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思いがけない出来事
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サーシャは焦りながらも薄暗い路地裏を一生懸命走っていた。
暗くならないうちに帰ってくるよう母アンヌに繰り返し言われていたのに、今日はすっかり遊びに夢中になってしまったのだ。
気づけばすっかり日が傾いていて、一緒に遊んでいた友達と顔を見合わせたあと、蜘蛛の子を散らすようにみな駆け足で家へと向かった。
いつもなら大通りを通るのだが、時間を気にしていたサーシャは近道するべく普段使わない路地裏を選んだ。それがサーシャのその後の人生を大きく左右することになるとは知らずに——。
あと少しで家に着く、その安心から少しスピードを落として数歩踏み出した途端、強い力に引っ張られるとともに突然視界が真っ暗になった。
驚いて上げた悲鳴はすぐさま口元を押さえられてくぐもった音が僅かに漏れるだけだ。
「騒げば命はないぞ。大人しくしろ」
横道に引きずりこまれたのだとサーシャが理解した頃には、荷馬車に放り込まれていた。幌がしっかりと閉められると荷馬車は勢いよく駆けだしていく。
薄暗さに目が慣れればそこには縛られ、ぐったりした様子の数名の子供がいた。
その様子に攫われたのだと今更のように気づき、恐怖が押し寄せて来る。
その中で一人だけ目の引く子供がいた。
厳重に手足を縛られ、口には猿轡を噛まされた少年は睨むように一点を見つめている。
繊細なデザインと明らかに上質な衣服、整った顔立ちに綺麗に手入れされた髪を見て貴族の子供だとサーシャは思った。
(貴族の子がいるなら、身代金目当て?でも私たちみたいな平民も混じっているなら奴隷として売られるのかも)
自分の思考にますます恐怖が高まっていき、サーシャは慌てて気持ちが前向きになることを考えようとした。
(大丈夫、誘拐の成功率ってものすごく低いんだから。確か95%ぐらいは失敗するってテレビで言って……)
そこではたと気づいた。
(どうして私はそんなことを知っているの?テレビって何だっけ?)
そう疑問に思ったサーシャの頭に凄まじい勢いで情景や言葉が浮かんでくる。
それに耐えきれず、サーシャはそのまま気を失ってしまった。
その後サーシャたちは無事に救出された。一緒に攫われた少年が高位の貴族令息だったことが迅速な対応に繋がったということを大人たちの会話から察したが、サーシャはそれどころではなかった。
何しろ誘拐されたことで前世を思い出してしまったのだから。
「これって異世界転生になるのかな?」
母に泣きながら叱られた翌日、サーシャは部屋でぼそりと呟いた。
自分自身の容姿や家族について覚えていることは少ない。だけど一般的な知識や情報はわりとはっきりと記憶がある。
前世で生まれ育った日本では異世界転生は流行していて、漫画や小説の題材として数多く取り扱われていた。サーシャ自身もいくつか好んで読んでいたが、そこに書かれていた内容が現在のサーシャの状況と非常に似通っているのだ。
「事実は小説より奇なり、いやどちらかと言えばこれは鶏が先か卵が先かの話なのかな」
異世界転生の王道は冒険者か聖女として世界を救う系が多かった気がする。
若干の期待を込めてサーシャは例の言葉を言ってみた。
「……ステータス!」
目の前に何も表示されず、室内は静まり返っている。
(は、恥ずかしい!!)
誰も見ていないにも関わらず、サーシャはベッドでばたばたと悶えた。
ちょっぴり期待しまった自分に、そうそう特別なことなど起こらないのだと自分自身に言い聞かせる。
「転生者が全員主人公なわけでもなかったし、使える知識は使って静かに暮らそう」
そう決意したサーシャは転生した理由も転生先であるこの世界についても考えることを止めてしまった。
既に運命は回り始めてしまったのだとサーシャが気づいたのは、それから2年後のことだった。
暗くならないうちに帰ってくるよう母アンヌに繰り返し言われていたのに、今日はすっかり遊びに夢中になってしまったのだ。
気づけばすっかり日が傾いていて、一緒に遊んでいた友達と顔を見合わせたあと、蜘蛛の子を散らすようにみな駆け足で家へと向かった。
いつもなら大通りを通るのだが、時間を気にしていたサーシャは近道するべく普段使わない路地裏を選んだ。それがサーシャのその後の人生を大きく左右することになるとは知らずに——。
あと少しで家に着く、その安心から少しスピードを落として数歩踏み出した途端、強い力に引っ張られるとともに突然視界が真っ暗になった。
驚いて上げた悲鳴はすぐさま口元を押さえられてくぐもった音が僅かに漏れるだけだ。
「騒げば命はないぞ。大人しくしろ」
横道に引きずりこまれたのだとサーシャが理解した頃には、荷馬車に放り込まれていた。幌がしっかりと閉められると荷馬車は勢いよく駆けだしていく。
薄暗さに目が慣れればそこには縛られ、ぐったりした様子の数名の子供がいた。
その様子に攫われたのだと今更のように気づき、恐怖が押し寄せて来る。
その中で一人だけ目の引く子供がいた。
厳重に手足を縛られ、口には猿轡を噛まされた少年は睨むように一点を見つめている。
繊細なデザインと明らかに上質な衣服、整った顔立ちに綺麗に手入れされた髪を見て貴族の子供だとサーシャは思った。
(貴族の子がいるなら、身代金目当て?でも私たちみたいな平民も混じっているなら奴隷として売られるのかも)
自分の思考にますます恐怖が高まっていき、サーシャは慌てて気持ちが前向きになることを考えようとした。
(大丈夫、誘拐の成功率ってものすごく低いんだから。確か95%ぐらいは失敗するってテレビで言って……)
そこではたと気づいた。
(どうして私はそんなことを知っているの?テレビって何だっけ?)
そう疑問に思ったサーシャの頭に凄まじい勢いで情景や言葉が浮かんでくる。
それに耐えきれず、サーシャはそのまま気を失ってしまった。
その後サーシャたちは無事に救出された。一緒に攫われた少年が高位の貴族令息だったことが迅速な対応に繋がったということを大人たちの会話から察したが、サーシャはそれどころではなかった。
何しろ誘拐されたことで前世を思い出してしまったのだから。
「これって異世界転生になるのかな?」
母に泣きながら叱られた翌日、サーシャは部屋でぼそりと呟いた。
自分自身の容姿や家族について覚えていることは少ない。だけど一般的な知識や情報はわりとはっきりと記憶がある。
前世で生まれ育った日本では異世界転生は流行していて、漫画や小説の題材として数多く取り扱われていた。サーシャ自身もいくつか好んで読んでいたが、そこに書かれていた内容が現在のサーシャの状況と非常に似通っているのだ。
「事実は小説より奇なり、いやどちらかと言えばこれは鶏が先か卵が先かの話なのかな」
異世界転生の王道は冒険者か聖女として世界を救う系が多かった気がする。
若干の期待を込めてサーシャは例の言葉を言ってみた。
「……ステータス!」
目の前に何も表示されず、室内は静まり返っている。
(は、恥ずかしい!!)
誰も見ていないにも関わらず、サーシャはベッドでばたばたと悶えた。
ちょっぴり期待しまった自分に、そうそう特別なことなど起こらないのだと自分自身に言い聞かせる。
「転生者が全員主人公なわけでもなかったし、使える知識は使って静かに暮らそう」
そう決意したサーシャは転生した理由も転生先であるこの世界についても考えることを止めてしまった。
既に運命は回り始めてしまったのだとサーシャが気づいたのは、それから2年後のことだった。
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