、分かりやすく狼狽えている。長い付き合いだがこれまでに見たことのない様子にエーヴァルトは少し溜飲を下げた。
「大丈夫だよ。でもディルクは一度本音でエリーと話した方がいいと思う」
それはエリーにも言えることだ。自由に振舞っているようで、エリーはいつも他人を気遣っている。自分の出来ることを精一杯やっているのに、それでも力不足だと感じ自責の念を覚えていることを知って驚いた。
それはもちろん彼女が優しいからということもあるが、それと同時に自分の存在意義を見出すためであり、孤独を恐れているからだろう。
役に立たなければ必要とされないと思い込んでいるのだ。
そんな思い込みを否定したい気持ちは強かったが、今のエリーには恐らく伝わらないだろうと口を噤んだ。
(先生であればエリーを諭すことが出来たのだろうけど、僕では駄目なのだろう)
ちらりと友人を窺えば、真剣な表情で悩んでいる。
エリーと話している中で気づいたことはもう一つあったが、これもディルクには秘密にしておこう。
小さな秘密を胸にしまって、エーヴァルトは自室へと足を向けた。
下校時間を過ぎた職員室の前で聞こえてきた会話を今も覚えている。自分の行動が「先生」に迷惑を掛けていたなんて思いもよらなかったのだ。
『最近は色々とうるさいですからね。特定の生徒に肩入れしていると良からぬ疑いを掛けられますよ。まあ、なかなか愛らしい顔立ちの少女で発育も悪くない――』
『興味ありませんね。俺、ゲイなんで』
にやついた声と言葉に気持ち悪さを感じていると、ひどく冷めた「先生」の声が聞こえた
『は……?ちょっと変な事言うの止めてくださいよ。え、まさか私も対象なんじゃありませんよね?』
『ご心配なく。俺にも好みがありますから』
足音が近づいてくることに気づいて慌てて身を隠す。出てきたのは「先生」と話していた教頭先生で吐き捨てるような声で言った。
『男が好きだなんて気持ち悪い』
会話の意味を全て理解できたわけではなかったが、自分のせいだということだけは分かり、ショックからその場に座り込んでしまった。自分が「先生」の側にいることで、他の人から酷いことを言われるなんて耐えられない。
それから「先生」に迷惑を掛けないために近づかないと決めたのだが、そんな瑛莉の行動など「先生」にはすっかりお見通しだった。
『元気なさそうだな?』
心配して声を掛けてくれた「先生」を無視できず、だけどどうしていいかも分からずに押し黙った瑛莉に「先生」はくしゃくしゃと頭を撫でてくれた。
『子供が余計な気を回さなくていいんだよ。言いたい奴には言わせとけばいい』
成長してからは「先生」が自分を守るために、言う必要のない相手にカミングアウトしたのだと気づいて申し訳なさが募ったが、それでも「先生」と距離を取ることは出来ずにいた。
子供であるうちは一緒にいてもいいのだと解釈して「先生」の優しさに甘えていたのだから、依存だと指摘した「りっちゃん」は正しい。
「先生」だけは自分を肯定してくれたから、どれだけ母親に邪険にされても中学校に上がり苛めに近い扱いを受けても、存在していいのだと思えたのだ。
「先生」も「りっちゃん」もなんだかんだ言ってとても面倒見が良く、二人と一緒に過ごした時間は何事にも変えられない貴重なものだ。だけどずっと一緒にいられないことを知っていたから、もう大丈夫だよと胸を張って言えるように、自立することが瑛莉の第一の目標になった。
短大を卒業してようやく仕事に就いて一人で生きていくためのスタートを切った矢先に召喚されても、その目標は変わらなかった。
だが新しい生活に馴染んできて、ようやく人並みに暮らしていけると思った矢先の出来事に、無力な自分を痛感させられることになる。
「聖女の力があるからと過信していただけで、結局私は先生みたいに大人じゃない。もっと上手く立ち回っていたら良かったのに」
誰かを頼ることなど最初から諦めていて、言葉を尽くす努力も怠り、ただ逃げだすことばかり考えていたツケが回ってきたのだ。もっとヴィクトールと友好的な関係を築けていたら、周囲を巻き込まずに済んだかもしれない。
「エリーは……いや、何でもない。今だからそう考えるのであって、その時はそんな余裕などなくて当然だよ。それよりもこれからのことを考えよう。エリーの発想は有益なものだし、エルヴィーラの助けにもなるはずだから」
気を紛らわせようとしているのか、そんな提案をするエーヴァルトにエリーは頷いた。落ち込んでいても状況は変わらないのだ。
「ディルクにもちゃんと説明しておくね。あとやっぱりあんな言い方は良くないと思う。そのことも叱っておくからエリーは気にしちゃ駄目だよ」
その言葉に思わず眉をしかめてしまうと、そんな反応を見たエーヴァルトは理由を問うように首を傾げる。
「ディルクには言わないで。……がっかりされたくない」
以前大泣きして醜態を晒してしまったし、こんなことでディルクが失望するようなことはないと分かっている。
(だけど、こんな弱い自分を知られたくない……)
「分かった。じゃあ二人だけの秘密だね?」
悪戯めいた笑みを浮かべるエーヴァルトに、瑛莉の心は少し軽くなった。
エリーの部屋を出ると、ディルクが立っていた。
(そんなに気にするなら、しなければ良いのに……)
不器用な友人に思わずため息を漏らすと、固い表情に焦りが浮かぶ。
「エリーは……大丈夫か?」
「気になるなら自分で聞いてみたら?」
秘密にすると約束したこともありそう返せば、分かりやすく狼狽えている。長い付き合いだがこれまでに見たことのない様子にエーヴァルトは少し溜飲を下げた。
「大丈夫だよ。でもディルクは一度本音でエリーと話した方がいいと思う」
それはエリーにも言えることだ。自由に振舞っているようで、エリーはいつも他人を気遣っている。自分の出来ることを精一杯やっているのに、それでも力不足だと感じ自責の念を覚えていることを知って驚いた。
それはもちろん彼女が優しいからということもあるが、それと同時に自分の存在意義を見出すためであり、孤独を恐れているからだろう。
役に立たなければ必要とされないと思い込んでいるのだ。
そんな思い込みを否定したい気持ちは強かったが、今のエリーには恐らく伝わらないだろうと口を噤んだ。
(先生であればエリーを諭すことが出来たのだろうけど、僕では駄目なのだろう)
ちらりと友人を窺えば、真剣な表情で悩んでいる。
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