転生令嬢は捨てられた元婚約者に微笑む~悪役にされたけど、今さら愛されてももう遅い~

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第8話 舞踏会での再会

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王都の大舞踏会――季節の変わり目を祝う最大の社交の夜が巡ってきた。  
天井の高い会場には、巨大なシャンデリアが光の海を広げ、貴族たちの笑い声と音楽が交じり合う。  
リリアーナ・エルヴェールはその中央、白い羽飾りをあしらった銀のドレスに身を包み、まるで氷の彫像のように静かに立っていた。  
その姿は「氷の令嬢」と呼ばれてもおかしくないほど凛として美しい。  
目に映る誰もが彼女を称賛し、そして距離を感じている。彼女はその空気を熟知していた。

三年後、同じ場所で流れたのは自分の恥だった。  
エドモンドとセレナが“誤解を解く”と言いながら公衆の面前で罪を暴露し、自分を貶めたあの夜。  
だが今は、その記憶すら復讐の糧だ。  
リリアーナはグラスを手に取りながら、会場の中央――エドモンドとセレナの姿を探した。  
ちょうど人の輪の向こう、二人は並んで立っていた。  
相変わらず完璧な男女。見目も態度も、他に隙がない。  
だが、二人の視線が合った一瞬、エドモンドがわずかに目を伏せたのをリリアーナは見逃さなかった。  
自分が「恐ろしくなった」――その感情に気づかぬわけがない。

「お嬢様、とても素晴らしいお姿です」  
隣でミリアが小声でささやく。  
「ありがとう、ミリア。でも見惚れている暇はないわ。今日の目的を忘れないで」  
ミリアは緊張した面持ちで頷いた。  
そう、今夜は単なる社交ではない。  
彼女が仕掛けた“舞台の夜”。  
公爵家に繋がる貴族が一堂に会するこの場で、リリアーナは最初の駒を動かす。

会場奥、柱の影にアランが立っていた。  
彼の存在は誰も知らない。  
王国補佐官でありながら、この夜だけは「ただの観客」。  
リリアーナと視線が一瞬交わり、彼が小さく頷く。  
その合図だけで十分だった。  
互いに何をすべきか理解している。  

その直後、司会者の声が響く。  
「これより、舞踏の時間といたします。最初の曲はレインフォード公爵子息エドモンド殿と、婚約者エルヴェール伯爵令嬢リリアーナ殿のご登場です!」  
場が一気にざわめいた。  
――ああ、この瞬間ね。  
三年前、あの夜も最初の舞踏を踊った。  
その時は心から幸せだと思っていた。  
けれど今の私は違う。手を取られる意味さえ理解している。  

エドモンドが迷いのない笑みで近づいてくる。  
「行こう、リリアーナ」  
「ええ。お誘い光栄に存じますわ」  
白い指先を伸ばし、彼の手を受け取る。  
触れた瞬間、かつての温もりではなく冷たい火が走った。  
二人が中央に立つと、周囲の視線が一斉に注がれる。  
音楽が流れた。静かな弦の調べが波のように広がり、二人のステップが滑るように動き出す。  
見た目には完璧な舞曲だった。だがその笑顔の裏では、鋭い言葉が交差していた。  

「君、変わったな。まるで、人が違うようだ」  
「そう見えるなら嬉しいわ。その方が興味を持たれるでしょう?」  
「……冷たくなった」  
「あら? 以前も今も、私はあなたに誠実でいるだけですわ」  
小声のやり取りは、音楽の中に溶けていった。  
リリアーナは踊りながら目線を動かす。  
アランが柱の影で司書長と話す姿が見える。  
王立学園の帳簿を預かる役職者――公爵家に金を流した張本人。  
その人物に、今夜の情報が流れるよう仕掛けてある。  

「君は俺を疑っているのか?」  
「疑う? いいえ、私はただ、真実を確かめたいの」  
エドモンドが眉をひそめる。  
「君は俺の婚約者なんだぞ。信じてくれなくてどうする」  
「婚約者……それは書類の上でしょう? 心までは、契約で縛れませんわ」  
短い沈黙の後、彼の笑みがわずかに崩れた。  
「変なことはするな。君が傷つく」  
「心配してくださるのね。……でも、私ほど用心深い女はいないわ」  

曲が終わり、会場が拍手に包まれた。  
リリアーナは完璧な笑顔で一礼し、ドレスの裾を翻して退場する。  
背後では、セレナが嫉妬を押し殺すように微笑んでいた。  
その頬の裏で、きっと歯を噛みしめているだろう。  
三年前、リリアーナを落とし穴に導いた“愛らしい笑顔”は、もう効かない。  

控え室へ向かおうと廊下に出たところで、アランが現れた。  
「首尾は?」  
「予定通り。帳簿の管理者が今夜、裏取引の証拠を持って王城へ向かうわ。追えばすべてが明らかになる」  
「……危険だ。公爵家には動員された護衛もいる。君を狙うかもしれない」  
リリアーナは唇の端を少しだけ上げる。  
「大丈夫。狩るのは私の方よ」  
その言葉を残し、彼女は踵を返した。  
廊下には窓から月光が差し込み、彼女の白い肌を淡く照らしている。  
どこか遠くで、次の曲がまた始まった。

***

夜の庭園。  
花々が夜露に濡れ、静かな風がドレスの裾を揺らす。  
そこに、ひとりの影が立っていた。  
「やはりここにいたんだな」  
振り返ると、エドモンドだった。  
「お一人で夜風を? 今日はお疲れではありませんの」  
「君とのことを話し合いたかった」  
「話し合うことなど、ありますか?」  
彼の瞳に、ほのかな焦りが宿っている。  
――焦っているのね。舞踏会の最中、誰かが動いたのか。  
「俺は君を……本当に愛しているんだ」  
その言葉に、リリアーナのまつげが震えた。  
三年前、この同じ口調で言われて、信じた。  
しかし裏切りは、微笑みと同じ声で訪れるものだ。  

「愛、ですか。……あなたの愛は、どんな価値を持つの?」  
「君を守れるだけの力を持っている。公爵家の跡継ぎとして、どんなことも約束する」  
「そう。では、私が間違ってもあなたは庇ってくださる?」  
「もちろんだ」  
嘘。  
その言葉を、リリアーナはもう何度も聞いた。  
微笑んで、軽く会釈して言う。  
「覚えておきますわ。今度、確認する機会が来たら――その時に」  

庭園の静けさの中で、遠くにアランのシルエットが見えた。  
何かを合図するように小さく頷き、手にした封筒を掲げている。  
証拠は確保された――それだけで十分だった。  
風が吹き、花びらが淡い光の中を舞う。  
リリアーナはその場を離れながら、心の中で呟いた。  
「あなたたちの罪を、次こそ公に晒す」  

その背を見送るエドモンドの表情に、一瞬だけ恐れがよぎった。  
リリアーナの瞳には、哀しみでも怒りでもない輝きが宿っている。  
それは復讐を超えた意志の光。  
彼女が歩くたび、過去が一つずつ塗り替えられていく。  

夜会の喧騒が遠のき、王都の鐘が鳴った。  
――運命の歯車が、またひとつ確かに動いた。  

(続く)
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