永遠に君を手放さないと誓った、あの日の僕へ――裏切られ令嬢の逆転婚約劇

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第7話 社交界の再デビュー

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朝の光が王都の屋根を照らし、白い霧が溶けていく。  
リディア・フェルナンドは静かに鏡の前に座り、支度を整えていた。  
長く伸びた髪を緩くまとめ、耳元には小さな真珠のピアス。派手さはないが、上品で控えめな装い。それは彼女がこれから向かう場所――「王立晩餐会」のためのものであった。

「フェルナンド邸が再び社交界の中心に返り咲く」  
そんな噂がすでに王都では囁かれていた。  
第二王子オーウェン殿下との親交、孤児院支援活動の成果、そして前婚約者を越えて凜と立つ姿。  
もし本当にリディアが公の場に現れれば、王都の空気そのものが揺らぐだろうと言われていた。

「お嬢様、少し不安そうに見えますね」  
控えていたエリサがそっと声をかける。  
「不安……そうね。少しだけ。今度こそ、誰かのためではなく、自分の意志で立とうとしているから」  
「それならきっと大丈夫です。お嬢様はもう、誰にも負けない目をしていらっしゃる」  
リディアは微笑んで頷いた。  
「ありがとう、エリサ。今回は“噂の令嬢”ではなく、“ひとりの私”として出るわ。」

* * *

王立晩餐会――それは年に一度、国王陛下が主催する最高位の社交の場。  
侯爵家以上の貴族が列席し、政治・婚姻・財政の均衡を保つ舞台でもある。  
舞踏会とは違い、出席者は少数精鋭。権力の中心が動くといっても過言ではなかった。  

フェルナンド家の馬車が王宮前に停まると、視線が一斉に集まった。  
リディアが一歩外に出た。  
銀糸を織り込んだ深青のドレスが、朝陽を受けて淡くきらめく。  
凛とした佇まいに、誰もが息を呑む。  
かつて“婚約破棄された可哀想な令嬢”と噂された女性が、まるで別人のように堂々としていた。

「フェルナンド嬢、ほんとうに戻ってきたのだわ」  
「王子がお相手にしているという話は本当だったのね……」  
小さな囁きが飛び交う。けれどリディアは一瞥もくれず、ゆっくりと会場へと歩みを進めた。  
その姿は、誰の噂にも飲み込まれない“確立された存在”そのものだった。  

第二王子オーウェンが彼女を出迎えた。  
「フェルナンド嬢、よくいらしてくれました」  
「お招きありがとうございます、殿下」  
軽く礼をした瞬間、オーウェンの目が彼女の瞳をとらえた。  
その瞳には、もう過去の影がなかった。ただ輝きだけがあった。  

「今日のあなたは……戦場に赴く将軍のようだ」  
「社交界も戦場ですもの。勝ち負けでしか語られない場所だから」  
「ならば、私はあなたの背を守る従者になりましょう」  
その軽口に、リディアは小さく笑った。  
「まさか王子にそんなことを言わせるなんて。光栄に思いますわ」  

二人が並び歩く光景は、まるで絵画のようだった。  
周囲から幾つもの視線が突き刺さる。中には好奇心も嫉妬も混ざっている。  
けれどオーウェンは意に介さず、パートナーとして彼女に歩調を合わせ続けた。  

晩餐が始まると、王の右手側にオーウェン、そしてその隣にリディアが座ることとなった。  
驚いた者たちは一斉にざわめく。  
「まさか、令嬢の座席をそこに……?」  
「第二王子の隣など、ほぼ準妃の位置だ」  
「陛下は何をお考えだ……いや、あのフェルナンド家なら……」  

視線とささやきが渦巻く中、リディアはただ前を見据えた。  
陛下から直接言葉をかけられたときも、落ち着いて礼を取る。  
「フェルナンド嬢、久しく見ぬが……その落ち着きは変わらぬな」  
「陛下にお言葉を賜り光栄にございます。王国の民のため、微力ながら日々尽力しております」  
「良い心がけだ」  
王が満足げに頷くと、次第に会場の緊張も和らいでいった。  

