永遠に君を手放さないと誓った、あの日の僕へ――裏切られ令嬢の逆転婚約劇

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第10話 過去を笑う貴族たち

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春が終わり、王都の陽射しが強さを帯びはじめた。  
フェルナンド侯爵家の中庭では、白薔薇がいっせいに咲き誇り、穏やかな風に香りを放っていた。  
その花の下で、リディアは新聞を手にしていた。  
見出しには大きく「クロフォード家、資産不正で監査入り」「マリアンヌ嬢、一時的に社交界から退席」と記されている。  
たった半年で、あれほどの権勢を誇った家が瓦解しかけている。  

「……皮肉なものね」  
リディアは小さく呟いた。  
――誰かを押しのけて上に立とうとした人ほど、その足元から崩れていく。  
恐ろしいほど明確な因果を前に、悲しいでも痛快でもなく、ただ静かな感情だけが残っていた。  

エリサがティーセットを運んできて、穏やかに言う。  
「世間では“運命の報い”などと申しておりますが、私は少し違うように思います。お嬢様が立ち上がったからこそ、この結果に至ったのです」  
「ええ。でも復讐をしたつもりはないの。私はただ、真実を言葉にした。それをどう受け取るかは、他人の問題よ」  
「それでも、あの晩餐会でのお嬢様のお言葉は、きっと多くの方の勇気になりました。  
 ……あの方々の間では、お嬢様を恐れて悪く言うこともできないようです」  
「恐れるものは力ではなく、信念ね」  

リディアは穏やかに笑い、紅茶を口にした。  
しかしその午後、王都の貴族たちが集う「春季文化祝宴」にオーウェン殿下からの招待を受けたことで、また新たな波が起きようとしていた。  

* * *  

会場は王立劇場の特別室。  
音楽や詩の披露、書の展示、そして貴族同士の親睦を目的とした祝宴だ。  
この催しは毎年さほど政治的ではなかったが、今年に限っては雰囲気が違った。  
クロフォード家の失墜、そして王立教育委員会でのリディアの活躍が、出席者の関心を一身に集めていたからだ。  

「フェルナンド嬢が殿下に同行していらっしゃるらしい」  
「もう王家と同等の扱いなのですって」「以前は婚約破棄された哀れな令嬢だったのに」  
そんな声が通路のあちこちから聞こえる。  

リディアは耳に入るそれらを無視して、静かに歩いた。  
今日は、淡い藤色のドレスに銀の刺繍をあしらっている。  
華美ではないが、気品が際立っていた。  
オーウェンが隣を歩きながら、周囲のささやきを意にも介さず声をかけた。  

「今夜はあなたを紹介するのが主な理由です。政治ではなく、信頼の証として人々に示す機会を設けたかった」  
「私を、殿下の伴侶候補と見られる方も出るでしょう」  
「それでも構いません」  
リディアの心が小さく波打った。わずかな沈黙のあとで、彼は笑った。  
「私がそう望まない限り、誰も軽々しくあなたを口にできません。あなたの名に泥を塗る者がいたら、私が糺します」  
「恐れ入ります、殿下」  
「敬語は相変わらず苦手です。いずれ、もう少し柔らかく呼んでくれるようになると嬉しいのですが」  
「その“いずれ”が訪れるまで、少し時間が必要ですわ」  
そのやり取りに、オーウェンは穏やかに笑った。  

* * *  

劇場の中央ホールでは、貴族たちが集まり談笑していた。  
そこにはかつてリディアと同じ学園で学んだ令嬢や若い子息たちも多くいた。  
彼女が入場すると、ざわめきが広がる。  
注目と嫉妬と興味――そのすべてが一斉に集中する。  

「まあ、フェルナンド嬢。相変わらず完璧でいらっしゃる」  
声の主は、侯爵家の娘アデール。以前、マリアンヌの側でリディアを嘲笑っていた一人だ。  
「お久しぶりね、アデール嬢」  
「あら、お名前を覚えてらしたの?嬉しいわ。すっかり殿下のお気に入りとなられて……上り詰めるとはこういうことなのね」  
にこやかに笑いながらも、言葉の刃は鋭い。周囲の婦人らがくすくすと笑う。  

