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第26話 ざまぁの瞬間、微笑む令嬢
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襲撃事件から数日後、王都は再び穏やかな陽光に包まれていた。
かつて炎に覆われた北端の救護院もすっかり修繕され、子どもたちの笑い声が戻ってきた。
だが、それは平和の象徴であると同時に、戦いの終わりの合図でもあった。
今回の事件の首謀者の一部がついに捕らえられた。
犯した罪の大きさは明白――王家への反逆、改革の阻害、そして無辜の民への暴力。
しかもその陰には、かつてリディアを婚約破棄へ追いやり、彼女を貶めようとした者たちの影が潜んでいた。
リディアは静かにそれを聞きながら、ゆっくりと書類を閉じた。
机の上、日差しが手の指を照らしている。
「終わったのね……」
独り言のように呟いた声は穏やかで、けれどどこか硬く響いた。
その時、扉が叩かれる音がした。
「リディア・フェルナンド嬢、陛下の御前へのお召しです」
使者の言葉に、彼女は立ち上がる。
訪れた決着の時。
自分を過去に縛っていた鎖を、完全に断ち切る瞬間を迎えようとしていた。
* * *
王宮の謁見の間には、厳かな空気が漂っていた。
王位に返り咲いた第一王子グレゴールが王座に座り、その隣には王政補佐官としてオーウェンが立つ。
列席する貴族たちの間に、息を飲む音が混じった。
そして、場の中央には三人の男女が跪いていた。
――アルベルト・クロフォード。
――マリアンヌ・ロゼッタ。
――そして、その父であるロゼッタ侯。
かつてリディアを蔑み、裏切り、人生を壊した三人。
だが今、その栄光はすべて剥ぎ取られている。
衣の輝きもなく、顔は青ざめ、誇りの影もない。
貴族の誰もが今や彼らから目を逸らしていた。
王は厳しく告げた。
「クロフォード家およびロゼッタ家の罪、余は重く見る。
先の政変において協力し、民の財を奪い、さらに王家を危うくした件、決して許されぬ行いである」
マリアンヌが声を震わせた。
「待ってください陛下! 私たちは……脅されていたのです。まさかそのような結果になるとは――」
「脅されていた? 脅されていたから罪を犯したと言うのか!」
グレゴールの怒声が響く。
それでも、彼女は懇願するように床に頭を擦りつけた。
「陛下、どうかお慈悲を……!」
その声を静めたのは、やさしいが確かな声だった。
「陛下」
リディアが前に進み出た。
静寂の中、彼女の足音がことりと鳴る。
「発言をお許しください」
オーウェンが小さく頷く。
王も手を挙げた。
「許す。申せ、フェルナンド嬢」
リディアは振り返り、跪く三人を見つめた。
その目は冷たくも、どこか哀しみを帯びていた。
「マリアンヌ・ロゼッタ嬢。アルベルト・クロフォード殿。……あの夜、わたくしは貴方たちに婚約破棄を告げられ、城を追われました。
名誉を失い、侮辱を受けた。けれど、あの日があったから、今の私はここにいます。
ですから――」
一瞬、場内が息を呑む。
リディアは微笑んだ。
「あなた方を許します」
低く、しかしはっきりと響くその言葉に、皆が目を見開いた。
アルベルトが息を詰める。
マリアンヌは顔を上げられず、侯爵は愕然と彼女を見上げていた。
リディアは続ける。
「あなた方の仕打ちは忘れません。けれど、私の人生を奪う力はもう持っていません。
これからあなた方が背負う苦しみは、罰としてではなく償いとして生きるための重さになるでしょう。
――人は傷つきながら変われるのです。それを教えてくれたのが、殿下であり、そしてあなた方なのです。だから私は笑って許します」
その瞬間、マリアンヌの頬から涙が零れた。
アルベルトは絶句し、唇を噛む。
王座の上から見ていたグレゴールがゆっくりと頷き、席から立ち上がった。
「己の罪を自覚し、贖う道を歩むがよい。
この国が二度と同じ過ちを犯さぬよう、余は民のための裁きを下す。――裏切りの家は爵位を剥奪し、北辺への追放を命ずる」
騒然とする場内。
膝を崩す三人の姿に、リディアは目を逸らさなかった。
マリアンヌが弱々しい声で言う。
「どうして……どうしてそんなに強いのですか」
リディアは静かに答えた。
