永遠に君を手放さないと誓った、あの日の僕へ――裏切られ令嬢の逆転婚約劇

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第25話 すべてを懸けて守ると決めた

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夜の王都は静まり返っていた。  
嵐のような政変の一日が終わり、月だけが穏やかに空を照らしている。  
街の人々は明日を信じるように眠り、王宮の灯だけがまだ消えずに残っていた。  

その一角、王家の新執務室では、オーウェンが机に向かっていた。  
周囲には山のように積まれた文書。  
それは改革後の制度の調整報告だった。  
王位を譲る形で兄グレゴールを名目上の王とし、自身は政務執行にあたる「第一補佐官」となった彼は、今や実質的に国の舵を握っている。  

だが、その穏やかな表情の奥に、誰も知らない焦燥があった。  
新しい制度のもとであらゆる均衡が変わり、古くからの貴族たちはまだ反発している。  
油断すれば、国そのものが揺らぎかねない状況だった。  

オーウェンは目を閉じ、小さく呟いた。  
「あと一歩だ。けれど、その一歩が遠い」  

その時、扉の向こうから控えめなノックの音がした。  
「どうぞ」と言う前に、扉が開く。  
入ってきたのはリディアだった。  
「やはり、まだお仕事を……」  

彼女の手には湯気を立てる茶の盆があった。  
オーウェンは微笑んだ。  
「あなたに見つかるといつも叱られる気がする」  
「叱りませんわ。ただ、殿下が倒れたら国が止まります」  
「もう王子ではありません。それに、あなたがいる限り国は止まりませんよ」  

リディアは少し頬を緩めながら、彼の前にカップを置いた。  
「口が上手くなりましたね」  
「本心です」  

二人は言葉少なに微笑み合ったが、その沈黙は心地良かった。  
月明かりが窓越しに差し込み、淡く照らされた書類の束の影がゆらめく。  

オーウェンが、ふと視線を上げた。  
「……リディア。あなたは時々、怖いほどに強い。世界があなたを傷つけても、顔ひとつ曇らせない」  
「強く見えるだけです。殿下がそう望むから、背筋を伸ばしているだけ」  
「本当に、それだけ?」  
「ええ。私は怖がりです。誰かを失うと思うと、心が凍りそうになる。でも……殿下がいてくださるから、歩けるのです」  

オーウェンの唇がわずかに震えた。  
「あなたは――この国のために、私以上に光になっている」  
「光は、ひとりでは作れません。誰かが支えてくれるから照らせるんです」  

一瞬。  
その言葉が静かに落ちた瞬間、空気が変わった。  

オーウェンは立ち上がり、机の端まで歩み寄ると、リディアの前に膝をついた。  
驚いて固まる彼女の手を、両手で包み込む。  

「……誓いを立てます」  
「殿下?」  
「何があっても、あなたを守る。政治や運命ではなく、私自身の意志で。  
 あなたを犠牲にして得る改革など、何の意味もない」  

リディアの胸が強く締めつけられた。  
「そんなこと、口にされては……責務を忘れていると叱られますわ」  
「いいんです。今だけは、王ではなく人としてあなたに約束したい」  

その目は真っ直ぐで、揺るぎがなかった。  
彼女は震える唇で小さく笑った。  
「殿下が私を守るとおっしゃるなら、わたくしも殿下を守ります。どんな危険があっても」  
「危険?」  
「グレゴール殿下の側近たちはまだ納得していません。この国の改革を壊そうとする者がいる。……殿下、お一人では危うい」  

オーウェンは静かに頷いた。  
「わかっています。彼らは、私が理想を語るほど現実を突きつけに来る。でも恐れていません。  
 あなたがいるなら、私は何度でも立ち上がれる」  

リディアの胸が熱くなった。  
どんな軽やかな言葉よりも、その一言がすべてだった。  

「殿下……もう、“あなたがいなければ生きられない”と言っても許されますか?」  
「その言葉を、私が先に言いたかった」  

ふたりは笑った。  
けれど、その微笑みの裏にある現実の重さを知らないほど天真ではなかった。  
その笑いは覚悟の印だった。  

* * *  

翌日。  
フェルナンド家を支援する商会の一団が襲撃を受けた。  
新制度に反対する旧派貴族の残党が、改革の中心にあるリディアを狙ったのだ。  
知らせが王宮に届くと同時に、オーウェンは衛兵を引き連れて飛び出した。  

馬で駆けながら、咄嗟に浮かぶのはひとりの顔。  
「リディア……待っていてくれ」  

彼女は王都の北端、商会の救護院にいた。  
そこには怪我人や孤児たちが避難しており、リディアは彼らの手当をしていた。  
すでに外では火が上がり、黒装束の影が近づいていた。  

「リディア様、こちらへ! 危険です!」  
「皆を外へ出して! 私はあとで行きます!」  

背後から飛び込んできた火矢が、壁に突き刺さる。  
乾いた木材が弾け、火が一気に燃え広がった。  
煙に包まれる中、彼女は咳き込みながらも逃げ遅れた子を抱き上げた。  
「大丈夫よ……火が怖いだけ。ほら、外はもう夜明けの風が吹いてるわ」  

その瞬間、扉が破られた音がした。  
「リディア!」  

オーウェンの声。次の瞬間、彼が駆け込んでくる。  
彼女が振り返った時、炎の粉塵が二人の間に舞い上がった。  
「殿下! どうして……」  
「どんな約束よりも大事なものを守りに来た!」  

燃え盛る光の中で、オーウェンが彼女の腕を掴む。  
外へと引きずり出す反動で、屋根が崩れ落ち、背後に炎が弾けた。  
騎士たちの叫び声が響く中、二人は地面に倒れ込んだ。  

リディアは彼を見上げ、涙を流した。  
「殿下……私のせいで……」  
「違う。私があなたを守ると決めたんです。何も譲らない、何も手放さないと」  
「でも、命まで懸けるなんて……」  
「あなたがいなければ、この命も意味を持たない」  

彼の言葉は熱を帯び、手が彼女の頬を包んだ。  
煙の向こうで朝日が昇る。  
新しい光が、焦げついた世界を染めていく。  

「リディア、聞いてください」  
「はい……」  
「もしまた同じような危機が訪れたとしても、私はあなたを守ります。  
 王としてではなく、一人の男として、愛する人のために戦う」  

静かな誓いだった。  
リディアはその手を握り返し、頷く。  
「わたくしも、殿下の隣で戦います。愛する人のために、そしてこの国のために」  

炎の勢いが静まり、煙の向こうに朝の陽が見えた時、二人の影が重なった。  
それは恐れでも悲しみでもなく、誇り高い絆そのものだった。  

オーウェンはそっと彼女の額に口づけた。  
「もう大丈夫。あなたがいれば、私は何も怖くない」  
「殿下……」  

やがて兵たちが騒ぎを鎮め、朝の光の中で王都は再び静けさを取り戻した。  
その中心で、リディアとオーウェンは手を取り合い、まだ燃え残る空を見上げていた。  

――これは、彼がすべてを懸けて守ると誓った瞬間だった。  

続く
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