召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景

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救出

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突然の絶叫に思わず硬直したエルヴィーラだが、同時に聞こえてきた不穏な音に絶句することになった。

夥しいほどの鼠が床を埋め尽くし、どこからともなく湧き出てその数を増やしている。牢の中にいた男は手にした短剣を振り回し追い払おうとしたものの、効果はなく逆に自分の身体を傷付けていた。

「痛っ、止めろ!来るな!!」
「ひっ、何だ!どこからこんな大量に――」

牢から溢れ出した鼠はすぐさま兵士やダミアーノにも群がり始める。不思議なことにエルヴィーラやフリッツには目もくれず側を素通りするばかりだ。

振り払っても執拗に襲ってくる鼠に神官長たちは埒が明かないと思ったのか、罵声を上げながら逃げ出していく。
苦心しながらようやく牢の鍵を開けることに成功した男も、後を追うように飛び出していき、エルヴィーラはようやく我に返って、フリッツの元へと駆け寄った。
気を失っているものの、微かに上下するお腹と呼吸にエルヴィーラは小さく息を吐く。

(きっと、これは魔王陛下のお力だわ)

であれば、エリーやディルクも近くにいる可能性が高い。エルヴィーラは傷口を布で押さえてから慎重にフリッツを抱え上げた。助けを呼びに戻ることも考えたが、どうなるか分からない状況で放置していくことが躊躇われる。

ずしりとした重さにふらつきながらも、部屋から出ようとしたところで足首を摑まれ、ぎくりとした。
光を失った眼差しのヴィクトールがエルヴィーラを睨んでいる。ぞっとして振り払いたくなったが、起き上がる気力もない怪我人を蹴り飛ばすことは出来なかった。

「王太子殿下、人を呼んで参りますので離していただけますか?」
「お前の言葉など、信じられるか。……エリーを呼べ」

荒い呼吸の中で最後の力を振り絞るようにヴィクトールは告げた。

「ここでお呼びしてもエリー様には届かないでしょう。私たちが地下牢にいることを誰かに伝えなければ、殿下の怪我を手当てすることもできませんわ」

暗い瞳が宙を彷徨うが、反対に足首に籠る力が増したように感じた。話が通じていないのだろうか。

「どうせ……もう、手遅れだ」

怪我のことだけではないのだろう。神官長に加担し何の咎もない少年に非道な行為を働くことを黙認したのだ。
王族といえども何らかの処罰が与えられるだろうし、そうなれば噂に尾ひれがつき好奇や軽蔑の視線に晒されることは想像に難くない。

だがヴィクトールの言葉は、エルヴィーラの忍耐を決壊させるのに十分な一言だった。

「いい加減にしてくださいませ!王族ともあろうものが情けない!殿下が諦めるのは勝手ですが、幼い子供の命まで巻き込むなど言語道断です!」

そう言い放ったエルヴィーラに、ヴィクトールは唖然とした表情のまま固まっている。怒りに我を失ってしまい、生意気な口を利いてしまった。青ざめるエルヴィーラだが、凛とした声が牢内に響く。

「エルヴィーラの言う通りだ」

切望していた人の声に、エルヴィーラはは涙が零れそうなほど安堵を覚える。

「遅くなってごめんな。その子を守ってくれてありがとう」

すぐさま治癒を始めるエリーの姿に、エルヴィーラはもう大丈夫なのだと確信した。



(あれは魔物か?だが神殿内に侵入できるはずがない)

神殿には強い守護を宿している聖女の遺物が保管されており、そのおかげで強固な結界が張り巡らされている。通常区画に戻れば鼠は追ってくる様子はなかった。
拷問や処刑を行う場所として利用していたため、特別区には穢れが溜まってしまい、それが結界を弱める原因になったのかもしれない。

ダミアーノは息を切らしながらも自室に戻りソファーに沈み込む。
安全な場所で身体を休ませれば、目撃者を放置していることや王太子の生死を確認していないことなど、やらなければならないことが山積みだ。

とはいえ鍵がなければ外に出れないようになっている。取り逃がすことはないだろう。

(まずは王太子の訃報を王都に伝えなくては……)

億劫な身体を叱咤し、伝令を出すために卓上のベルを鳴らすが誰も来ない。神官長室にみだりに出入りすることは禁じていたが、すぐに対応できるよう常に数名は近くに待機させている。

職務怠慢かと苛立つが、先程あり得ないことが起きたばかりだ。何か他にも異変が起こっているのかもしれない。
万が一を考えて、逃亡用に準備していた貴重品を取り出してダミアーノは部屋を後にした。

駒の中で最も腕が立つエドに護衛をさせるため、わざわざ部屋を訪れたのに扉を開けても誰もいない。
思い通りにならない出来事が続き、怒りと不安が押し寄せて来る。

(ここに来るまでに誰とも会わなかったが、そんなことはあり得るのか……?)

公共の場所に比べれば、配置する人材を厳正しているため少数だが、とはいえここまで人気がないのは異常事態ではないだろうか。
もはや護衛など構わずに逃げるべきではないか、そんな考えが浮かんだダミアーノはすぐさま行動に移す。

裏口を目指していると、前方に一人の男の姿があった。
腰に剣を下げていることから、護衛だと見当をつける。

「おい、至急の用事が出来た。王都まで供をせよ」
「それは無理な相談だな」

男の声とようやく認識できたその顔を見て、ダミアーノの口から呻き声が漏れた。

「――お前が何故ここにいる?!魔王に魂を売り渡した浅ましく汚らわしい騎士崩れが!」

ヴィクトールに不信感を抱かせるために囁いた嘘だったが、いつしかダミアーノもそれが事実だと認識するようになっていた。
嘘を吐き続ければいずれ破綻するが、真実にしてしまえば問題ない。
そのように帳尻を合わせる癖がついていたことにダミアーノ自身も気づいていなかった。

「浅ましいのはどっちだよ。あんたのしたことはとっくに白日の下に晒されてんだから諦めな」

断言するようなディルクの口調に、恐らくはエルヴィーラ辺りから情報を得たのだろうと察した。今や魔王に与するエルヴィーラと平民の子供一人では、たとえ証言したところで信憑性は薄い。
厄介なのはヴィクトールが生き残っていた場合だが、元々操りやすい素直な性格なのだ。多少手こずるかもしれないが、魔王による幻覚だと言い聞かせれば丸め込むことが出来るだろう。

背後から足音が聞こえ振り向くと、騎士服を纏った男が二人、こちらに走ってくるのが見えた。見覚えはないが、ヴィクトール付きの騎士に違いない。

「早くこの者を捕らえよ!王太子殿下を害した魔王の腹心だ!」

先んじて声を上げれば、ディルクは重い溜息を吐いた。

真実かどうかよりも、そのような疑いがあれば騎士たちにより拘束されるだろう。捕らえてしまえばこちらのものだ、と笑みを浮かべるダミアーノだったが、突然の衝撃に視界が揺れた。
手足に鋭い痛みが走り、気づけば騎士たちに床に引き倒されたばかりか、後ろ手に捕縛されているではないか。

「お、お前たち、何をしている!私は神官長だぞ、解かぬか!」

憤りに顔を真っ赤に染めて暴れるが、騎士たちは拘束を緩めることはない。その瞳に蔑みが混じっているのを感じて、ダミアーノは狼狽した。

「だから言っただろう。既に白日の下に晒されているってな」
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