「人の優しさも、裏切りも、すべて経験したからです。
そして、大切な人に誇れる自分でいたいから」
その言葉にオーウェンが微笑む。
彼の瞳には、揺るぎない誇りと愛が宿っていた。
涙ぐむマリアンヌの手を、アルベルトが掴んだ。
かつての傲慢な青年の面影はもうなく、ただ悔恨の滲む男がそこにいた。
「……リディア、ありがとう。お前を見誤ったこと、それが一番の罪だ」
「覚えておきます。罪を語るより、償いを選ばれたことを」
ゆっくりと背を向けるリディア。
長い金の髪が揺れ、深紅のドレスの裾が廊下を滑る。
光が彼女の輪郭を包んだ。
その姿こそ、人々が後に「微笑む令嬢」と呼ぶことになる、奇跡の瞬間だった。
* * *
裁きのあと。
王宮の中庭では金色の花々が風に揺れていた。
そこに一人、リディアが立っていた。
彼女のもとに歩み寄る影がある。
「リディア」
振り返った先に、オーウェンがいた。
鎧を脱いだ彼は、以前より優しい顔をしている。
「今日のあなたは、本当に……美しかった。いや、強かったと言うべきかな」
「殿下。あの二人を許したのは、国のためではありません。自分のためです」
「自分のため……?」
「ええ。憎しみを抱いていたら、わたくしがあの日のままになってしまうから。
それでは、あなたの隣に並べないでしょう?」
オーウェンは微笑み、彼女の手を取った。
「あなたは、もう誰よりも私の隣にふさわしい。あの時から、ずっと」
リディアは胸の奥から微笑む。
「殿下、これで過去は終わりましたね」
「終わりではなく、始まりです。あなたが許したように、この国も新しく生まれ変わる」
風が吹く。
庭の百合の花がふたりの背に揺れた。
「ざまぁ、ですわね」
リディアの言葉に、オーウェンが驚いたように顔を上げる。
「え?」
「皮肉です。かつて私を見下し笑った人々に、運命が裁きを見せた。
でも、それを見てもう心は痛まない。彼らが滅びたわけではなく、学んだだけだから」
「そう言えるあなたに、私は改めて恋をしています」
リディアは軽く息を飲み、視線を合わせた。
「では、これからも何度でも恋をしていただかなくては」
「ええ。何度でも」
二人の笑い声が重なる。
その先に広がるのは、変化を恐れぬ未来。
そして永遠に続く、優しき愛の物語だった。
続く
かつて炎に覆われた北端の救護院もすっかり修繕され、子どもたちの笑い声が戻ってきた。
だが、それは平和の象徴であると同時に、戦いの終わりの合図でもあった。
今回の事件の首謀者の一部がついに捕らえられた。
犯した罪の大きさは明白――王家への反逆、改革の阻害、そして無辜の民への暴力。
しかもその陰には、かつてリディアを婚約破棄へ追いやり、彼女を貶めようとした者たちの影が潜んでいた。
リディアは静かにそれを聞きながら、ゆっくりと書類を閉じた。
机の上、日差しが手の指を照らしている。
「終わったのね……」
独り言のように呟いた声は穏やかで、けれどどこか硬く響いた。
その時、扉が叩かれる音がした。
「リディア・フェルナンド嬢、陛下の御前へのお召しです」
使者の言葉に、彼女は立ち上がる。
訪れた決着の時。
自分を過去に縛っていた鎖を、完全に断ち切る瞬間を迎えようとしていた。
* * *
王宮の謁見の間には、厳かな空気が漂っていた。
王位に返り咲いた第一王子グレゴールが王座に座り、その隣には王政補佐官としてオーウェンが立つ。
列席する貴族たちの間に、息を飲む音が混じった。
そして、場の中央には三人の男女が跪いていた。
――アルベルト・クロフォード。
――マリアンヌ・ロゼッタ。
――そして、その父であるロゼッタ侯。
かつてリディアを蔑み、裏切り、人生を壊した三人。
だが今、その栄光はすべて剥ぎ取られている。
衣の輝きもなく、顔は青ざめ、誇りの影もない。
貴族の誰もが今や彼らから目を逸らしていた。
王は厳しく告げた。
「クロフォード家およびロゼッタ家の罪、余は重く見る。
先の政変において協力し、民の財を奪い、さらに王家を危うくした件、決して許されぬ行いである」
マリアンヌが声を震わせた。
「待ってください陛下! 私たちは……脅されていたのです。まさかそのような結果になるとは――」
「脅されていた? 脅されていたから罪を犯したと言うのか!」
グレゴールの怒声が響く。
それでも、彼女は懇願するように床に頭を擦りつけた。
