ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~

浅海 景

文字の大きさ
2 / 57

別れと出会い

しおりを挟む
「サーシャ、どうか幸せになってね」

それが母の最期の言葉だった。
少し前から体調を崩しがちだった母のために子守や裁縫などの内職の仕事を得て、貧しいながらも母娘で助け合って生きていた。
これからは自分が母を助けるのだと思っていた矢先の出来事に悲しみよりも未だ信じられない気持ちのほうが大きい。

(置いて行かれることは、こんなにも心細くて寂しいものなんだ)
まだ9歳になったばかりのサーシャは大人の庇護下になければ、生きていくのが難しい。
今のお小遣い程度の仕事では到底家賃に届かないのだから、部屋を出て行かなければいけないし、そうなれば教会を頼り孤児院に暮らすことになるだろう。
急に一人ぼっちで見知らぬ世界に放り出されたような感覚に、涙がにじんでくる。

「泣くな。泣いても何も解決しない」
自分の頬を両手で叩いて、部屋の片付けに専念することにした。
夜になり今日のところは終了しようと一息ついていると、部屋をノックする音が聞こえた。

「どちら様ですか?」
扉の鍵が掛かっていることを確認して、扉越しに問いかける。
「僕はジュール・ガルシア、君の父親だ。話がしたいから扉を開けてくれないか?」
父の話を母から聞くことはほとんどなかった。

「優しい人よ。でも遠くに行ってしまったからもう会えないの」
そう聞いていたからてっきり死別したものだと思っていたのだ。
前世の記憶を思い出してからは、聞いてはいけないことだと自分を戒めていたから情報は皆無に等しい。

(新手の詐欺か不審者の可能性も考慮すべきだよね)
警戒を強めたサーシャは扉を開けることなく、訊ねた。
「あなたが私の父であるという証拠はありますか?」
そう言うと沈黙が返ってきた。言い出したのはサーシャだが、急に証拠を出せと言われても難しいだろう。

「サーシャ様」
相手の反応を窺っていると、先ほどと別の男性の声が聞こえた。
「お母様の持ち物の中に指輪はございませんでしょうか?あなたのお父様が昔お渡ししたものでお二人のイニシャルが内側に彫られています」

母の私物に触れるにはまだ辛かったため、そちらにはまだ手を付けていない。
「……探してみます。少し時間が掛かるかもしれません」
「結構です。それでは明日の夕方頃でいかがでしょうか?」
遠回しに出直してほしいと伝えれば寛容な答えが返ってきた。

サーシャが承諾すると別れの言葉を口にして、二つの靴音が遠ざかって行く。
無意識に緊張していたようで、思わず安堵のため息が漏れる。
「ジュール・ガルシア、私のお父さん」
家名に心当たりなどないが、平民に名字などないので貴族なのだろう。

「平民から貴族といえば、悪役令嬢ものとか乙女ゲームのヒロインのテンプレだった気が……」
乙女ゲームはプレイしたことがないし、小説の題材になっているものを何冊か読んだだけなので、正確な情報ではない。
どちらにせよ端的に言えば、好みのキャラを攻略するか逆ハーレム狙いで攻略するかというのが王道だった。
この世界がゲームや小説の中の話であればだが——。

「ヒロインか……面倒くさいな」
まだ9歳だからかもしれないが、恋愛よりも自力で生きていく力のほうがはるかに重要だ。
それにヒロイン=虐められるというネガティブイメージがあるし、攻略対象の男性が高位の貴族という設定がほとんどで、華やかそうだがドロドロした世界に関わりたいとは思わない。

「まあとりあえず指輪を探そう。そもそもさっきの人が父親か分かんないし、話の内容も知らないのに考えても意味がないよね」
その指輪は母の裁縫道具の中からあっさりと発見された。『J to A』と刻まれた文字は父親と名乗るジュールと母アンナのイニシャルと考えて間違いないようだ。


翌日、約束通りに尋ねてきたジュールとゲイルと名乗った執事の前に指輪を置く。それを見たジュールは懐かしそうに眼を細めた。
目の前の父親と似ている部分は正直見当たらないが、その表情を見た時には信じてもいいかなという気になった。
そもそも平民の子供であるサーシャを騙す理由はないだろう。

「サーシャ、今まで会いに来られず済まなかった」
ジュールはそう謝罪をしてその理由を説明してくれたが、それはサーシャにとって楽しい話ではなかった。

色々と気を遣った言い回しをしていたようだが、何のことはない。
ジュールは独身の振りをしてアンナと付き合い、子供が出来た段階で既婚者だと打ち明けた。真面目で正義感の強かったアンナは黙って身を引き、授かった子供を一人で育てる決心をしたのだ。

それを聞いた時点で父の印象は控えめにいって「屑」に変わった。
「それではどうして私たちの居場所を知っていたのですか?」
その質問に答えたのはゲイルだった。

「アンナ様からご連絡を頂いたのです」
病に倒れたアンナは残されるサーシャを案じて手紙を出したのだ。届いてすぐにジュールはアンナの元に向かったが、間に合わなかった。

(お母さん……)
母がどれだけ自分のことを心配してくれていたのかが伝わってきた。
娘を託せる相手は父しかいなかったのだろう。父と連絡を取ることにどれだけ葛藤したか考えると胸が痛み、涙が込み上げてくるのをぐっと堪える。

「サーシャ、君をガルシア家で引き取ることになった。最初は戸惑うこともあると思うが、すぐに慣れるよ」
喉元まで文句が出かかったが、無理やり飲み込んだ。ガルシア家に引き取られることはすでに決定事項でサーシャが嫌がったところで、変わるはずもないと気づいたからだ。

父親が名乗り出ているのだから、孤児院が受け入れてくれるとは思えないし、母親が平民とはいえ貴族の血を引く娘を孤児院送りにしたならジュールにとっても外聞が悪いのだろう。

「よろしくお願いいたします」
やるせない気持ちや不安を飲み込んで、サーシャは小さく頭を下げた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした

果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。 そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、 あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。 じゃあ、気楽にいきますか。 *『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜

咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。 実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。 どうして貴方まで同じ世界に転生してるの? しかも王子ってどういうこと!? お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで! その愛はお断りしますから! ※更新が不定期です。 ※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。 ※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

処理中です...