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第一章
第56話 野菜たっぷりのミソスープ
しおりを挟むグローブフォレスト商会を後にした私達は、沈みかけた夕日を背にぶらぶらと大通りを歩いて宿に向かう。
すぐに商会が見つかるとは思っていなかった私は、予想外の展開に内心拍子抜けした。
ぐうううぅ
「あ……」
盛大に鳴る腹の虫に、昼食を摂っていなかったことを思い出す。
『ははっ!そう言えば、昼飯を摂るのを忘れていたな。さっさと帰って晩飯にしよう』
メイスの言葉に顔を赤く染めながら無言で頷く。
夕食には少し早いけど、何だか今日は精神的に疲れてしまった。
今晩は何も考えずに早く休みたい。
「うん。早く帰ろう」
肩に乗るメイスに笑いかけて応えると、宿へと急いだ。
宿の扉を開けて中に入ると、女性が私に気づいて声をかけてきた。
「おかえりなさい。グローブフォレスト商会の場所は分かったかしら?」
「はい。女将さんの分かりやすい説明のおかげですぐに見つかりました。ありがとうございました」
ペコッと頭を下げると、女将さんが安堵の表情を浮かべて応えた。
彼女は宿泊の手続きをしてくれた女性で、この宿の女将さんである。
「それなら良かったわ。あの商会は王都に店舗を構えてまだ二、三年だけど、珍しい調味料を取り扱っている店で有名なの。もし、迷子になっても、商会の名前を出せばたどり着けると思っていたけど、少し心配していたのよ。無事にたどり着けたのなら良かったわ」
へぇ、グローブフォレスト商会は開店してまだ二、三年しか経っていないのか。
たった二、三年で有名になったのは珍しい調味料だけでなく、ヤマモトさんの手腕もあるのだろう。
納得したように頷いた私に、女将さんはさらに話しを続けた。
「ミソスープもその商会から作り方を買ったのよ。安くはなかったけど、そのおかげでお客さんが増えたから感謝しているわ。それに、うちの人は料理が好きだから、毎日張り切っているのよ。ふふふ」
女将さんの話しを聞いて、私はようやく腑に落ちた。
私にとって味噌は味噌汁なのは当たり前だし、味噌汁の作り方を教えるのに金額が発生するのはおかしいと思っていた。
しかし、この世界で目覚めてからというもの、調味料の種類の少なさに内心驚きはしたが、料理が美味しくないわけではなかったので、そこまで深く考えたことがなかった。
もし、私に前世の記憶が無く、それが当たり前なのだと思っていたとしたら、きっとそれ以上の調理法があるとは想像すらしていなかっただろうし努力をしようとは思わなかっただろう。
知らないって勿体ないね。
目の前で嬉しそうに笑う女将さんを見て、もっと色んな料理が世に広まることを密かに願った。
「あら、いけない。つい話し込んでしまったわ。引き留めてごめんなさい」
そう言って苦笑を浮かべた女将さんに、私は笑みを浮かべて応えた。
「いえ。色々とお話しを聞けて勉強になりました。あの、今夜は早めに夕食を摂りたいのですが、大丈夫ですか?」
そう。宿に足を踏み入れた時から厨房から味噌の香ばしい匂いが漂っており、その匂いに胃が活発に活動し始めたのだ。
「ええ。もちろん構わないわよ。今夜はブラッディホーンボアの厚焼きと野菜たっぷりのミソスープよ。用意しておくから荷物を置いて来てね」
今夜はブラッディホーンボアの厚焼きと野菜たっぷりのミソスープか。
メニューを聞いただけで涎が出てきそう。
「はい。すぐに荷物を置いて来ます」
女将さんに返事をすると、部屋へと荷物を置きに急ぐ。
荷物をベッドに放り投げるようにして置いた後、すぐに食堂へと向かうと、女将さんが料理を運んで来た。
「ふふ。早かったわね。出来立てで熱いから気をつけてね。では、ごゆっくり」
女将さんは笑みを浮かべたままそう言うと、他のお客さんのもとへ向かって行った。
ほかほかと湯気を立てるミソスープに視線を向ける。
野菜はキャベツのようなものと人参のようなオレンジ色のものなど彩りは鮮やかだ。
器を手に取り一口啜る。
「はぁ~。染み渡るぅ~。優しい味……」
目を閉じてミソスープを味わっていたら、頬に柔らかい肉球が押し付けられた。
『おい、ユーリ。俺にもそのミソスープをくれ』
私は目を開けて微笑むと、女将さんが用意してくれた取り皿によそってテーブルに置いた。
テーブルに移動したメイスは、湯気を立てているミソスープを覗き込んで鼻をヒクヒクと動かすと、尻尾をピンと立てて言った。
『この匂いクセになるな』
メイスはご機嫌な様子でそう言うと、まだ熱いであろうミソスープに顔を突っ込んだ。
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