「陛下、どうかお慈悲を……!」
その声を静めたのは、やさしいが確かな声だった。
「陛下」
リディアが前に進み出た。
静寂の中、彼女の足音がことりと鳴る。
「発言をお許しください」
オーウェンが小さく頷く。
王も手を挙げた。
「許す。申せ、フェルナンド嬢」
リディアは振り返り、跪く三人を見つめた。
その目は冷たくも、どこか哀しみを帯びていた。
「マリアンヌ・ロゼッタ嬢。アルベルト・クロフォード殿。……あの夜、わたくしは貴方たちに婚約破棄を告げられ、城を追われました。
名誉を失い、侮辱を受けた。けれど、あの日があったから、今の私はここにいます。
ですから――」
一瞬、場内が息を呑む。
リディアは微笑んだ。
「あなた方を許します」
低く、しかしはっきりと響くその言葉に、皆が目を見開いた。
アルベルトが息を詰める。
マリアンヌは顔を上げられず、侯爵は愕然と彼女を見上げていた。
リディアは続ける。
「あなた方の仕打ちは忘れません。けれど、私の人生を奪う力はもう持っていません。
これからあなた方が背負う苦しみは、罰としてではなく償いとして生きるための重さになるでしょう。
――人は傷つきながら変われるのです。それを教えてくれたのが、殿下であり、そしてあなた方なのです。だから私は笑って許します」
その瞬間、マリアンヌの頬から涙が零れた。
アルベルトは絶句し、唇を噛む。
王座の上から見ていたグレゴールがゆっくりと頷き、席から立ち上がった。
「己の罪を自覚し、贖う道を歩むがよい。
この国が二度と同じ過ちを犯さぬよう、余は民のための裁きを下す。――裏切りの家は爵位を剥奪し、北辺への追放を命ずる」
騒然とする場内。
膝を崩す三人の姿に、リディアは目を逸らさなかった。
マリアンヌが弱々しい声で言う。
「どうして……どうしてそんなに強いのですか」
リディアは静かに答えた。
「人の優しさも、裏切りも、すべて経験したからです。
そして、大切な人に誇れる自分でいたいから」
その言葉にオーウェンが微笑む。
彼の瞳には、揺るぎない誇りと愛が宿っていた。
涙ぐむマリアンヌの手を、アルベルトが掴んだ。
かつての傲慢な青年の面影はもうなく、ただ悔恨の滲む男がそこにいた。
「……リディア、ありがとう。お前を見誤ったこと、それが一番の罪だ」
「覚えておきます。罪を語るより、償いを選ばれたことを」
ゆっくりと背を向けるリディア。
長い金の髪が揺れ、深紅のドレスの裾が廊下を滑る。
光が彼女の輪郭を包んだ。
その姿こそ、人々が後に「微笑む令嬢」と呼ぶことになる、奇跡の瞬間だった。
* * *
裁きのあと。
王宮の中庭では金色の花々が風に揺れていた。
そこに一人、リディアが立っていた。
彼女のもとに歩み寄る影がある。
「リディア」
振り返った先に、オーウェンがいた。
鎧を脱いだ彼は、以前より優しい顔をしている。
「今日のあなたは、本当に……美しかった。いや、強かったと言うべきかな」
「殿下。あの二人を許したのは、国のためではありません。自分のためです」
「自分のため……?」
「ええ。憎しみを抱いていたら、わたくしがあの日のままになってしまうから。
それでは、あなたの隣に並べないでしょう?」
オーウェンは微笑み、彼女の手を取った。
「あなたは、もう誰よりも私の隣にふさわしい。あの時から、ずっと」
リディアは胸の奥から微笑む。
「殿下、これで過去は終わりましたね」
「終わりではなく、始まりです。あなたが許したように、この国も新しく生まれ変わる」
風が吹く。
庭の百合の花がふたりの背に揺れた。
「ざまぁ、ですわね」
リディアの言葉に、オーウェンが驚いたように顔を上げる。
「え?」
「皮肉です。かつて私を見下し笑った人々に、運命が裁きを見せた。
でも、それを見てもう心は痛まない。彼らが滅びたわけではなく、学んだだけだから」
「そう言えるあなたに、私は改めて恋をしています」
リディアは軽く息を飲み、視線を合わせた。
「では、これからも何度でも恋をしていただかなくては」
「ええ。何度でも」
二人の笑い声が重なる。
その先に広がるのは、変化を恐れぬ未来。
そして永遠に続く、優しき愛の物語だった。
続く
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