転生令嬢は捨てられた元婚約者に微笑む~悪役にされたけど、今さら愛されてももう遅い~

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第30話 彼と私の新しい朝に(完)

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夜が明ける前の空は、群青と金のあわいに染まっていた。  
王都の塔の上、風がゆるやかに流れ、街路の石畳を照らしていく。  
眠りについた人々の屋根の上に、光が差し始める。  

リリアーナは窓を開け、その光を顔に受けた。  
肌に感じる温度。揺れるカーテンの音。  
それらすべてが、再生の象徴のように胸に沁みていた。  

「おはよう、リリアーナ。」  
背後からアランの声がした。  
まだ寝台の上に残る柔らかな寝息の気配。  
彼は早朝に起きる癖がついている――あの火の夜から、いつも守るために一歩先に動く人。  
「あなたの方が早いなんて珍しいわ。」  
「君が“朝を迎える顔を見たい”って、言っただろ?」  
「……そんなこと、言ったかしら。」  
冗談めかして答えながらも、頬に微かな熱が灯る。  

アランが軽く髪を撫でた。  
「君の笑顔は、どんな太陽より綺麗だ。」  
「もう。朝からそんな言葉を使うのは反則よ。」  
「事実だからな。」  
二人は目を合わせ、自然と微笑み合った。  
すでに言葉のいらない時間がそこにあった。  

リリアーナはゆっくりと椅子に腰を下ろし、紅茶を用意する。  
空気の中にハーブの香りが広がり、ポットから注がれる音が静寂を包んだ。  
「アラン。あなたはこれからどうするの?」  
「しばらくは王国の再建を手伝う。けど、君が望むなら、どこへでも行ける。」  
「どこへでも?」  
「世界の果てでも。君と一緒なら。」  
優しく笑いながら告げられたその言葉に、リリアーナは少し俯いた。  

「私、昔は“どこかへ逃げたい”って思って生きていたわ。」  
「そうだな。君はいつも戦ってた。“誰かに価値を証明するため”に。」  
「でも今は違うの。逃げるんじゃなくて、“在りたい場所を選びたい”。」  
アランの瞳が一層澄んだ。  
「その場所が、ここならいいな。」  
リリアーナはカップを両手で包み、窓の向こうを見た。  
朝霧が晴れ、庭の白い花々が風に揺れている。  

「ここがいいわ。」  
「本当にそれでいいのか?」  
「ええ。王都は罪と涙が積もった場所。でも、それでも私はこの地が好き。  
ここで出会って、傷ついて、それでも“愛”を知った場所だから。」  
静かにそう告げた声に、アランは言葉を失った。  

「君がそう言うなら、これからは守ろう。この国を。君と一緒に。」  
「ええ。王の名でも、名誉でもない。私たちの意思で。」  

二人は短く頷き合い、窓から差し込む光を見つめた。  
太陽が完全に昇り、柘榴色の空が一気に黄金に変わる。  
街がざわめきを取り戻し、鐘の音が遠くで優しく響いた。  

***

新政期に入った王国は驚くほどの速さで変わっていった。  
民は笑い、学び、歌い、城は閉ざされた権力ではなく人々の信頼の象徴になった。  
リリアーナは議会の長となり、アランは王国司法の筆頭顧問として彼女を補佐した。  
人々は二人を“光と影の導き手”と呼んだ。  

けれど、本人たちはそんな称号を求めてはいない。  
朝に共に食事をし、昼に働き、夜に星空を仰ぐ――  
その繰り返しが、何よりも尊い日々だった。  

ある夜。  
リリアーナは王城の庭に立っていた。  
夜風が頬を撫で、手には一輪の“涙草”。  
あの時、燃えた屋敷でたったひとつ残った花の子孫だ。  
彼女は花にそっと語りかけた。  

「ねえ、私、間違えなかったわよね。」  
風に答えるように、花弁がふるふると震える。  
背後からアランが現れ、肩越しに彼女を見る。  
「君が泣いたすべての夜は、今この花に変わったんだ。」  
「ええ。でも、あの日の悲しみはまだ私の中にあるの。」  
「それでいい。悲しみを持ったまま笑える人が、一番強い。」  

リリアーナは彼の胸にもたれ、目を閉じた。  
「ねえ、アラン。私、怖かったの。あなたの愛を信じることが。」  
「知っている。」  
「でも、今ならはっきり言えるわ。あなたと出会って、生きてよかった。」  
「俺もだ。君に出会って、ようやく“生きる意味”を知った。」  
アランは彼女を静かに抱きしめた。  
懐かしい香りが風に溶け、夜空の星が二人のシルエットを照らす。  

「リリアーナ。」  
「なに?」  
「君の手を握っていいか?」  
「もう何度も握っているじゃない。」  
「これが最後じゃないことを確かめたいんだ。」  
リリアーナは目を細めて笑った。  
「なら、いつまでも離さないで。」  
「離さない。何があっても。」  
二人の指が絡み合い、互いの鼓動が一つになる。  

夜が明け、新しい朝が訪れる。  
東の空が淡い薄桃色に染まり、小鳥がさえずった。  
光が世界に広がり、すべての影をやさしく溶かしていく。  

「アラン、見て。新しい朝よ。」  
「君の笑顔と一緒に来たな。」  
「未来は、まだ続いていくのね。」  
「当たり前だ。君がこの国を愛している限り、終わることなんてない。」  

リリアーナは頷き、風の中で髪を揺らした。  
その姿は、もはや悲劇の令嬢でも復讐の女神でもない。  
誰よりも強く、誰よりも優しいひとりの女性――  
新しい時代を生きる、自由なただの人間だった。  

光に包まれながら、彼女は静かに微笑んだ。  
「アラン、行きましょう。これからも、あなたと共に。」  
「いつまでも。」  

二人は朝陽の中を歩き出した。  
その後ろ姿が、光の中でひとつの影になる。  
――過去を赦し、今を生き、未来を信じる。  

それが、リリアーナ・エルヴェールの“ざまぁ”の果てに得た、真実の幸福だった。  

(完)
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