転生令嬢は捨てられた元婚約者に微笑む~悪役にされたけど、今さら愛されてももう遅い~

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第9話 記憶を持つ令嬢の策略

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翌朝、王都は昨夜の舞踏会の余韻に包まれていた。  
新聞の一面では、公爵家主催の豪奢な舞踏会の記事に混ざって「氷の令嬢、社交界を虜にす」という見出しが躍っている。  
リリアーナ・エルヴェールの名は、皮肉なことに再び王都の注目を集めていた。  
三年前には“悪女”と罵られたその名が、今は“気高き美徳”として語られている。  
転生した彼女にとって、それは最初の反撃の兆しにすぎなかった。

ベッド脇に置いていた封筒を手に取る。  
昨夜、アランが密かに差し出したものだ。  
開くと、整然とした筆跡で短く書かれている。  
『証拠の写しは確保。相手は王城経理局。警備が厳重になる前に動くべし』  
……やはり。すべての根が王城にあると確信していた。  
エドモンドも、その父も、セレナも。  
その罪の糸は王に近い場所で結ばれている。  
リリアーナは冷えた指先で書状を閉じ、ゆっくりと微笑んだ。

「さて、どう崩していこうかしら」  
ミリアが朝茶を運んできた。  
「お嬢様、驚きましたよ!今朝の皆様の話題、どこも“リリアーナ様こそ真の淑女”だなんて」  
「人の評価ほど易いものはないわ。上がるときは一夜で、落ちるときは囁き一つよ」  
「またそんな……でもお嬢様、とても誇らしいです!」  
純粋な声に、リリアーナはわずかに微笑みを和らげた。  
ミリアには無垢さがある。その優しさが、今の彼女を辛うじて人間らしく保たせていた。  

だが――ぬくもりに浸る時間は短い。  
今日の午後、セレナは公爵家別邸で記者たちを集め、舞踏会の“真相”を話す場を設けるという。  
情報網からすでに報告を受けていた。  
内容は予想できる。リリアーナへの“嫉妬”を匂わせ、世間に新しい“悪役”を作り出す。  
三年前はそれで完璧に成功した。  
しかし今回は、同じ罠には落ちない。  
彼女は鏡の前で扇を開き、唇に静かな色を差した。  
「同じ舞台を与えられるのなら、筋書きはこちらが書くわ」

***

午後――公爵家別邸は、噂通り多くの貴族と記者でごった返していた。  
リリアーナは堂々とその門をくぐる。  
警備人たちが一瞬驚いたが、彼女の名を聞くと誰も逆らえずに道を開けた。  
セレナは奥のティーサロンで笑顔を浮かべていた。だがその顔は一瞬にしてこわばる。  
「まあ……リリアーナ様。今日はご招待しておりませんけれど?」  
「ええ、でも大切なお話をなさると伺って、居ても立ってもいられませんでしたの」  
涼しい声で返しながら、会場の視線を集める。  
この登場そのものが策略。  
群衆の中で、主導権はすでに奪った。  

「お話中に失礼いたしました。どうぞ、続けて?」  
「い、いえ……その、少しばかり舞踏会で誤解を……」  
セレナの言葉が詰まる。  
リリアーナは穏やかに頷いた。  
「ええ、確かに誤解はありましたわね。たとえば、舞踏会にあの方――公爵家財務代理のアルバート卿がいらっしゃったこと。皆、気づいておられました?」  
場が静まり返る。誰もがその名前を知っている。公爵家の裏帳簿をあずかる人物。  
リリアーナは歩み寄り、にこやかに言葉を重ねた。  
「偶然かしら。彼が王立学園の資金管理をしていて、その帳簿が不思議と失われた時期と、セレナ様が公爵家の庇護を受け始めた時期が一致するなんて」  
「な、何を……!」  
セレナの顔色がみるみる変わる。  
まわりの貴族たちがざわめき、記者たちが筆を走らせ始めた。  
もちろん、リリアーナが持つ証拠はまだ決定的ではない。  
だが人の心は“確信”より“印象”で動く。  
それを知る彼女は、冷静に言葉を紡いだ。  
「噂など興味ありませんの。ただ、真実が明るみに出ることは素晴らしいことだと思いません?」  
そして軽く礼をして退場する。  
去り際――セレナの視線が背中に突き刺さった。怒りと恐怖が入り混じった瞳。  
「あなた……絶対に許さない……!」  
小さく吐き捨てる声が耳に届き、リリアーナの唇に笑みが浮かんだ。  
「許しが欲しいなら、最初に誠実であるべきだったのよ」

***

屋敷へ戻ると、すでに王都での噂は逆流を始めていた。  
セレナは“公爵家の籠絡令嬢”と呼ばれ、リリアーナは“真実を語る気高き伯爵令嬢”として評されている。  
たった半日の出来事でも、世論など簡単に覆る。  
ミリアが信じられないという顔で報告した。  
「お嬢様、通りの商人たちまでリリアーナ様の話をしています!まるで英雄のように!」  
「英雄ね……ふふ、皮肉な話」  
リリアーナは軽く笑ったが、心の奥では冷たい予感が湧いていた。  
――あまりに順調すぎる。  
公爵家が黙っているはずがない。  

その夜、アランが屋敷を訪ねてきた。  
「派手に動いたな」  
「必要なことをしただけですわ」  
「おかげで王都中がざわついている。公爵家も黙ってはいない。すでに令嬢の身辺を調べさせていると聞いた」  
「でしょうね。けれど、恐れる理由はありません」  
窓辺でリリアーナは微笑む。その瞳に迷いはなかった。  
「彼らが“事実”を探るなら好都合。真実はすでにこちらの手にあるのだから」  
「だが、一歩間違えれば危険だ。命さえ狙われるかもしれない」  
「アラン。あなたは、未来が見えたらどうする?」  
問う声に、彼が息を呑む。  
「……?」  
「私は見たの。三年前の結末を。この笑顔も会話も、やがて裏切りに変わる未来を。そしてあなたが、その中で私を守って死ぬあの瞬間を」  
「リリアーナ……」  
「だから、私は変えなければならないの。あなたの未来も、私の過去も、もう誰にも奪わせない」  
その瞳の強さに、アランは言葉を失った。  
そして静かに頷く。  
「なら、俺はその未来を手伝う。君がどんな策を使っても、最後まで」  

リリアーナは驚いたように目を見開き、やがて微笑んだ。  
「……罪滅ぼしかしら?」  
「救いのつもりだ。俺だけじゃなく、この国のための」  
「理想家ね」  
「君だって夢見ているじゃないか。過去を変える夢を」  
その瞬間、ふたりの間に妙な静寂が生まれた。  
雨の匂いが風に乗り、遠くで雷が鳴る。  

「……ありがとう、アラン。でも、私はもう泣かない」  
「泣かなくていい。笑って終わらせればいい」  

時計の針が十二時を告げる。  
リリアーナは背を向け、窓の外の夜空を見上げた。  
王城の塔が遠くに光っている。  
その場所こそ、最後の戦場。  
「次は、あの場所へ行くわ」  
「覚悟はあるのか?」  
「ええ。だって、私は記憶を持つ令嬢――この物語の結末を知っているから」

風がカーテンを揺らし、蝋燭の火が小さく瞬いた。  
舞台は再び、運命そのものを巻き込んでいく。  

(続く)
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