婚約破棄された令嬢は氷の公爵に拾われ、気づけば溺愛されていました~見下してきたあなた、後悔してももう遅いわ~

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第4話 契約から始まる共同生活

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翌朝、公爵邸の食堂には、柔らかな朝の光が差し込んでいた。  
銀の食器が整然と並べられ、香ばしい紅茶の匂いが漂う。だが、そんな華やかさとは裏腹に、レティシアの胸は重かった。昨夜あのように優しい言葉をかけられたのに、彼の真意が読めない。どうしてここまで自分を庇ってくれるのだろうか——。  

目の前で静かに新聞をめくるアランが、何気ないように視線を上げる。  
「顔色が優れないな。眠れなかったか?」  
「いえ……少し考えすぎただけです。」  
「考えることなどない。お前はもう、俺の庇護下にある。」  
それは事実上の宣言だった。だが、その響きにわずかな安心が混じっていることに、レティシアは気づいていた。  

「庇護下……と申しますと?」  
「言葉通りだ。お前はもう孤立した令嬢ではない。俺の屋敷の住人として扱う。」  
「住人……ですが、王都に戻ることは——」  
「しばらくはない。」アランは紅茶を傾け、静かに言葉を続けた。「戻りたいと思うか?」  

レティシアは答えられなかった。  
戻ったところで、誰も迎えてくれない。父はその存在を消したように扱い、社交界はすでに彼女を“罪を犯した女”と嘲っている。  

「……いえ。戻る場所など、もうありません。」  
小さく絞り出すと、アランの眉がわずかに動いた。  
「ならばここで生きろ。」  
短くも確固とした口調。彼の言葉には嘘がない。だが同時に、逃げ場を封じるようでもあった。  

レティシアが戸惑っていると、アランは机の脇に置かれた書状を取り出し、こちらに差し出した。  
「これは何でしょうか?」  
「契約書だ。形だけとはいえ、屋敷に身を置くなら法的に保護しておく必要がある。お前を“客人”ではなく、“協力者”として登録する。」  
「協力者?」  
「そうだ。俺の研究を手伝う名目で滞在する。そうすれば、外部の目も納得する。」  

研究? 彼がそんなことをするような印象はなかった。けれど、彼女が読み取ろうとした表情は、いつものように冷たい静けさに覆われていた。  
「……内容を拝見しても?」  
「構わん。だがお前に不利益な項目はない。」  
彼の言葉を信じて受け取り、内容を目で追った。そこにはこう書かれていた。  

一、令嬢レティシア・グランベルは、アラン・ルミナス公爵の庇護のもと、安全な滞在を許可される。  
一、滞在中、屋敷の研究関連業務の補助を行うこと。  
一、公爵および関係者の正式な信用保護対象とする。  
一、契約の解除は双方の同意によって行うものとする。  

「……本当に、この内容でよろしいのですか? これでは、わたくしが得をしすぎています。」  
「損得の話ではない。」アランは答える。「俺はこの屋敷に、信頼できる人間を置きたい。それがたまたまお前だった。ただそれだけだ。」  

レティシアは胸に温かな痛みを覚えながら、署名欄に名を記した。ペン先が震えていたが、その震えには昨日までの絶望とは違うものが混じっていた——かすかな期待。  

「これでお前は正式にルミナス家の客だ。」  
「ありがとうございます、公爵様。」  
「必要なものがあればマリーに言え。服も新しく仕立てた方がいいだろう。」  
「え? そんな、もったいないです。」  
「古い姿に縛られる必要はない。王都のレティシアではなく、新しい自分として生きろ。」  

彼の言葉が胸に響く。昨日までの涙が遠のき、新しい風が吹き込んだようだった。  

朝食を終え、執務室を出たレティシアは胸に小さく息を詰める。これが第二の人生の始まりなのだ、と。  

────  

午後、マリーに屋敷を案内される中で、レティシアは初めて温室を見た。柔らかな光が差し込み、さまざまな花が咲き誇る中に、アランが立っていた。  
黒い外套のまま、静かに花の茎を摘み取っている。その姿は、噂の“氷の公爵”とはかけ離れていた。  
「お前も来たか。」  
背を向けたままそう言われて、レティシアは少し戸惑いながら近づく。  
「いえ、お邪魔をするつもりでは……」  
「座れ。」  
指さされたベンチに腰を下ろすと、ガラス越しに見える空が淡く霞んでいた。  

「……驚きました。公爵様が花をお好きだとは。」  
「生き物は嘘をつかない。人とは違ってな。」  
短い一言に、妙な重みがあった。  

レティシアは花壇の白百合を見つめた。「昨日、私の部屋にもこの花が飾られていました。とても……落ち着く香りで。」  
「あれは、お前に似合うと思ってな。」  
「え?」  
アランは淡々とした口調のまま続けた。「真っ白で、無垢で、愚かなくらいまっすぐに立つ花だ。どれほど踏まれても、また咲こうとする。」  

その一言に、レティシアの喉が詰まった。胸の奥が熱くなり、思わず俯く。  
「……そんな花のように、なれるでしょうか。」  
「なればいい。俺はそのための場所を与える。」  
静かな声が温室の空気を震わせた。  

ふと、アランが摘み取ったばかりの花をレティシアへ差し出す。  
「この花を部屋に飾っておけ。お前の心が弱ったら、それを見ろ。」  
白薔薇の花弁が透明な光を受けて揺れた。  
「……はい。大切にいたします。」  

彼の手が少しだけ触れた。瞬間、ひやりとした温度が指先を伝うけれど、その冷たさはなぜか心地よかった。  
アランが背を向けると、白い外套の裾が風に揺れる。その姿を見送りながら、レティシアは改めて決意した。  
——強くなろう。彼に救われたままでは終わらせない。  

────  

夜、契約書を机に置き直しながら、ふと窓の外を見た。  
遠くの森を越えて、白い月の光が屋敷を包んでいる。  
今日一日の出来事が夢のように感じられた。けれど、それは確かに現実で、この契約は彼にとっても覚悟だったはずだ。  

枕元の花瓶には、昼間彼にもらった白薔薇が息づいている。  
その美しさに見惚れながら、レティシアはゆっくりと目を閉じた。  

「ここから、もう一度始めましょう……」  

優しく誓いの言葉を囁くと、心の奥深くに少しだけ勇気の炎が灯った。  
やがて心地よい眠りが訪れ、夜の帳が静かに降りていく。  

続く
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