これ、ゼミでやったやつだ

くびのほきょう

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船の上

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「ロミルダ様、イルカよ!すごい可愛いわ!」

眩しく強い日差し、見渡す限りの透き通る青い海、船に沿って泳ぐイルカたち。私は今、王家で貸し切った豪華客船の甲板にいます。

先日、第一王子殿下ハルトムート様と第二王子エルヴィン殿下のお二人で、我が国の最南端トット島へ視察に行くことになりました。来年貴族学園中等部へ入学するハルトムート様のため、婚約者や側近候補達と親睦を深めるようにと、観光地としても有名なトット島へ視察を兼ねた旅行が計画されたのです。
この旅行のメンバーは第一王子殿下・第二王子殿下・第一王子殿下の婚約者の私・第二王子殿下の婚約者・宰相子息・騎士団長子息・魔法師団長子息の7名です。

私の横で、エルヴィン殿下の婚約者アンネマリー様がイルカの群れを見てはしゃいでます。

「沢山のイルカに浮かれてしまったわ。恥ずかしい。……ロミルダ様、船酔いは大丈夫?」
「はい。こうして新鮮な空気を吸ったら元気になりました」

私はフォーゲル侯爵令嬢ロミルダ、船旅の仲間7名の中では最年少の10歳です。2歳年上の第一王子殿下、ハルトムート様と婚約しています。大人しい私と無口なハルトムート様は、2人でいるところを見たお父様から「10歳ですでに老夫婦のような趣があるな」と言われたことがあるほどに波風の立たない凪いだ関係です。
対するアンネマリー様はローゼンハイン公爵の一人娘で11歳。同じ11歳の第二王子エルヴィン殿下とは気安い間柄、といえば聞こえがいいですが、実際は気の強い者同士で口喧嘩が絶えないのだと聞いてます。
私よりも爵位が上で1歳年上のアンネマリー様とは今まで交流が無く距離を感じていたのですが、少しだけ打ち解けられたように感じます。昨日この船へ乗船してからは食事を一緒に頂いてますし、先ほどの朝食では、少し船酔いしていた私を気遣って食後に海面を見に行こうと誘っていただき、こうして2人で甲板へ来ています。

強い日差しの下で輝く黄金の髪に真っ赤なバラのような赤い瞳のアンネマリー様は、エネルギッシュでハツラツとしています。青みがかった灰色の髪に黄色い瞳、大人しく鈍臭いせいでハシビロコウという動かない鳥にそっくりだと、3歳上の兄から「ハシビロミー」と揶揄われるような私とは比べられないほどの美少女です。

「それは良かったわ。カスパル様なんてひどい船酔いで朝食も取らずに部屋でぐったりしているらしいわよ。新鮮な空気を吸ったら少しはマシになるかもと従者が甲板へ連れてくる予定だって、私の侍女が言っていたわ」

カスパル様は宰相閣下のご子息、ハルトムート様と同じ12歳で王子2人とは幼なじみです。常に冷静沈着でメガネが似合うカスパル様がぐったりしているとは。トット島への船旅は丸1日かかりますので、本日の夕方まで後半日は下船できませんが大丈夫でしょうか。

それにしてもアンネマリー様はカスパル様の従者の方の情報まで掴んでいるようです。正直、私よりもよほど次期王妃にふさわしいと思うのですが、アンネマリー様は公爵家の一人娘なことと貴族間の派閥の関係から、私が立太子予定のハルトムート様の婚約者として選ばれたのです。
私が受けている王妃教育ですが、王家の伝統として第二王子殿下の婚約者のアンネマリー様も受けております。授業は別々ですが教師の方々は同じで、アンネマリー様はとても優秀だと私の耳にまで届いてきます。1歳年下だからという言い訳は出来ないと私も必死で頑張ってはいますが、アンネマリー様の評判を聞くたびに自信が無くなっていきます。
私自身がアンネマリー様の方が王妃に向いていると思ってしまう位です。周りの方々もアンネマリー様の方が王妃に向いていると思っているのではないかと悩んでしまいます。

「ハル様、見て!これがトット名物の“イルカの並走”よ!」

アンネマリー様と2人きりだった甲板にトット子爵令嬢ベティーナさんの弾んだ声が響いてきました。
ふわふわと揺れるピンク色のツインテールに澄んだ空のような水色の瞳のベティーナさんは、トット島の領主の娘として本土の港まで迎えに来てくださいました。私たちと同年代の11歳で、可愛く明るく人懐っこい彼女は、出会って半日足らずでハルトムート様のことをハル様と呼ぶくらいに打ち解けているようです。
私もハル様と呼びたいと羨ましく思ってしまいますが、ならばまずベティーナさんの陽気で親しみ易いところを見習わないといけませんね。

ベティーナさんに連れられて、ハルトムート様、エルヴィン殿下、騎士団長子息テオフィル様、魔法師団長子息クリストフ様が甲板へ出てきました。

「ベティ、走ったら危ない」

この声は騎士団長子息テオフィル様。ベティーナさんをベティと呼ぶほどに親しくなったようです。11歳とは思えないほど背が高く立派な体のテオフィル様。ここ甲板で護衛の方達と剣の打ち込みをしている大きな掛け声が、朝食前に下階にいた私の所まで聞こえてきたほどに、常に一生懸命で熱い方です。
駆け足のせいでよろけたベティーナ様を、素早く支えます。

