転生令嬢は捨てられた元婚約者に微笑む~悪役にされたけど、今さら愛されてももう遅い~

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第29話 幸福とは、守ること

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早朝の光が王都を包み、夜の気配を洗い流していた。  
鳩の羽ばたきとともに、静寂に満ちた空気が広がる。  
リリアーナは屋敷のテラスから街を見下ろしながら、深く息を吸い込んだ。  
昨日の謁見、王と宰相代行の処罰、そして国中に広がる新しい風――  
すべてが終わったはずだった。それなのに心はまだ動き続けていた。  

「本当に……終わったのね」  
呟きに答えるように、背後から足音が聞こえた。  
アランだった。いつもの穏やかな笑みで、カップを二つ持っている。  
「終わったあとも空が続くなんて、少し不思議だろう?」  
「ええ。世界は何も変わらないのに、私の中だけが変わってしまった気がする」  
「それが“生きる”ってことさ。」  
アランは湯気のたつ紅茶を手渡す。「おめでとう、リリアーナ」  
「何に対して?」  
「ちゃんと“闘って”勝ったことに。そして、“赦して”勝ったことにも。」  

二人はテラスの白い椅子に並んで腰を下ろした。  
空には薄雲が流れ、光が差すたびに街の屋根がきらめく。  
その光景を見つめながら、リリアーナは微笑んだ。  

「幸福って、誰かに与えられるものだと思っていたの」  
「うん?」  
「でも違ったのね。こうやって、自分で選んで、誰かと守るものなんだって分かったの。」  
「今の君の言葉を、昔の君が聞いたら驚くだろうな」  
「昔の私?」  
「復讐の炎しか見えてなかったあの頃の君だ。」  
リリアーナはカップを見つめ、微笑んだ。  
「火は燃え尽きたあとに灰を残すでしょう? その灰で花が咲くことを、私は知らなかった。」  

アランは風に髪を揺らしながら、静かに問う。  
「それで、今の君にとって“守る”ものは何になる?」  
リリアーナの瞳がゆっくりと街の方へ向いた。  
「この国よ。まだ汚れも、争いも残っている。けれど……人が人を想い合おうとする限り、価値があるわ。」  
「だから君はまた戦うのか?」  
「戦うわ。でも、もう剣ではなく心で。  
私がするのは破壊ではなく、誰かが安心して明日を選べるように整えること。」  
「……本当に、強くなったな。」  
「あなたのおかげよ。」  
その笑顔は穏やかで、湖のように深い光をたたえていた。  

沈黙が訪れた。だが、それは息苦しいものではなかった。  
風が花壇の白い小花を揺らし、カップの紅茶が金色に輝く。  
リリアーナは指をカップの縁に置いてふと呟いた。  

「アラン。あなたは今、幸せ?」  
「俺?」  
彼は少し考えこんでから笑った。  
「そうだな。傷だらけの手で掴んだ幸福ほど、温かいものはない。  
でも、完全な幸福なんて、きっと“誰かを守ろう”としている瞬間にしかないんだ。」  
「……守る瞬間に?」  
「ああ。守ることって、“好き”とか“愛してる”っていう感情よりも、もっと静かで永いものだと思う。  
だから俺は、今まさに幸せの中にいる。」  
彼の真っすぐな言葉に、リリアーナの胸が熱く満たされた。  

「あなたのそういうところ、ずるいわ」  
「また“ずるい”って言ったな?」  
「だって、言葉が反則なんですもの。」  
二人は顔を見合わせて笑った。  

***

午後、二人は王都の市場へ出かけた。  
戦乱と混乱を経た街は、以前よりも活気に溢れている。  
行き交う人々の笑顔、飾られた花、香ばしいパンの匂い。  
まるで“生き直した都”そのものだった。  

「これだけ人が笑っているんだ。きっともう大丈夫だな」  
「ええ。でも、誰かが見守っていく必要もあるわ。」  
「君がいれば十分だ。」  
「あなた一人では大変でしょう?」  
「誰が“俺が守る”なんて言った?」  
「あなた以外に誰がいるのかしら?」  
アランは笑って肩をすくめる。  
「守るって言葉は嫌いなんだ。“共に歩く”の方が似合う。」  
「あなたに言われると妙に説得力があるわ。」  
市場から風が吹き抜け、二人の間を新しい風が通り過ぎる。  
甘い果実の香りが混ざった風、その中でリリアーナの心は軽く弾んだ。  

ふと、彼女の向こうで子供が転んだ。  
リリアーナは迷わず駆け寄り、手を差し伸べる。  
泣き顔の少年に優しく笑いかけながら泥を払ってやると、ほんの少しだけ教えられたような気がした。  
“守ること”は英雄の仕事でも、理想を語る政治の仕事でもない。  
その小さな温もりをひとつずつ拾い続けることこそ、本当の力なのだと。  

「大丈夫?」  
「うん!」  
少年の笑顔を見て、リリアーナも自然に微笑んだ。  
その背後でアランが静かに呟く。  
「君が誰かを助けている瞬間を見ると、俺は世界が救われた気がする。」  
「大げさね。」  
「いや、本気さ。」  
軽口のあとに続いた沈黙が、心地よく響いた。  

***

夕焼けの空の下、二人は王都の高台に立った。  
目の前には、オレンジに染まった街と遠い丘の緑。  
空気が金に溶け、世界が息づいているようだった。  

「この景色を昔の私が見られたら、どんな顔をしたかしら」  
「笑うんじゃないか?」  
「泣くと思うわ。」  
リリアーナの声には静かな確信があった。  
「でも、きっとそのあとに笑うわね。」  
「なら、その笑顔をこれからも守らせてくれ。」  
「……ふふ。やっぱり守るって言ったわよ。」  
「しまった。つい口が滑った。」  
二人の笑い声が風に混じって遠くへ流れていく。  

日は完全に沈み、群青の夜が王都を包み始めた。  
空には最初の星が芽吹く。  
リリアーナは空を見上げ、胸に手を当てた。  
胸の奥の魔石が温かく光り、穏やかな鼓動を刻んでいる。  
それは転生した証でもあり、終わりなき旅の象徴でもある。  

「アラン」  
「ん?」  
「私、今度こそ“生きていてよかった”って言えるわ」  
「それを聞けて、本当に嬉しい。」  
「あなたも、生きていてよかった?」  
アランは頷き、夜空の星を見上げた。  
「もちろん。君とこの瞬間を共有できたんだから。」  

二人は手を取り合いながら、黙って夜を見つめた。  
幸福とは、きっと奪うことでも与えられることでもない。  
愛した者や誇りを、自分の手で守り抜くこと――それだけが真実だった。  

「これからも守っていけるかしら」  
「俺たちならできる。君が選んだ道の先に、まだ光がある。」  
「ええ。行きましょう、アラン。」  

二人の足音が石畳に響く。  
夜風が追い風のように背を押す。  
歩みの先には新しい夜明けが待っている。  
その光の中に、二人の影が重なって溶けていった。  

幸福とは、守ること。  
――そして守られた記憶を抱きしめながら生きること。  

リリアーナの物語は、まだその続きを描き続けていた。  

(続く)
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