だがリディアは微笑を崩さずに言った。  
「お気に入り……ですか。光栄ですが、私は殿下の信頼にお応えするために努めているだけです」  
「まあ、ご謙遜を。でも殿下がお傍に置かれるほどの理由、気になりますわ。  
 婚約破棄の悲劇から一転して、今や王家に重用されるなんて。まるで童話ですもの」  
リディアは静かに紅茶を置いた。  
「童話に見えるなら、それは努力を知らぬだけですわ。奇跡なんてものは起こらない。あるのは選択と覚悟、それだけです」  

その声は穏やかでありながら、力を秘めていた。  
一瞬、アデールは言葉を失い、眉を寄せた。  

「……まあ、相変わらず凛々しいこと。まるで男のよう」  
「ええ、貴女から見ればそう映るのかもしれませんね。でも私は、自分の弱さを受け入れる強さを学びました。  
 貴女にも、いつかその意味がわかる日が来ると思います」  

その一言で、ざわついていた周囲が静まり返った。  
アデールは羞恥と悔しさに顔を紅潮させ、何も返せずに視線を逸らす。  
オーウェンがわずかに口角を上げ、低く囁いた。  
「見事ですね」  
「勝負に勝ちは求めませんでしたけれど、言葉を選ぶのが癖になりました」  
「選ばれた言葉には、本質が宿ります」  

* * *  

祝宴が終盤に差し掛かるころ、一部の貴族が酒に酔い、声が荒くなり始めた。  
「へえ、殿下の右腕だなんて……女一人でどこまで持つか見ものだな」  
「どうせ一時の寵愛さ。いずれその座も別の誰かに渡る」  
「フェルナンド家は金の匂いが薄い。後ろ盾もない女が、どこまで保てるか」  

彼らの軽口は笑いに紛れていたが、明らかに侮辱だった。  
オーウェンは即座に立ち上がろうとしたが、リディアがそれを制した。  
彼女は椅子からゆっくりと立ち、冷静な笑みを浮かべた。  

「皆様。そのような心配をおかけしてしまい、恐縮でございます。  
 けれどご安心ください。私は誰の保護も必要としません。支えてくださる方は、私の意志を理解してくれる方だけです」  

「……意志、だと?」男の一人が鼻で笑った。「女が意志を語るとは滑稽だな」  
「滑稽で結構。時代は変わりつつありますもの。女性が意志を持つことを笑う方々こそ、変わらなければならない」  

その場に静寂が落ちた。  
やがて一人の老公爵が立ち上がり、杖を鳴らした。  
「若者たち、恥を知れ。フェルナンド嬢の言葉こそが真である!」  
その声に会場の空気が一変し、人々はざわめきながらも拍手を送るようになった。  

オーウェンが歩み寄り、リディアの手を取った。  
「もう十分です。あなたの言葉で、社交界は少し変わりました」  
リディアはわずかに息を吐き、微笑んだ。  
「貴族たちは変化を恐れながら、結局はその強さに憧れるものです。今日のことが無駄にならなければいいのですが」  
「無駄になるはずがありません。あなたの名はもう、噂ではなく信義の象徴です」  

二人の視線が合い、そのまま一瞬だけ言葉を失う。  
会場の喧騒が遠のき、ただ静かな気配が包む。  

「リディア。あなたにお願いがあります」  
「……はい?」  
「近い将来、訪れるであろう大きな変革。その時、私の隣に立ってほしいのです」  

リディアの心臓が跳ねた。  
けれど、答えはまだ出せない。小さく息を吸い込み、彼を見返す。  
「そのお願い……少し考える時間をくださいませ、殿下」  
「もちろん。あなたの答えは焦らずに聞かせてください」  

その夜、劇場を出たあと、外の風が頬を撫でた。  
夜空は穏やかに澄みわたり、月が白く輝いている。  

リディアは歩みながら思った。  
――過去を笑う者に、私は未来で笑い返す。  

そう心に誓いながら、彼女はオーウェンと並んで王都の石畳を歩き出した。  

続く
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