「さすがテオ様!転ぶところだったわ。どうもありがとう」

お礼を言われたテオフィル様が照れています。なるほど。すかさず“さすが”と肯定し、小まめに感謝を伝えるのは親しみやすさの一因かもしれません。

「ちょっと、いきなりハル様とかテオ様とか失礼だよ?」

ベティーナさんに負けない位の可愛らしい美少女然としたお顔を歪め怒っているのは魔法師団長子息クリストフ様。テオフィル様の幼なじみで11歳のクリストフ様は魔法属性を5つ持つ天才少年です。光・火・水・氷・砂・岩・風・雷と全8属性ある魔法属性で、2属性持ちでも十分珍しく3属性あれば平民でも王宮魔法師になれると言われている中、5属性のクリストフ様はとても将来有望なのです。

「ひどぉ~い。私はただ皆と仲良くしたいだけなのに」
「クリス、俺は気にしてない」
「はぁ?なにそれ、テオまで僕が酷いって言いたいの?」

クリストフ様がテオフィル様とベティーナさんを詰っている横で、王子2人はイルカを見て和んでいます。

「兄上、イルカだ!あそこの2匹、じゃれ合いながら泳いでるよ。あの2匹も兄弟なのかな」
「そうかもな」

寡黙で真面目なハルトムート様と快活で華やかなエルヴィン殿下。同じ銀髪に青い目なのに受ける印象が全く異なる2人ですが、とても仲が良いのです。
そこへ青い顔をしたカスパル様が従者に付き添われて甲板へ出てきました。すかさずベティーナさんが駆け寄ります。

「カスパル様、大丈夫?」
「大丈夫、ではないですね……」
「カスパル様、手ぇ貸して。手首のここを押すとね船酔いが軽くなるんだよ」
「ありがとう。少し気分が楽になった気がします」

あれは医療が発達する前に田舎で流行っていたという民間療法のツボ押しです。私は王妃教育のおかげで知っておりましたが、現在の王都ではもはやお年寄りしか知らないツボ押しを知っているとは、我が国最南端のトット島ではツボ押しはまだ現役なのでしょうか。

「ツボ押しとはいえみだりに殿方の手を触るなんて、何て端ない方なのかしら」

アンネマリー様がベティーナさんの行動に顔をしかめてます。
先ほどまでアンネマリー様と2人きりだった甲板ですが、今は旅の仲間全員集まってます。イルカ達もこの船に並走しながらジャンプをしたりとまるで持て成してくれているようです。
今日の予定は夕方に下船してその後トット子爵邸入りするだけのため、皆、身軽な服装をしています。王都では常に護衛や使用人に囲まれて生活している私たちですが、今、甲板には子供の私たちとカスパル様の従者の方しかいません。これは私たちの親睦を深めるための旅です。今は厳選した人しか乗船していない船の上だからと使用人は付けずに自由に行動させてもらっているのです。
周りに使用人等がいなく、堅苦しくない服装でただ一緒にいるだけなのですが、それでも普段と違う状況のおかげで以前よりもハルトムート様に近づけた気がして嬉しいです。

しばらくボーッと海を眺めていると、それまで静かだったイルカたちがいっせいに鳴き出しました。穏やかな海面にキューキューというイルカたちの騒めきだけが響き異様な雰囲気になります。

「何かしら」

アンネマリー様が不安そうに呟き、皆、周囲を警戒した態勢に入ります。私たちよりも海に長けた野生動物の警告は無視できません。カスパル様は船酔いのせいで青い顔をしながらも周囲に目を光らせ、テオフィル様とクリストフ様も護衛のために王子2人の近くへ移動します。
甲板から船内へ戻った方がいいのかと迷っていると、普段は寡黙なハルトムート様が声を張り上げました。

「皆、念のために転移の陣紙をすぐ使えるように確認してくれ。何か起きた時は躊躇せず速やかに使うように」

私たち7人は万が一に備え1人1枚、王城に転送される魔法陣が書かれた陣紙を持たされています。魔法陣の中でも特に難しく書ける者が少ない転移の魔法陣が書いてあるこの陣紙は、これ1枚で馬車1台が買えるほど高価なのだと聞いてます。親睦を深めるというこの旅の目的のためにとそれぞれの保護者達が奮発し用意してくれたのです。事件や事故が起きた際のリスクを考えれば、第一王子と第二王子が一緒の船で視察に行くなどこの陣紙無しではできなかったはずです。

この転移の魔法陣は、所有者が1L以上出血した時、2分以上呼吸しなかった時、12時間以上意識がない時に王城へ自動転送されるように作成されてます。もちろん所有者の意思で魔法陣を起動することも出来ます。起動の際は空いている方の手で手を繋いでいる人は一緒に転移できると聞いてます。今、甲板にいる人の中で転移の陣紙を持っていないのはベティーナさんとカスパル様の従者のお二人。これはお二人にも伝えておかないといけません。

「ベティーナさんとカスパル様の従者の方、今何かあったら私達と共に王城へ転移することになります。ベティーナさんはそのままカスパル様と、カスパル様の従者の方は私と手を繋げるようにしておいてください」

私がそう声をかけた、その時です。イルカ達の声がピタッと止まりました。そして、船が大きく揺れ、対面に高い波が現れました。

王都にある3階建てのフォーゲル家のタウンハウスよりも高く見えるその波は、甲板どころかこの客船を飲み込みそうなとてつもない高さです。甲板にいる私たちは王城へ転移できるけれど、船内に残ることになる侍女や護衛はどうなるのだと彼らの顔が頭によぎります。

「転移の陣紙を使え!」

ハルトムート様の大声で我に返った私は、すぐに使えるようにポケットに入れ直していた陣紙を出し、カスパル様の従者の手を掴み起動します。起動の瞬間に周りを見渡せば、皆、陣紙を起動してます。カスパル様もちゃんとベティーナさんの手を掴んでいます。

こうして私たち9人は、トット島へ向かう船の上、高波に飲まれる寸前で王城へ転移する陣紙を起動したのです。
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