* * *

宴の後半――  
各家の代表が次々と陛下へ進言を行う中、突如として場の空気を濁す声がした。  

「陛下、恐れながら申し上げます!」  
その声の主は、クロフォード公爵だった。  
白い髪を整え、顔には冷たい焦りが滲んでいる。  
「わが家の名誉に関わる不当な風聞が広まり、真実をお伝え申し上げたく参上いたしました」  

その名が響くと同時に、会場中の空気が凍りついた。  
アルベルト・クロフォードも背後に控えている――  
誰もが見守る中、クロフォード公爵は続ける。  

「わが家の嫡男が、かつてフェルナンド家の令嬢との婚約を破棄した件についてでございます。  
 その後、王都での不正使用や名誉毀損の噂が立っておりますが、それは他者の謀略によるもので……」  

そのときだった。  
王の前に進み出て、リディアが静かに口を開いた。  
「陛下。その件について、私からお話しすることがございます」  

彼女の声が会場全体に響く。  
「私、リディア・フェルナンドは、六か月前にクロフォード家の嫡男アルベルト様より婚約破棄を告げられました。当初は深い悲しみを覚えましたが、私はすでに許しております。  
 しかしその後、王都社交界において、公金の不正が行われているという報告を複数受け取りました。その名義には“クロフォード家新夫人”――マリアンヌ・ロゼッタの名がありました」  

会場がどよめく。  
リディアは一歩も引かず、真っ直ぐ前を見た。  
「私はこれを攻撃の意図で述べているのではありません。ただ、事実として陛下に報告義務を果たすためにここに立っています」  

王が沈黙した時間は長かった。  
やがて低く言葉を発する。  
「なるほど。では調査を命じよう。クロフォード公爵、その件、潔白を証明するまで参列を控えられよ」  
「し、しかし陛下!」  
「聞こえぬか。下がるがよい」  

公爵が膝を折り、場を離れた。その後ろを、アルベルトが苦々しい表情で黙ってついていく。  
ほんの半年で、立場は完全に逆転していた。  

リディアは深く頭を下げ、席へ戻った。  
オーウェンがそっと耳元で囁く。  
「勇敢でしたね」  
「私はただ、真実を述べただけです」  
「それでも、簡単にできることではない。あなたはもう、恐れを知らない人だ」  

少しだけ照れくさくなって、リディアは微笑んだ。  
「恐れなら、心の奥に少しだけ残っています。でも、それは私の力を確かめるための印です」  
「あなたの強さが、この国を動かす日が来るかもしれませんね」  
「そんな大それたこと……まだ実感が湧きませんわ」  
「では、実感が湧くまで隣で見届けましょう」  

オーウェンの笑みは静かで、しかし確かな意思を秘めていた。  
その言葉が、何よりの支えになった。  

* * *

晩餐会が終わるころ、夜の中庭では月が静かに輝いていた。  
リディアは一人、風に吹かれて立ち尽くした。  
ほんの数か月前、涙の夜を過ごした自分が、今はこうして自らの言葉で真実を語っている。信じられないような変化。  

後ろから足音がした。  
「こんな時に星を見上げる人は、滅多にいませんよ」  
オーウェンが笑いながら近づく。  
「殿下こそ。お仲間のもとへ戻られたほうが」  
「今夜はあなたの夜でしょう。終わるまでは、隣で見届けると言ったはずです」  

リディアは夜空へ目を向けた。  
「ようやく……自由の意味を実感できた気がします」  
「ええ、その自由を始めた今日を、私はずっと忘れません」  

風が二人の間を通り抜ける。  
花の香りとともに、過去の痛みがひとひら、舞い散っていく。  

リディアは小さく囁いた。  
「忘れられぬ名前は、もう過去の風に流せそうです」  
「では、その空いた場所に、いつか新しい名を置いても?」  
一瞬、彼女は驚いたように王子を見た。  
けれど、すぐに静かに微笑んだ。  

「……いつか。その日が来たら」  

月明かりの下、彼女の横顔は穏やかな光をまとっていた。  

続く
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