永遠に君を手放さないと誓った、あの日の僕へ――裏切られ令嬢の逆転婚約劇

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第11話 舞踏会で交わる視線

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初夏の風が、王都ローゼンハイトの石畳を撫で抜けていく。  
吹き抜ける風には花の香りと人々のざわめきが混じり、季節の変わりを告げていた。  

その夜、王宮では季節恒例の舞踏会が開かれる。  
だが、今年ほど注目を集めている夜はない。  
クロフォード家の地位が失われ、王立教育委員監督官となったフェルナンド令嬢――リディアが正式な形で王家主催の場に再び立つからだ。  
それだけでも社交界を揺るがす出来事だったが、さらにもうひとつ、価値ある噂が人々の口を飾っていた。  

「第二王子オーウェン殿下が、舞踏の第一曲目をフェルナンド令嬢に捧げるらしい」  

その言葉は、まるで秘密を祝福するように美しく広まっていた。  

* * *  

フェルナンド邸の化粧間。  
リディアは鏡の前で、仕度を整える侍女たちに囲まれていた。  
今夜のドレスは月の光のような白銀。裾には繊細な刺繍が施され、淡い青の宝石が胸元でひっそり光を放つ。  

「まるで夜明けの女神のようです、お嬢様」  
「夜明け、ね……」  
リディアは微笑んだ。  
「夜を抜けた証に見えるなら、それでいいわ。あの長い夜を越えてここまで来たのですもの」  

エリサがそっとベールをかけながら言う。  
「殿下がお待ちしています。今夜は大切な夜です」  
「ええ。逃げるような真似はしないわ」  

リディアが立ち上がると、鏡の中の彼女は誰よりも静謐で、けれど強い光を放っていた。  
それはもう、失恋で泣いた少女ではなかった。  

* * *  

王宮の大広間は、無数のランプと花々で飾られ、音楽が夜を包んでいた。  
煌びやかな衣装の人々が波のように行き交う中、ひときわ多くの視線が一点に集まる。  
会場の扉が開き、白銀のドレスを纏ったリディアが姿を現した。  

ざわめきが静まる。  
その姿は、誰もが期待していた以上に気高く、そして美しかった。  
軽い足取りで階段を降りると、フロアの中央に立つオーウェンが微笑んで手を差し伸べる。  

「お待ちしていました、リディア・フェルナンド嬢」  
「光栄にございます、殿下」  
その瞬間、楽団が静かに音を始めた。  
王宮の最初の一曲――伝統的に、それは“誇りと絆”を意味する曲。  

二人は手を取り、ゆるやかに踊り始めた。  
オーウェンの手はしなやかで、導く動きに迷いがない。  
彼女の指先が彼の掌に重なるたび、静かな鼓動が響く。  

「まるで夢のようですわ」  
「夢なら、あなたが歩む力で現実に変わるでしょう」  
「言葉がお上手ですね、殿下」  
「本心です」  

微笑を交わす二人の視線は、もはや観客を意識していなかった。  
リズムに合わせて回るたびに、彼女のドレスが光を散らし、フロア全体がその旋律に吸い寄せられる。  

やがて曲が終わると、拍手が沸き起こった。  
その中には尊敬と羨望、そして一部の嫉妬が混じっていたが、リディアはそれらを受け止めるように微笑んだ。  

「素晴らしい、フェルナンド嬢!」  
「お見事でした!」  

老貴族たちが賛辞を送る声の中、ただ一人、沈黙している人物がいた。  
アルベルト・クロフォード。  
かつての婚約者であり、今や社交界の外縁で居場所を失った男。  
しかし彼は、まだ完全には退場していなかった。  
地位を取り戻すため、どんな手を使ってでも再び舞台に上がる覚悟で今夜の舞踏会に姿を見せていたのだ。  

彼の視線が、フロアの中央のリディアに突き刺さる。  
隣に立つオーウェンがそれに気付き、わずかに目を細めた。  

「リディア。あなたが決して振り返らないでいいよう、私が立ちましょう」  
「……殿下」  
「今夜、あなたは自由の象徴です。誰かに縋る女ではなく、自ら選んで立つ女性だ。その力を見せる時です」  

リディアは小さく息を吸い、頷いた。  

* * *  

オーウェンが席を外した後、数人の貴族がリディアに近づき話しかけた。  
彼らの笑顔は礼儀正しいが、その奥にある意図は見え透いている。  
「フェルナンド嬢、先日の督務ぶりには感服しました。ぜひ我が領の教育顧問にもご助言を――」  
「リディア様、殿下のお傍とは、なんと心強いことでしょう」  
「ええ、殿下もフェルナンド侯爵も時代の先を見ておられる」  
彼らの言葉は甘く、そして取り巻くような圧力を孕んでいた。  

リディアは優雅な笑みでかわす。「皆さまのお言葉、ありがたく頂戴いたしますわ」  
けれど、一人の婦人が軽く扇を口元に当て、小声で言った。  
「とはいえ、“かつて婚約破棄された令嬢”という過去を完全に消すのは難しいでしょうね。  
 人の記憶はそう容易く塗り替えられませんもの」  

瞬間、空気が変わった。  
だがリディアは、その挑発をただにっこりと受け止めた。  

「ご忠告に感謝いたします。確かに過去は消えません。けれど、それは恥ではなく学びです。  
 私を捨てた人も、私に教えをくれた人の一人――そう思えるようになりましたの」  

その言葉に、周囲の貴族が息を呑んだ。  
婦人の顔に引きつった笑みが浮かぶ。だが、返す言葉が見つからない。  
沈黙の中で、ひときわ明るい声が響いた。  

「まさしくその通りだ、リディア嬢!」  
振り返ると、オーウェンが拍手をしながら歩み寄ってきていた。  
「私も彼女の言葉に賛同する。過去を認め、そこから立ち上がる者こそ真に尊い」  

その王子の声が、広間の空気を一変させた。  
貴族たちは一斉に姿勢を正し、頭を下げる。  
「さすが殿下」「仰るとおりですな」  
リディアは驚いたように彼を見上げた。オーウェンは軽く首を傾け、彼女にだけ向けて穏やかに笑った。  

「あなたの信念を、誰も踏みにじらせはしません」  
その瞳に宿る真摯な光に、言葉が詰まる。  

* * *  

やがて夜も更け、舞踏会は最高潮を迎えた。  
リディアが一人バルコニーに出ると、外の空気が熱を冷ますように頬を撫でた。  
街の灯りが星々と溶け合い、静寂が戻る。  

「リディア」  
背後から呼ぶ声。振り返ると、そこにはオーウェンが立っていた。  
月光の下で、その金の髪が白く光っている。  

「今夜のあなたを見て、ひとつ確信しました」  
「確信、ですか?」  
「私は――あなたに肩を並べて生きたい。その強さを隣で見ていたい」  

真摯で、まるで誓いのような声。  
リディアはその言葉を聞きながら、ゆっくりと視線を落とした。  

「殿下……私はまだ、答えを出せません。誰かの隣に立つには、もう少し自分を知らなければ」  
「それでよい。焦るつもりもありません。けれど、覚えておいてください。私はあなたを待つ覚悟ができています」  

目を見開くリディアの前で、オーウェンは穏やかに手を差し出した。  
その手は、あの日と同じ――けれどもう迷いはない。  

「さあ、最後の曲を一緒に」  
「……はい」  

二人は再び舞踏室へ戻り、最後の曲を踊った。  
光の中、彼女の心は不思議なほど静かだった。  
誰かのものではなく、自分の意志で取った手。  
その温もりの中に、確かに未来の輪郭が見えていた。  

続く
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